覚醒の章  2-2

「き、吸血鬼?!」

思わず聞き返す。

「そう、吸血鬼よ。私は、吸血鬼なの」

猫が鼠をいたぶるような口調で相手の口から言葉がこぼれる。

すーっと背筋に寒気が走り、あったまった身体が一気に冷め、思わず立ち上がり後ろに一歩後ずさった。

その様子が面白かったのか、年齢に相応しい悪女の微笑みを浮かべてゆっくりと口を開く。

その口の中には上下にバランスよく2本ずつの牙があり、悪女の笑みと組み合わさり、まさに吸血鬼に相応しい微笑へと変わる。

思わず身構えたもののイセリナの纏う雰囲気に勝てる気がしない。

心の中に恐怖と言う闇が広がりつつある。それはまるで染み渡るかのように隅々まで流れ込んでいく。

そして、恐怖に捕らえられ自分の中に閉じこもっていた頃の弱い自分が鎌首を持ち上げていく。

しかし、私はぐっとお腹に力を入れる。

「諦めるな!!生きろ!!」

南雲さんの言葉が私の頭の中で響く。

そうだ、諦めたら終わり。つまり…諦めなければ可能性がある。それがほんの少しの可能性でも…。

すーっと息を吸って吐き出す。

心の中を覆いつつあった恐怖という名の闇はまるで水が引いていくように私の心から消え去っていく。

敵わないかもしれないが……、でも諦めない。

ぐっと身体中の筋力を引き締め、それと同時に身体中に何かが流れるような感覚が走る。

その瞬間だった。

身体にびりびりとした電気が走ったように感じたのは。

ぐっと息を止め、精神を集中する。

そして、電気が走った後、ゆっくりと身体の力を抜く。

「ふーっ」

息をゆっくりと吐き出し、相手を見据え構えなおす。

「ふふんっ。今度は抵抗したのね」

面白そうに私を見るイセリナ。

「まさか二回目で邪眼に抵抗するとはねぇ。思った以上に優秀ね。気に入ったわ」

そう言ってけらけらと笑い無防備に私に近づいてくる。

ざばっ、さばっ……。

水音が鳴るたびに彼女が近づき、私の身体に震えが走る。

怖い……。すごく怖い……。

本当なら何もかも捨ててしまいたい。諦めが全身を覆いつくすかのような感覚。

だが意地でそれを払いのける。

しかし、それでも身体の中に湧き上がる怯えは払拭できない。それどころかじりじりと侵食していくかのようだ。

まるでスローモーションのような感じで彼女はゆっくりと近づいてくる。

いや本当はほんの数秒程度のことだろう。

しかし、私にはとてつもなく長い時間のように感じた。

そして、範囲に入ったとき、躊躇なく右の拳を繰り出た。

もちろん、本気の本気だ。手加減なんて考えてなかった。

手加減する余裕さえなく、ただただ今目の前にいる相手を倒さないと死ぬとさえ感じていた。

しかし、そんな懇親の一撃を彼女はするりとまるで流れる川のようにくぐりぬけ、私の懐に入り込む。

そして、私の唇に右手の人差し指を突きつけて囁く。

「怯えながらも決して諦めない。いい攻撃だわ。本気の本気ってやつね」

ぶるりと体が大きく震えて力が抜けそうになったが、あろうことかイセリナに抱きしめられ支えられる。

「心配しなくてもあなたがサクヤの敵にでもならない限り決して危害は加えないから……」

そう囁くように言うと私の身体から離れ、何事もなかったかのように浴室から出て行こうとする。

そして、思い出したのかのように途中で止まり、こっちを振り向いた。

「まぁ、明日からもがんばることね」

そして、彼女は本当に浴室から出て行った。

ドアが閉まる音が響いた瞬間、私の身体から一気に緊張が抜けた。

全身の筋力が張りを失ったかのような感覚。

そして私はそこに座り込む。

ざばんっ。

浴槽にそのまま身体を沈めると、さっきまで凍りつくようだった身体に一気に温かみが広がっていく。

ああ……、生きてる……。

その温かみは私にそう実感させるのに十分なものだった。



翌朝、私はメイドさんに起こされた。

昨日から私についてくれている白銀の髪のメイドさんだ。

そろそろ朝食の時間なので起こしに来てみたら部屋の外にまで響く声をあげてうなされていたらしい。

身体中が脂汗でべとべとして気持ち悪い。

しかし、こんな状態なのにどんなことを夢見たのかは覚えていない。しかし、かなりの苦痛を感じる夢だったということはわかる。

「大丈夫ですか?」

メイドさんがそう聞きている。

「ええ。大丈夫です」

そう答えて、ふと思い出す。

このメイドさんの名前も聞いてないことに。

昨日は結局、お風呂のあとは疲れとイセリナとの対決で精も根も尽き果てて部屋に案内されるとそのまま崩れ落ちるかのように眠ってしまった。

おかげで、名前を聞くどころではなかったわけだが、短い間とはいえ私についてもらうのだ。名前ぐらいは知っておきたい。

私がそう言うと、タオルや着替えを準備しながら少し困った表情を見せるメイドさん。しかし、少し微笑みながら自分の名前を告げてくれた。

「私の名前は、ニーニャと申します、お嬢様」

そこで私もすぐに言う。

「私は、秋穂。霧島秋穂っていうの。秋穂って呼んでね」

その言葉にうなづくとニーニャは確認するかのように微笑みながら言った。

「アキホさまですね」

「様はいらないんだけどなぁ」

そう思わず口に出すと、ニーニャはくすくすと笑って「さすがにお客様にそういうのは……」と困ったような表情を見せる。

「あ…そういうことなら…しかたないなぁ…」

そう言って私もにこりと笑う。

「もし、そういうの関係抜きの場合は、様抜きで呼んでよね」

「……はい。わかりました。アキホさま」

そして二人で笑いあう。

「何をやってるんですか?」

その笑いの中、冷めた声が響く。

いつの間に部屋に入ってきたのだろうか。

気がつかなかったが開いたドアの入り口、つまりニーニャの後ろに赤髪のメイドさんが立っていた。

人形の方がまだ感情的な表情をするのではないだろうかと思わせるほど、彼女にはまったく感情が表れておらず凍りつくような冷たさを感じさせる。

「す、すみません。マリサ様」

慌てて頭を下げて謝るニーニャ。

その表情には怯えの色がさーっと広がっていく。

思わず私は彼女をかばう。

「私のせいで遅くなったの。彼女は悪くないわ。私のせいだから彼女には…」

「わかっております」

キッと冷たい眼差しでニーニャを見ながらマリサさんは言葉を発する

「他の方はもうお待ちです。お急ぎください」

その言葉には怒りどころか何も感情が感じられず、それゆえに私は怖いと感じた。

「わ、わかりました」

私がそう答えるとマリサさんはきびすを返して部屋から出て行った。

その瞬間、私とニーニャは同時にため息を吐き出す。

「なんか、取っ掛かりにくそうな人だね」

その言葉に、頷きそうになって慌てて首を横に振るニーニャ。

意外とおっちょこちょいなのかもしれない。

「そ、そんなことはございません、アキホ様。それに彼女はこの館のメイド長で、ご主人様のもっとも信頼される方の一人でもあります」

「信頼される方の一人?」

「はい。ご主人様がこの領地に来られる以前から懇意にされている方で、イセリナ様やアーサー様、ミルファ様といった方々と同じようにこちらに来られてからずっと仕えておられる方です」

「ああ、そうなんだ……」

イセリナと言う単語が出た瞬間、昨日の浴室の出来事が頭の中に浮かぶ。

ぞくっと背筋に寒気が走る。

思い出したくない出来事だが、決して私は忘れることはないだろう。

それに、彼女は「サクヤの敵にでもならない限り決して危害は加えない」、そう言っていた。

それはどういう意味なんだろうか。

私は後1週間もしないうちに元の世界に戻るのに……。



朝食は昨日の面子と同じだが、昨日の夕食とは違って静かだ。

まぁ、昨日の騒ぎの元であるアーサーさんは二日酔いなのか青い顔をして料理をつついているし、昨日とは違うゴスロリ衣装に身を包んだ若い方のイセリナはそんなアーサーをつまらなさそうに見て黙って食事をしているのだから静かなのは当たり前である。

ミルファさんはよほど気に入ったのかサラダのお代わりをしていたし、南雲さんは昨日と同じで黙々と食事をしていた。

私は目の前に広がっている料理をしっかりといただいている。

少し固めだが独特の香りのするパン。

何の卵かはわからないが、白っぽい色のスクランブルエッグとしっかり焼き上げたベーコン。

何種類かの野菜のサラダ。

そして飲み物は柑橘系のドリンク。

実にオーソドックスな洋風の朝食なのだが、私的にはすごく物足りない。

パンはあまり食べた気がしないため、私は朝はご飯派なのだ。

まぁ、すごく美味しいんだけどね。

飲み終わったドリンクのサッパリ感が良かったからお代わりを頼んだ後に南雲さんがこちらを見ていることに気がついた

話があるということかな?と思い私も視線を向けると南雲さんが口を開いた。

「一応伝えておく。次の満月は6日後だ。今、準備はさせているし十分間に合う。だから心配するな」

「はい。わかりました」

「あと、もう一つ。今日から四日間ほど俺はここを留守にする」

「えっ?」

南雲さんの言葉に無意識に驚きの声を上げてしまう。

まったく予想してなかったからだ。

「なんだ?ずっと付きっ切りで相手して欲しいのかい?」

さっきまでつまらなさそうに食事をしていたゴスロリイセリナがからかってくる。

昨日の夜のことを考えれば確かに怖いけど、それでもなんだか腹が立つ。

だから思わず睨みつけて叫ぶように言う。

「そんなことはありません!!大丈夫です!!」

「なら問題ないな……」

私の言葉に淡々とした口調で南雲さんは言うと笑みを浮かべた。

「心配するな。四日後には間違いなく戻ってくる。そしてきちんとお前を送ってやる」

その言葉に私は安心する。

この人の言葉は信頼できる。そう思えてしまう。

別に同じ世界の人だからとかいう理由ではない。

理由なんて思いつかない。でも信頼できると思うのだ。

だから私は素直に返事を返して頭を下げる。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「ちっ……」

小さくだがイセリナの口から舌打ちするような声が漏れる。

多分、全員の耳に聞こえていると思う。しかし、誰もが聞かなかったことにするようだ。

「あと、注意事項だが、一応、施設の敷地内なら動き回っても問題ない。大抵は見回りの兵や使用人がいるからな。ただ、敷地外は我々の目が届かない恐れがある。まだ連中が君を狙っている可能性は高いからな。だから敷地内からは出ないように…」

私はこくんと頷いた。

面倒ごとはごめんだし、これ以上迷惑を掛けたくない。

それにあんな怖い思いはしたくないしね。

「あと、護身用だ」

南雲さんが軽く手を上げると彼の後ろについていたマリサさんが布で包まれたものを私の席の近くにのせた。

「見ていい?」

その言葉に南雲さんは頷く。

ワクワクしながら布をめくるとその中から拳を包み込むような形の篭手があった。

色はワインレッドという感じの黒めの紅色で、ふちやアクセントに白色と黒色が入っている。

また、いくつもの金属の板を幾重にも重ね合わせてあり、ふちや所々に模様が刻まれていたりとかなり手の込んだ一品であることがわかる。

「多分、使うことはないと思うがな」

「ありがとう」

すーっと篭手を手にとって見る。それは思ったよりも軽く丈夫そうだ。

使うことがない方がいいとは思うのだが、もし使うことがあれば使いこなしてみせる。

そんな気持ちにさせてくれる。

そんな私を見て南雲さんは少しほっとした表情になった。

もしかしたらいらないと拒否されるかもしれないとか考えていたのだろうか。

私はそんなことはしませんと言いたかったが、よく考えてみれば知り合って1週間程度なのだ。

お互い知らないことの方が圧倒的に多いのだから仕方ない事なのだろう。

ともかく安心した表情をした後、南雲さんは後ろを向いてマリサさんに指示を出す。

「付けてみないとしっくり来ない部分もあるからな。後で調節してやってくれ」

「わかりました。ご主人様」

頭を下げるマリサさん。

それを見ててふとマリサさんの対応が、南雲さんに対してのみリアクションというか接し方というか、ともかく何か感じが違う気がした。

私の勘違いかもしれないし、気のせいかもしれない。

しかし、人形のような彼女の、実に人間らしいほんの少しだが心の動きを見たような気がした。


部屋に戻って三十分程度の時間が過ぎたころドアがノックされた。

「どうぞ」

そう言ってドアを開けるとドアの前にはマリサさんが立っていた。

横にはワゴンがあり、その上には何やら道具がいくつか並んでいる。

「失礼します。霧島様。武具の調節に伺いました」

「はい。お願いします」

私はそう言って彼女を部屋に入れる。

「どうすればいいの?」

手に篭手を持って聞き返す。

「そうですね。まずは椅子に座って篭手を装備してもらってもよろしいでしょうか」

言われるまま、私は近くの椅子に座り、篭手を装備する。

思った以上に簡単に装備できる構造になっているようだ。

そして最後のボタンをひっかけるとしゅっという音と共に篭手が手に吸い付くように密接する。

とうやらある程度はぴったりになるように作動する魔法でもかかっているようだ。

「失礼します」

マリサさんはそう言うと篭手を装備した手を自分の方に手を引くように向けて各部をチェックしていく。

そして違和感のある部分を道具を使って調節していく。

その間、私は彼女の作業を見ているだけだ。

最初こそ興味津々という感じで見ていたが、実に地味な作業に見ているのも飽きてくる。

それに朝、南雲さんの最も信頼する人のうちの一人という話をニーニャに聞いていたため興味もあったので彼女に話しかけることにした。

「マリサさんってメイド長されているんですよね」

「ええその通りです。ニーニャに聞いたのですか?」

「はい。彼女、マリサさんの事を南雲さんの特に信頼する人の一人と言ってました」

その私の言葉に、ほんのわずかだが表情が歪んだように見えた。

多分、余計なことを話すなんて…とか思われたに違いない。

だから私は慌てて言葉を続ける。

「ああ、今のは私が彼女にいろいろ聞いたからなんですよ。別に怒らないでいてあげてください」

「わかりました」

短くそう返事をしながらも手は止まる事はない。

その後、私はどう尋ねていいか考える。

下手なことを聞いてしまったら、ニーニャに被害が及びそうだ。

そんな感じで私が考え込んでいる間にも、シーンとした中でカチャカチャといった金属音が響く。

よし、もうどうとでもなれ。

そう腹をくくり、言葉を発しようとした瞬間に「終わりました」と言う声がマリサさんの口から発せられ、手が止まる。

「試しに一度外してみてから再度はめなおしてみてください」

言われたとおりに一度押さえを外して取り外す。

そして、再度付けてみる。

さっきもかなり腕と一体化していたが、今度はそれ以上の一体感だ。

重さもそれほど感じられず、身体の一部になったかのような気がする。

「すごくいい感じよ」

「それは良かったです。どうやら問題なさそうですね」

無表情のまま淡々と語るマリサさん。

そこには南雲さんの時のようなほんのわずかな変化も見当たらない。

やっぱり、彼女にとって彼は特別なのだろう。

少し胸の奥がもやっとしたがそれを慌てて否定する。

「ありがとう。マリサさん」

「いえ、ご主人様の命令でしたので…」

そう言って今度はポケットから一つの指輪を取り出す。

細い線が何本も絡まり、一本の大きな線になっているようなデザインだ。

「これをお付けください」

出された指輪を手にとって聞き返す。

「これは何の道具?」

「翻訳の魔法がかかっている指輪です。日本語を喋れるのはこの敷地内のほんの一握りだけです。他の方と会話できないのは不便でしょうから…」

南雲さんはそんなことは言ってなかったから、彼女なりの気遣いだろうか。

ともかく、言葉がわかるのは助かる。

「ありがとう…」

感謝の言葉を言って私は左手の薬指に付けた。

それを確認するとマリサさんが日本語ではない言葉を話す。

本当ならわからない言葉なのだが、耳に入ってくるときは知らない音でしかないが、何を言っているのか脳が理解していた。

「どうやら機能は発揮しているようですね。そうそう、喋ってみてください」

そう言われ私は喋ってみる。

「えっと……、何喋ったらいいのかな……」

そう日本語で喋ってるつもりだったのだが、私の口からは日本語とは違う発音が流れる。

「喋る方も問題ないみたいですね」

彼女はそういうと道具を片付け始めた。

「あのっ、日本語を喋りたい時は?」

その言葉に、片付ける手を止めると彼女は少し呆れ顔でこっちの方に視線を向ける。

「指輪を外せばいいのですよ」

ああ、確かにその通りだ。

指輪をつけることで効果を発揮するのだから、使わないのなら外せばいい。

実に簡単なことだ。

そして、わかりきったことを聞いてくる私に対して彼女の中ではかなりあきれ返ることだったようだ。

だからこそ表情に出たのだろう。

「あははは。そうだよね」

私は笑って誤魔化す。

しかし、何も反応せず彼女は道具を片付けていた。

なんか虚しい……。

「では失礼します」

マリサさんは綺麗なお辞儀をすると部屋から出て行った。

なんかタイミングというか、要領が悪いのか聞きたい事を聞けなかった。

どうしたものか…。

そんなことを考えているとぐーっとお腹が鳴ってしまった。

やっぱりパンでは駄目ね。

お腹がお昼まで持たない……。

さてどうしょう……。



道具を片付けていつもの業務に戻ろうとしたときだった。

すーっと陰に入り込んだものがいた。

ちらりと周りを見て問題ないことを確認すると、マリサは外でも眺めるかのように窓際立つ。

そして小さな、本当に小さな声を呟く。

「どうしたの?」

「………」

影の中から聞き取れないほどの声がする。

その声をしばらく聞いた後、彼女はふうとため息を吐いた。

「仕方ないわね。監視を続けて」

「………」

「ただし、よほどのことがない限り手は出さないように……」

すーっと影から気配が消える。

それと同時にきびすを返して動こうと向きを変えた瞬間、彼女は一歩後ろに身体を引いた。

いつの間にいたのだろうか。

彼女の目の前にゴスロリ衣装の若い姿をしたイセリナが立っていた。

「やっぱり気づいたみたいね」

くすくすと笑いながら彼女は近づいてくる。

「何のことでしょう?」

「あなたの配下は優秀よね。さすがは…」

「どういうご用件でしょうか?イセリナ様」

言葉を途中で重ねて相手の言葉を封じた。そんな感じの言い方に敵意が見え隠れしている。

「ふふっ。なぁにたいしたことはないのよ。それにしても好意を抱く男性に仕えているもの同士、少しは仲良くなれないのかしら」

「何のことでしょうか?」

そう言いつつも少し動揺しているのだろうか。マリサの目が少し動く。

「いいわ。まぁそれについては今度ゆっくりと話し合いましょう」

そう言ってイセリナは扇を開いてパンとたたむ。

すーっと周りの音が消える。

防音の魔法が発動したようだ。

「念のためよ」

イセリナはそういうとニタリと笑った。

その笑顔は、昨日の夜、浴室で秋穂に見せた吸血鬼としての悪意のある笑顔だ。

しかし、マリサはその笑顔を普通に流した。

もう何度見たのだろうか。

そんなことを考えながら……。

「実はね、お願いがあるのよ」

その言葉に少しうんざりしたような色が目に浮かぶ。

これは面倒なものになりそうだ……。

マリサはそう思いつつもイセリナの話に耳を傾けるのだった。

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