異世界召喚の章  1-3

野営の準備が出来ると、当然のように魔術師の男を引きずって南雲さんとアーサーさんが3つある大型テントのうちの一つに入っていく。

なんとなくついて行ってテントに入ると、アーサーさんが慌てて「ミルファを手伝って欲しい」と言って私をテントから追い出そうとする。

さらわれそうになった当事者としては一緒にいたほうがいいのかなとか思ったわけだが、ここはいいから治療を手伝ってやってくれと必死に言われたので頷いてテントから出た。

その際、南雲さんがあきれ返った表情でこっちを見てたのが少しむかついたが……。

まぁ、見せたくないことをするし、知らないでいい事もあるかもしれないので配慮したというところだろう。

どっちにしても、まぁいいかと思うことにする。

もっとも結果だけは教えて欲しいと言っておいた。

その言葉に、アーサーさんだけでなく、南雲さんも頷く。

で、言われたとおりミルファさんのところに行くと負傷した人たちを治療していた。

アーサーさんに手伝うように言われた事を報告。

後はミルファさんの指示を受けて助手みたいなことをしている。

その様子を見て思ったが、この世界の治療は魔法は使うみたいだがゲームみたいにさっと回復できるといったことではないらしい。

なにやら塗り薬のようなものを塗って魔法をかけたり、どろりとした液体をつけて魔法をかけて包帯を巻いたりと、魔法をかける以外は現代の薬などを塗って行う治療に似ている感じだ。

だから思わず疑問が口に出た。

「魔法で簡単に治ったりしないの?」

私の言葉にミルファさんはえっ?という表情を浮かべて治療の手を止めて聞き返す。

「霧島さんの世界って、魔法で簡単に治療できるんですか?」

その言葉に私は慌てて否定する。

「いえ、魔法があるからそう思っただけで、私の世界では魔法なんてないから…」

その言葉に苦笑するミルファさん。

「そうでしたね。そういえばボスも昔、『魔法があるのに理不尽だな』みたいな事を呟いてましたよ」

そう言ってくすくす笑い出す。

あー、同類と思われただろうか……。

あんな中年と一緒にしないで欲しいものだ。

だから、思わず「いや、魔法って何でも出来るってイメージあるから……」って答えると、ますます楽しそうに笑うミルファさん。

「あの、なんか変……ですか?」

そう聞き返すと、涙を浮かべて笑いながら答えてくれる。

「それ、ボスも言ってましたよ」

あちゃー、ますます同類と思われてしまっている。

思わずあの嫌味たっぷりのニタリ顔が頭の中に浮かんでしまった。

そして、それを思い出した自分自身にうんざりしてしまう。

まぁ、表情を隠す必要もないから顔に出たと思う。

かなりうんざりというか苦虫を潰したような顔をしていたのだろう。

まぁまぁ、といった感じのゼスチャーをするミルファさん。

「まぁ、他の世界のことは知らないんですが、私達の世界では治療といった高度な魔法は無理なんですよ」

えっ、でも、今、途中で魔法使ってたじゃん。

そんな疑問が顔に出ていたのだろう。

くすくすと笑いながら、ミルファさんは説明を続ける。

「今、かけていたのは再生を促す効果のある魔法なんですよ。だから触媒を使うことで傷口を塞いだりとかには効果があるんですけど、複雑な傷口や部位を治したりとか、病気を治療したりなんてことは出来ないんですよ。そういうのはより高度な呪文プログラムが必要になってくるので簡単な詠唱では無理なんです」

つまり、触媒によって傷口を塞いだりといったことはシンプルで出来るが、失われた部位を復活させたりといった情報量が膨大になるものは無理だということか。

だが、それでも不思議に感じる。

だから続けて聞く。

「でも、光の矢とか爆裂とかの魔法は?」

「あれは単純ですよ。光を集めて攻撃しろとか、ここで爆発しろとか意外とシンプルですから」

「爆発しろってことは、ここの世界は火薬があるの?」

その言葉に頷くミルファさん。

「まぁ、取り扱いが大変なのと使い勝手があまりよくないので多用されていませんが。まぁ、たまに使われるとしても城攻めとか工事に使われる程度ですね。それに魔法で似たようなことが出来るなら、触媒は必要だけど魔法の方が使い勝手いいですもん」

ああ、確かにそうだ。

危険な火薬持ち運ぶより、触媒は必要だが魔法でばーんとやった方が手軽だし楽でいい。

だが、それでも疑問は残る。

「でも、あの魔法使い、転移してきたんだけど…」

「ああ、転移ですね。あれも単純ですよ。この物体を一瞬であっちに移動させるってことですから……」

つまり、座標を設定し、その座標にこの物体(この場合は人間)を一つの物と認識させて瞬時に移動させるといったことらしい。

人をきちんと認識するには膨大な情報が必要となる。多分、現実の世界でもかなり高度なコンピューターが必要だし、それでも処理にかなりの時間がかかるに違いない。

しかし、人を1つの塊と設定すれば、後は移動のための情報だけが必要となり、実にシンプルで簡単になる。

それに見えている範囲内なら座標を指定しやすい。

もっとも、建物の中なんかはかなり危険かもしれないが、それはそれで物と融合したりしないための呪文プログラムがあるのかもしれない。

だがそれを考えた場合……

「じゃあ、都市と都市とかの間に行き来きしてみたりとか、決められた場所の移動とかなんかも簡単なんじゃ……」

その質問に、やっぱりそうきましたかという表情を浮かべてミルファさんが答える。

「あははは、出来ないこともないけど、視覚情報がないとかなり危険だし、なにより長い距離の移動には膨大な情報処理が必要だから、まず人間じゃ無理ね。高度な呪文プログラムを詠唱できるシステムと膨大な魔力がないと……」

ふむふむ。距離が伸びるだけでいろいろ障害はあるだろうし、なにより必要なエネルギー量も半端じゃないのもわかる。

ゲームみたいに少ない魔力でぽーんと移動できるのは無理ってことですな。

そこでふと疑問が浮かぶ。

それは、ずっと引っかかっていたこと。

では、私はどうやってここに召喚されたの?



「さて、無駄なことはしたくないんでね。素直に情報を喋らないかな?命の補償はするからさ……」

南雲はそう言うと縛られ地面に転がっている男の傍にしゃがむこみ、髪の毛を無造作に握ってぐいっと自分の方に顔を向かせた。

男が憎しみを籠めた目で睨みつけてくるがそんなのはどこ吹く風といった感じで受け流す。

「仕方ないな……」

南雲は腰に携帯していた短刀をすらりと抜き、ぴたぴたと刃の部分の平らな部分で男の頬を軽く叩く。

それでも反応を返さない男に、ニタリと笑って短刀の柄の部分で男の顔を殴りつけた。

鈍い音と共に男の顔が地面にのめりこむかのように叩きつけられる。

「ぐはっ……」

悲鳴とも嗚咽とも取れる声と血まじりの唾液が男の口から漏れる。

「話す気になったかな?」

軽い口調で南雲が再び髪を握って男の顔を自分に向ける。

しかし、脂汗を流して苦痛で顔を歪ませながらも男の目に敵意の色は消えていない。

それどころかますます燃え上がっているようにさえ見える。

「へっ、こんな程度じゃ……」

しかし言い終わらないうちに再び南雲が短刀の柄で殴りつける。

「それは俺が欲しい情報じゃないな」

まるでちょっとした間違いだというみたいな軽い感じで言う南雲。

その様子には、罪悪感も嫌悪感も感じられない。

「ぐっ……ふざ……」

言い終わらないうちにまた殴りつけられる。

何度かそれが繰り返され、すっかり変形してしまった男の顔を引き上げると南雲は呟くように言った。

「ああ、先に言うのを忘れたが、抵抗してくれた方がこっちは楽しいからかまわんぞ」

その言葉には、本気でそう思っているという重みと喜び、それにゾクリと背筋の凍るような残虐性に満ち満ちていた。

ケタケタケタ……。

そんな笑い声が似合う笑顔が彼の顔に浮かんでいる。

そう、彼は楽しんでいるのだ。

この時間を……。


後ろでその様子を見ているアーサーの背中をすーっと冷たい汗が流れる。

行き過ぎそうな場合は止めてくれといわれている以上、見ていたくないとか気分が悪いのでここから離れるといったことは出来ない

彼にとって南雲は尊敬でき信頼できる上司ではあるが、自分の中にある感情がこの行為を、そしてこの行為をしている南雲を否定したがっている。

しかし、彼が今まで味わった地獄を知っているだけに、彼がこういった連中に絶対的な悪意を持って対応することは否定できない。

それどころか、ああいう対応されても仕方ないとさえ思っている。

しかし、それでも実際にこういう場面を目にするとムカムカした吐き気と嫌悪感を感じてしまう。

矛盾しているなとも思う。

だが、それが自分だとも思っている。

そして、そんな自分だからこそ、南雲は自分を部下にしたのだと思っていた。

彼のストッパー……。

それが自分に与えられた役割。

アーサーは自分の役割をしっかりと正確に自覚していた。


1時間程度で南雲さんとアーサーさんはテントから出てきた。

何も音らしい音が聞こえなかったが、多分消音されているんだろう。

でなきゃ、あんなに静かに尋問なんて出来ないだろうし…。

しかし、こっちを見て憎たらしい微笑み浮かべている南雲さんに比べてアーサーさんの顔色の悪いこと、悪いこと……。

真っ青な顔とふらふらした足取りは、疲労感に満ち満ちている。

私の視線に気が付き、微笑んでいるものの、それが少し痛々しい。

まぁ、その様子を見て、アーサーさんは多分常識人で、南雲さんは間違いなくサドに違いないと確信してしまった。

結局、あの後も尋問があっている間中、私はミルファさんの手伝いをしながらいろいろ聞いていた。

魔法のこと、この世界の様子や常識などの基礎的なことなど…。

それは小さな子供が疑問に思った事を何でも聞くような雰囲気を持っていたのだろう。

ミルファさんの私を見る目が話すたびに子供を見守る母親のように感じてしまう。

いや、どう見ても彼女の方が若く見えるんですけどね。

多分、十代のはず…。

こっちに来る二人を見ながらそんなことを思っていると、ミルファさんが立ち上がり南雲さんたち二人に状況を報告している。

さっきまでは日本語で話してくれていたが、二人にはここの世界の言語らしいもので話している。

まぁ、内容はよくわからなかったが、多分、負傷者のことや現状のことを報告していたのだろう。

びしっと背を伸ばして相手の眼を見てきちっと話す姿は、言葉は違うが、映画や自衛官になった高校の友人から聞いていた自衛官の報告する様子に似ている気がした。

なんか、ファンタジーっぽくない。

うーん…。なんかゲームや小説なんかで読む転生ものと違い、実に現実っぽい感じがする。

まぁ、ゲームや小説ではないのだからその通りである必要はないのだが、イメージというものがある。

しかし、こっちに来てから転生モノはこうあるべきという王道というかセオリーが覆されていく気がする。

報告が終わったのだろう。

南雲さんの視線が私に向く。

「でだ、どうする?」

日本語のそんな問いに思わず聞き返す。

「どうするって?」

「いやな、きちんとした説明を先にした方がいいのか、それとも食事を先に済ましてからの方がいいのか聞いたんだがな」

その言葉に、一瞬思考が止まる。

何を言っているのだろう……。そして一瞬の間をおいて意味を理解した。

おいおい、省略しすぎだ。

そんなんでわかるわけないでしょうが。

だから非難めいた言葉で「そんなんでわかるかっ!」と言い返す。

その言葉に皮肉でも返してくるかと身構えたが、どうやら機嫌がいいのか皮肉めいた反論は返ってこなかった。

「そうか?アーサーとかミルファはわかるぞ」

「あ……」

思わず、名前の出た二人を見ると二人とも視線をずらして苦笑を浮かべている。

その態度でわかった。

駄目だこれは……。この人の普通がこうなんだ。

二人とも苦労しているんだねぇ。

しかし、この人、皮肉屋で口は悪いが意外と面白い人かもしれないとも思ってしまった。

返す言葉に困っていると、これからの行動を決定する音が響く。

そう、お腹の減った時になる音だ。

それも派手に……。

しーんとした瞬間に鳴るのだから、空気を読めと言いたい。


なお、名誉のために言っておくが、私ではない。

本当に……。

念のため……。

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