第31話 影から明るみへ
邪神の眷属を討伐をして数日後。
スケルトン大量発生事件直後は、誰が流したかは分からないが町中に邪神の眷属が復活してアステルを滅ぼしに来るという噂が流れていた。でも、いつまで経ってもそんな恐ろしい存在が町に近づいている気配はなく、カフスからもそんな事実はないとお触れが出たので、一日を経たずにその噂は間違いだったと住人の誰もが納得した。
受付さんに調査の報酬(結局手がかりを何もつかめずに事件が発生してしまったので金貨12枚)を貰いに行った時にスケルトン発生時の町のことを聞くと、怪我人は出たものの犠牲者は一人もいないと言われたので安心した。オレ達のせいで誰かが死ぬことにならなくて本当に良かった。
その後、オレ達はカフスから依頼を受けたという商人と一緒に、ソーエンが約束していた家の候補を見て回り、そのうちの一つを貰うことにした。候補が全て中央区だったのは、何かあったときにカフスがすぐ駆けつけられるようにするためだろう。
貰った家は、元は宿屋だったらしい。
一階は、玄関から見て右が食堂で左が共同スペース、奥に風呂。二階と三階は部屋がそれぞれ10部屋ずつあって裏庭付きと、三人で暮らすには広かったがクラメンが見つかって一緒に住むことになったとき用に広い家を選んだ。
そう、三人で暮らすんだ。どうして住人が三人居るかと言うと、シアスタもここに住むことにしたからだ。最初は遠慮をしていたが、シアスタがいつも言う「パーティだから」という言葉を使ったらあっさり了承した。
どうしてこんな立派な宿屋が売れ残っているのか商人に聞いたら、この建物はカフスが権利を持っているらしく、そもそも売り出してはいなかったそうだ。なんで権利を持っているかは誰も知らないらしい。
そんなカフスはスケルトン事件の事後処理に追われているのか、事件解決後は一回も顔を合わせてはいない。
オレ達は荷物と言えるような物は持っていなく、家具も大体は揃っていたため引越し作業はすぐに終わった。
住み始めて三日目、オレ達は食堂で紅茶を飲みながらまったりしていた。
「あぁー紅茶がうめー」
「ですねー」
「煙草も美味い」
三人で広い食堂の隅っこにある小さいテーブルでこのゆっくりとした時間を楽しむ。
どうにも隅っこって落ち着くんだよな。
窓はレースのカーテンがしまっており、外から中は見られないようにしてある。そうでもしないと住人の目が気になってゆっくり出来ない。
ソーエンはまだ、自分の部屋と風呂以外ではフードを取っていなかった。
「なぁ、そろそろ」
「お邪魔します」
ソーエンにフードのことを切り出そうとしたときに、誰かが正面玄関から入ってくる。
「げ!! カフスだ!!」
食堂から正面玄関は見えるのですぐに分かった。
「これはこれはカフス様、ご機嫌麗しゅうございます。本日はお日柄もよく」
オレはすぐに席を立って手を揉みながらカフスに向かって歩く。
アステルに危険を及ぼすような事態を引き起こしたんだ。追い出されないように機嫌を取らないと。
「イキョウ、気持ち悪い。普通にして。他のみんなも」
「はい……。おーい、カフスが普通にしていいって」
おや? てっきり怒っているとばかり思っていたが、今のカフスからは怒りのような感情を感じない。
カフスのことだから、オレ達が眷属の封印を解いたことに気づいているとばかり思っていたが、もしかして封印が解かれたことにすら気がついていないのでは?
「私も座ってお茶飲みたい」
噴水や応接室で会ったときと同じような態度でカフスは言う。
「あそこでいいか?」
「いいよ」
お? これは本当に気づいて無いのでは?
席まで案内をし、シアスタの横に座ったカフスに紅茶を出す。
カフスは目の前に置かれた紅茶を一口飲み、味を楽しむとテーブルに置いた。
「それで、邪神の眷属の話をしに来た」
紅茶を楽しむ時間だと思っていたところに、急に本題が切り出さたオレは、一瞬動揺して持っていたカップをソーエンにぶん投げそうになる。でも、まだオレ達が関与しているとはバレていないはずだから落ち着く。
「眷属を倒したのはあなた達?」
カフスはガランドウルが倒されたことを知っているようだ。
「そうだ」
「ああ」
「私達です!!」
倒したことには変わりは無いのでここは正直に答えよう。
「眷属の封印を解いたのもあなた達?」
「……」
「……」
「私以外です!!」
オレ達が黙ってやり過ごそうとしてるってのに、シアスタが余計なことを言いやがったッ!!
「おい、何で言うんだよ!!」
「シアスタ、お前…」
「過ちを犯したのなら正直に答えるべきですよ!!」
「自分で責任取ったから帳消しだろうが!!」
「責任をとっても犯した事には変わりないじゃないですか!!」
「ぐぅ、正論ぽい事言いやがってッ…!! そもそも封印解く原因になったのはソーエンがバカやったからだろ!!」
「何だ、俺を売る気か? 俺達は仲間だろ。だったら一蓮托生だ。お前等全員同罪にしてやる」
「そうだシアスタ。ソーエンとシアスタは一蓮托生だ」
「イキョウさんもですからね!!リーダーじゃないですか!!」
「やだぁ!!名ばかりリーダーやだぁ!!」
「リーダーならばメンバーがやらかした事への責任を取れ」
「いいだろう、責任とってリーダー辞めてやるよ!!次のリーダーソーエンだからな!!はい決定!!今すぐやらかしてくるから待ってろよバーカ!!」
「なんで足を引っ張り合うような事しかしないんですか!?」
「「コイツがムカつくから」」
「もおおおおおお!!」
オレ達はやんややんやと言い合いになるが、カフスはオレ達に対して怒るわけでも取り押さえるわけでも無く、ただじっと言い合いが終わるのを待っていた。
「羨ましい」
カフスが何かをボソッと言ったが、言葉の意味が理解できなかった。
こんな喧嘩のどこが羨ましいのだろうか。
「カフスさん、今何か言いました?」
カフスの言葉にシアスタも反応をした。
シアスタはカフが何を言っていたのかは聞こえていなかったらしい。
「何でもない。それよりもういい?」
「それはもちろんでございますよカフス様、我々一同あなた様の」
「次その口調したらイキョウを指名手配する」
「ごめんなさい」
代表の職権をフルに使ってきた。こんなんで指名手配されては困る。
「復活のことを怒りに来た訳じゃない」
「なんだよ、良かったー。それを早く言ってくれよ。不毛な喧嘩をしちゃったじゃないか」
「言う前に喧嘩が始まった」
「ご尤もっす」
全員が落ち着いて席に座りなおす。
「あれは私が横着した落ち度。だから感謝している」
「横着? どういうこと?」
カフスは昔起こったことを話し始めた。
アステルが出来るよりずっとずっと昔の話。この地に住むカフスの元に邪神の眷属が攻めに来たらしい。昔からカフスは平和を望んでいたので、殺したくは無かったが放置することも出来ず、スケルトンの軍勢とガランドウルを激闘の末あの森に封印した。時間が経って話し合いで解決できることを望んで。
だが、今回の件で話し合いにならないことが分かった。もっと早くに私の手で終わらせてあげれば良かったと。そしてそのことについて黙っていたことを謝られたが、こちらも不注意で封印を解いたことを謝ってお互い許しあった。
なぜ2日も何も見つからなかったかというと、カフスが言うにはバラバラにして地中に封印したらしく再生と軍勢の集結が終わるまで地中に身を潜めていたのではないかということだった。
情報が欲しかったのでガランドウルの名前を聞いてみたが、初めて邪神の眷属の名前を聞いたと返された。
「これで話は終わり」
「カフスさんは優しいんですね」
横でシアスタはずっと涙を流しながら話を聞いていた。
「そんなことは無い。でもありがとう」
泣いているシアスタの頭を撫でるカフスは姉のような、母親のような、とにかく優しい感じだった。
「それでお礼をしに来た」
「金か?」
「違う。理由は前と同じ」
前というのはマザーファングボアのときの事だろう。
「なあ、前も思ったんだけどさ、代表って安月給なの?」
「違う。ちゃんと沢山貰ってる」
代表という立場の給料がどれくらいかは分からないが、沢山というなら貯金は相当な額になっているだろう。まさか全部使っているわけは無いよな。
「なら、なんでお金払ってくれないの?」
「払わないんじゃなくて払えない」
「なんで?」
「大体は食費に消える。私はグルメ」
あほらしい理由を、カフスは自慢げに話しやがった。
そういえば前に会ったときもアメが美味しかったとかで金貨2枚くれたもんな。
……これが町のトップかぁ? これでいいのかアステル……。
「それに、お金で解決したら会いに来る理由が無くなる」
「えぇ…、好きなときにくればいいじゃん…」
なにこのドラゴン、人付き合いの価値観どうなってんのよ。
でも確かにドラゴンって「良く来たな」とか「待っていたぞ」とか言って巣穴に引きこもってるイメージあるし、自分からは行かないタイプが多いのだろうか。
「いいの?」
「良いも何もダメな理由も無いし…。噴水で会ったときみたいにファングボアで興奮してぐいぐい来るカフスで別にいいんだよ」
「噴水の事は分かりませんが、いつでも会いにきてください。私も会いたいです」
「どうしてもというなら今回の報酬も貸しにしておく。いつでも聞きに来い」
ちょっとシャレた事言うじゃんソーエン。
「ありがとう」
その後、全員が直近で金以外に欲しいものは無いので、結局報酬は貸しということにした。
報酬の話が終わった後、カフスはまだ話したそうだったが仕事があるといって帰っていった。
代表ってだけあって色々と急がしいようだ。
オレ達は玄関まで見送った後、またテーブルについて紅茶を飲みまったりし始める。
「ソーエン。さっき言いかけたんだけどさ、そろそろいいんじゃないか?」
オレは自分の頭をちょいちょいと指差してフードの話だよとジェスチャーで伝える。
「う、む……」
ソーエンは踏ん切りがつかないのかシアスタを見ながら迷っている。
いっつもはっきり物を言うソーエンも、こればかりは割り切れないらしい。
でも、オレはやっぱりお前が自由になって欲しいよ。事情が事情だけど、でも、シアスタなら大丈夫な気がするんだ。
「ずっと気になっていたんですけど、ソーエンさんはどうして顔を隠しているんですか?」
「むぅ…」
「あ、別に話しづらかったらいいですよ。大丈夫です」
「いや…」
ソーエンは歯切れの悪い答えしか言わない。事情を知っているので無理やり剥ぎ取ることはしないが、出来れば家の中くらいゆっくりしてもらいたい。
「……シアスタは顔の美醜についてどう思う」
顔の美醜。それがソーエンが顔を隠してる最たる理由だ。
そのせいでずっと苦労してきた。オレが出会ったときも、出会う前も、出会ってからも。
ソーエンはフードとマフラーを取るか取らないか。その判断をシアスタの答えで決めようとする。
「私達精霊は人の価値観とちょっと違っているので……顔での判断はあまりしませんね」
「じゃあ何で判断するんだ?」
「魔力の質ですね」
魔力の質…あまりぴんと来ない。
「分かりませんよね。その人がまとっている魔力と思って貰えればいいです。例えばソーエンさんは澄んでいて刺々しい、みたいな」
その人の気質みたいなものか。
「オレは?」
「濁っていてなんか四角いです」
「お前オレのこと嫌いだろ」
四角い人間てどんなんだよ。全然人の内面表してないわ。
「見たまんまを言っているんです!!怖くて不気味、みたいな感じですね」
「よくそれでオレ達とパーティ組むって言い出したな、おい」
「それだけで判断はしませんよ。ちゃんと話して、中身を見てみないとどんな人かは分かりませんから。それに助けてもらいましたし」
見た目だけではなく中身も見るのは人も精霊も同じか。
なんか横ではうんうん唸っているし、シアスタは私はとても綺麗ですけどねとか言ってかわいい自慢してくるし。
とにかく、シアスタの話を聞いた限りじゃ大丈夫だろ。
「いいんじゃないか」
そういって親友の背中を押す。今のソーエンは本当は取りたいと思っている。ただ勇気が出ないだけだ。
「……………分かった。シアスタを信じよう」
それだけ言うと、ソーエンはフードを脱いでマフラーを外す。
異世界に来て初めて、オレ以外の奴にソーエンの顔を晒す。
シアスタだから晒せた。ありがとうな、シアスタ。
「それがソーエンさんの顔なんですね」
シアスタはそれだけ言うとにっこりと笑うだけだった。
それだけ。特に何も変わらない。
「な? 大丈夫だっただろ」
「…ああ、嬉しいものだな」
ソーエンがなぜ人に顔を晒さないか。たった一つの簡単な理由。
こいつは…………えげつないほどのイケメンなのだ。
町を歩けば、すれ違った人は全員振り向き、周りからは写真を撮られSNSに拡散され、言葉を交わせば女は惚れてそれを見た男は嫉妬に狂う。ネットの写真から住所が特定され、連日連夜勝手になったファンがアパートに押し寄せてくるなど、上げればキリが無いくらいに多くのエピソードを持っている。
そんなソーエンがなぜソウルコンバーションテールで現実の自分の姿を使っているかというと、子供の頃のように自分の顔を隠さず外を歩いてみたかったからだとか。
実際、ゲームなら美男美女が多いからソーエンが目立つことはあまり無かった。たまにソーエンの顔を知っているやつから話しかけられることはあったけど、アバターを作るときに参考にしたといえば納得してくれた。まぁ、そんな言い分が通るほど完成された顔だから出来る言い訳だ。
「あれ?ソーエンさんって人間じゃないんですか?」
ソーエンの素顔を見たシアスタは思いも寄らない感想を言ってくる。
そういえばソーエンはシアスタに人間と言っていたな。
今のソーエンには牙が生えているからそれを見て気がついたんだろう。
ソーエンの顔を見て、出てきた言葉が牙って。この顔を見て一番最初に興味を持ったのが牙って。
シアスタの言葉を聞いてソーエンは笑い出した。いつもの気取ったような笑いじゃなくて本当におかしくて笑っている。そんな感じだ。ついついオレもおかしくなって笑ってしまう。
「なんで笑うんですか!?」
オレやクラメンの前以外で心から笑うソーエンは初めてみた。
だから、シアスタには悪いがこのままもう少し笑わせてもらおう。本当にもう少しだけだから、笑い終わったらプンスコ怒っているシアスタに侘びを入れよう。
だからもう少しだけ許してくれ、シアスタ。もう少しだけ、だからさ。
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