第17話 死闘と憩いの時間

 喧嘩するなら中庭でやりな。と言うオバちゃんの一声でオレ達は中庭に移動した。


 オバちゃんが怖かった訳では断じてなく、お茶汲み担当を決めるために仕方なく移動した。怖かったわけではない。断じてだ。


 お茶汲み担当を決める事は大事だからな。だから移動した。怖かったんじゃない。


 ギルドの中庭には人っ子一人いなく、奥にある出入り自由のアーチの外をたまに人が通るくらいしか人の気配は感じられなかった。


 貸切状態の中庭でオレ達は決闘の準備をしていた。


 準備と言っても身体を万全にするわけではない。むしろ今後の課題であった、体をどう弱めればいいか話し合っていた。


「どうすればいいと思う?」


「俺達三人で話し合えば何か答えが見つかるはずだ」


「この時間で話し合ってお茶汲み係りを決めればいいのでは?」


「何かいいアイテムあるかな」


「俺も探そう」


「人の話を聞いてくれない……何をしてるんですか?」


 オレ達はシアスタがプレイヤーではないことをことを忘れて、手でUIを操作してしまっていた。


 視線や思考でも出来るのだが、手のほうが操作しやすいのでついついやってしまったのだ。


 多分システム的なことを言っても伝わらないだろうし、見せることも出来ないからどう説明していいのか分からない。


「魔道具だ」


 ソーエンがそれっぽい答えを言う。


 が、何をしているんですかって質問の答えになっているのかそれは。


「魔道具……もしかして、さっきのお茶はマジックバッグにしまってたんですか?」


 シアスタは深読みをしてくれて、別な思考に入ってしまった。


 マジックバッグって何だ。魔法で作ったバッグなのか?それともバッグで発動する魔法か?口ぶりからして前者だとは思うけど……後者が無いとも限らない。どっちだ?


 どうせ常識ないと思われてるしこの際聞いてしまおう。


「マジックバッグって何だ?」


「えっと、見た目は普通のバッグやポーチですけど、中は魔法で拡張されてて見た目からは想像できなほど沢山のものを入れることができる魔道具で、かなり高価な代物です」


 あの呆れた視線はされなかったので、知らなくても大丈夫なことだったようだ。


「なら、それに近いものを持っている」


「ほんとですか!!お金持ちなんですね。今空中で手を動かしていたのは何の魔道具ですか?」


「うーん……マジックバッグの中身を見る魔道具的な?」


 UIのことは分かりやすく説明したほうだと思う。


「そんな魔道具初めて聞きました!!私もお二人に負けていられません。何か新しいものを発見してみせます!!」


 漠然とした目標に気合を入れるシアスタだった。


 とりあえず、もう取り繕うこともないので堂々と手を動かしてアイテムを探そう。


「弱い武器使うか?」


「だめだ。そもそも俺達は素が強すぎる。そこら辺に落ちてる木の棒でさえ強力な武器になるほどにはな」


「うーん、ならこれはどうよ」


 <生命感知>使い、辺りに人がいないか確認をしてからアイテムを取り出す。


 流石に何もない所からアイテム出してるところを見られたら困る。


 シアスタには見られても良い。大体の事は魔道具で通用しそうだし。


 <生命感知>をシアスアタは感じ取ったのか、ピクっとしてから辺りをキョロキョロしていた。


「同行の指輪か」


 <同行の指輪>とは、初心者と上級者が一緒に遊ぶために作られた指輪だ。効果としては装備者のHPとMP以外のステータスを決められたレベルの値まで下げることが出来、50レベル用と100レベル用がある。但し、ステータスを下げるだけでレベルは変わらないから、これを装備してあのレベルを計る水晶に触っても結果は変わらない。


 だから、この世界でのレベルの証明には使えない。


「50と100どっち付ける?」


「50だ」


 100だとまだ高い気がするので、オレも50に賛成だ。


 早速装備をしてっと。


「ちょっとオレを思いっきり殴ってみてくれ」


 オレはソーエンに装備効果のテストをして貰うよう頼む。


「自ら人柱になるのか。殊勝なやつだ」


 バカめ引っかかりやがったな。


「いくぞイキョウ」


 ソーエンは思いっきり振りかぶって全力でオレを殴りつける。


 大きな鈍い音が辺りに響く。


「ちょっと、人が目を離しているうちに何があったんですか!?」


 キョロキョロしていてオレ達を見ていなかったシアスタは音に驚いてこっちに目を向ける。


「なに、性能テストだよ。な? ソーエン」


 オレはソーエンにニヤニヤが止まらない顔で話しかける。


 ソーエンはオレを殴ったまま動いていなかった。


 オレの能力値が下がったとはいえ、HPや装備は変わっていないから全力で殴られても痛くもかゆくも無い。


 オレの防御はそこそこ高い状態で筋力値が下がったソーエンの攻撃を受けた。


 結果として、全力で殴ったのに平然とされるという状況が生み出され、そのことでソーエンはショックを味わっていた。


 ざまぁ見ろ、この脳筋ヤロウ。


「この屈辱は決闘で晴らす」


「本当にやるんですか?やめましょうよ、危ないですよ!!」


「戦闘はしない」


 ソーエンの武器は攻撃力が完全武器依存で能力値が変わっても性能はかわらない。


 威力が弱いものもあるが、それを使ってもオレに碌なダメージを与えられない。だからと言ってここでダメージを与えられるような装備をここで使うわけにはいかない。だからソーエンは絶対に攻撃が出来ない。= 戦闘をすることが出来ないって言った方が本当は正しい。


 オレのメイン武器、ダガーも似たようなものだし、スキルは周りに被害がでるので人がいる街中では使えない。


「ならどうやって決めるんですか?」


「武器を使わず、己が体一つで戦うと言ったら?」


「そう、押し相撲だ」


「おしずもう?」


「ルールを説明するぅ!!」


 オレはブーツで地面に二本の直線線を引く。


「まず、ここにオレとソーエンがそれぞれ立つ」


「はい」


「立ったらつま先をこの直線に合わせる」


「はい」


「後は手で押し合って、倒れたり足を動かしたほうの負けだ」


「片足立ちはありかイキョウ」


「舐めやがって、ありにしといてやるよ。手を下げて逃げるのは無しだからな、泥仕合になる」


「足が地面に着に付いた瞬間が一歩判定で良いな」


「しつこいぞソーエン、当たり前だろ」


「レベル20が能力を下げてまでやることですか?」


 オレ達からしたら320と321の押し合いは踏ん張ったら地面が割れて、押した余波で窓ガラスが割れるんじゃないかと思っていたから、能力を下げることが必要だった。


 でもシアスタはオレ達が20レベルだと思い込んでいるから、あの話し合いは意味が無いものだったと思っているようだ。


「いいかシアスタ。オレ達は今から本気の勝負をするんだ。今が大事なんだ、過去の話は関係ない」


「話し合いの必要は無かったことになりますよ」


「俺達はパーティだ。話し合い大切だろう」


 二人に言い訳の穴を突かれてしまう。ソーエンはどっちの味方なんだよ。


「御託はいい、シアスタ審判を頼む」


「はあ、分かりました。……一歩動くかバランスを崩した方が負けですよね?」


「ああ」


 シアスタはしぶしぶ引き受けてオレ達の横へ立つ。


 オレ達はそれを見ると、お互いに向き合い手を構えて死闘を繰り広げる準備をした。


 シアスタが手を一直線に上げ、大きく息を吸う。


「始め!!」


 シアスタの振り下ろされた手と同時にオレは仕掛けた。


 まずはソーエンの構えた手を狙って思いっきり押す。


 ソーエンも押し返してくるが、オレの方が早く仕掛けたからソーエンの重心や手の力は完璧ではない!!


 ソーエンの体が後ろに小さくのけぞる。足や腹筋に力を入れて元に戻ろうとしているがもう遅い。その力も利用してお前を倒してやる。


 もう一度押して押してフィニッシュにしてやる!!


「ウケケケケ、オレの勝ちだー!!」


 勝利の笑いとともにオレは思いっきり手を伸ばしてソーエンを押す。


 よっしゃあ!!ソーエンの右足が後ろに動いた!!後は地面に付けばフィニッシュだ!!


「かかったなバカめ」


「は?」


 そのまま倒れこむと思ったソーエンは突然飛び上がるようにオレの伸びきった手を押し返してきた。


 ソーエンを押して伸び切っているオレの手に衝撃を吸収するような余裕は無く、力を全てそのまま受けてしまい、俺は大きく後ろに仰け反ってしまう。頑張って耐えてはみるが、バランスを大きく崩しているので足が動くのは時間の問題だった。


 諦めたくは無かったが、このままだとしりもちをついてしまうのでとっさに足を動かす。


「うお、お、お、お!!」


 でも下手に耐えたせいで重心が後ろに行き過ぎていた。


 一歩では収まらず何歩も歩いて、そのまま加速しながら後ろへすっ転んでしまう。


「いでッ!!」


「勝者、ソーエンさん!!」


「なにがウケケケケだ」


 転んだオレを無視して、無慈悲にシアスタの勝利判定が上がった。


 オレは起き上がって審判に異を唱えるために詰め寄った。


「審判、コイツスキルつかってましたー!!」


 そう、ソーエンは倒れる直前に片足で<空歩>を使って勢いをつけ、踏ん張る下半身としなった上半身を合わせて全身で勢いを付けオレを押した。


 上半身しか使ってないオレと全身を使ったソーエンではどちらが押し勝つかは明白だ。


「スキルを使ってはダメとは教えてもらってません」


「ぐぬぬッ!!」


 確かに教えたルールは、足を一歩動かすかバランスを崩して倒れるかしたら負け。としか教えてない。


「どうだ、片足立ちでお前に勝ったぞ」


「んだよその言い方!!くっそ腹立つー!!」


 <空歩>って言うんだから使ったらそれはもう一歩じゃんと反論したかったが、事前の取り決めのときに足が地面に着いたら一歩と決めてしまったのを思い出す。


「試合が始まる前から勝負は決まっていた」


 勝ち誇ったソーエンがオレにかっこいいセリフを放ってくるが……負けは負けなので甘んじて受け入れよう。勝負とは厳しい世界なのだ……。


「お茶汲み係よろしく」


「ああああああ、こき使われるー!!ヤダー!!」


 オレを使う大義名分を与えてしまったので断るに断れない。


「さっきのおしずもう?ってなんかあっけないですね」


 シアスタはオレ達試合を見た上でそんなことをほざきやがる。


 あの一瞬の攻防は、やったものにしか分からない白熱さがあるんだ。


「おい、ソーエン相手してやれ」


「いいだろう、来いシアスタ」


 ソーエンもシアスタの言葉で火が点いたのだろう。快く引き受けてくれる。


「わかりましたよ…もう」


 シアスタは背負っていた杖をオレに渡してソーエンの前に立ち、手を構える。


「スキルは無しですよ」


「分かっている。純粋な力だけで勝負だ」


 今度はオレが審判なので、二人の横に立つ。こうして横から見ると身長差がえぐいな。


 オレは手を上げて二人に開始直前の合図を出す。


「始め」


 手を適当にブンと下げて投げやりに開始の合図を伝える。


「先手は譲ってやる」


「はいはい。ええっと、こうですか、えいっ」


 ……? 何が起こったのだろうか、このオレが何かを見逃したのか?


 気がついたらソーエンが後ろに一歩下がっていた。


「は? 何が起きたの?」


「くそっ、なるほどな」


 ソーエンは何かに気づいて一人で納得をしながら悔しがっていた。


 シアスタは勝ったことに驚いている様子もなく、もう終わりですか?と聞いてくる。


「イキョウ、戦う前から始まっている」


 それだけ言うとソーエンが審判の位置に収まったのでオレはシアスタの杖をソーエンに預けてからシアスタの前に立つ。


 こんな小さい子に負けるわけ無いだろ。ソーエン油断したな。


 オレは油断をしない。また始まりと同時に仕掛けて押し倒してやる。能力値は下げてあるが、力が強すぎると怖いのでちょっとだけ力を抜くつもりであるが、それでも十分に倒せるだろう。


 オレが準備を終えて構えると、ソーエンが手を上げて始めと言い振り下ろす。


「くらえ!!」


「わっ、危ないですね」


 シアスタはオレの力をいなして、少し揺れながらも立っている。


「なにーーーっ!!そんなバカな!?」


 少し力を抜きはしたが、こんなに平然にしていられるわけは無い!!少なくとも身体は大きく揺れるはずだ!!


「こっちも行きますよ、えいっ」


 あんな平然とされたんだ、こっちも受けきって同じことをしてやる!!


 手と手が衝突する。


 オレは耐えられる、はずだった。


 体が大きく揺らされ、変な浮遊感が体を支配する。なるほどな、ソーエンはこの景色を見ていたのか。


 負けた理由に納得しながら足を動かし、オレが敗者だと無言で審判に伝える。


「また勝ちました…」


 シアスタは自分の手を見つめてぽかんとしている。


「シアスタ、お前はこの押し相撲において最強だ」


「ああ、俺達では勝てない」


 そう、シアスタは俺達にとってまさに天敵のような存在だった。


 第一に身長差があるから、オレ達は上から、シアスタは下からの攻撃を仕掛ける。上からの攻撃は体のばねを使うことによって捌くことが可能だ。そして下からの攻撃は腕以外に使えるばねは無い。シアスタの一方的有利だった。


 もう一つはシアスタが内股で立っていたことだ。内股だと足の後ろ側が広いおかげで普通に立つよりも踏ん張ることが出来る。


「やりました。大・勝・利、です!!」


 シアスタはドヤ顔をしながら腰に手を当て勝利を誇っている。


 認めよう、シアスタがNo.1だ。


「これに懲りたらくだらない喧嘩はやめてください」


「「コイツがなにもしないなら」」


 オレが喧嘩をするのはソーエンのせいで、ソーエンが喧嘩をするのはオレのせいだ。両者が何もしなければ何も起こらない。逆に、どっちかが問題を起こしたらその倍で喧嘩を売っている。


「人のせいにしないで自分を見つめなおしてください」


「自分を見つめなおす前に相手を見つめなおして欲しいでーす」


「そんなに見て欲しいのか。気色悪い」


「ほらまた喧嘩しない。パーティ登録しに行きますよ」


 なぜかシアスタに仕切られるが、シアスタは勝者だ。敗者のオレ達は大人しく従うだけ。


「その前に煙草を吸わせてくれ」


 確かに、食堂では吸わずに出てきたから食後の一服は出来ていなかった。


「オレも」


 せっかく外にいるんだしここで吸わせてもらおう。


 敗者にも権利はあるんだ。


「だったら私が行ってきましょうか?」


 流石にシアスタだけに任せるのは申し訳ないし、食堂での話を聞いて一人にするのは少し不安になる。


「あー、付いて来い。いいもんやるから」


 オレ達は壁の近くに合ったベンチに移動してオレとソーエンは一緒に、シアスタは煙が掛からないようにとなりのベンチに座る。


「シアスタ、ほれ」


 オレはアイテムボックスから棒のついた飴玉が入っている箱を取り出して、その中の一つを適当に掴みシアスタに投げる。


「何ですかこれ?」


「アメだ、包み紙を剥がして食え」


 これまた嗜好品アイテムの登場で、今回は<キャンディーボックス>というアイテムだ。


 これは箱の中に果物アイテムを入れて蓋を閉じると箱の中身がその果物味のアメでいっぱいになるというもので、中身は全部食べきらなくても新しく果物を入れればその味のアメでいっぱいになる。


ティーセットと同じガチャの外れアイテムだ。


 まずい味のアメをつくろうとしてクラメンといろんな果物を入れまくったが、そもそもアメの味は薄いしどれも奇跡的に美味しくなってしまったのでそのまま放置していた。今のこれは一体何味なんだ?。しいて言うなら果物味か。


「何かツルツルしていますね。ここから破るんですか」


「そうだ、ゴミは処分するから後でくれ」


 無事に開けられたようなので、オレ達も煙草を吸い始める。


「ん!? ……あまーいぃ」


 棒を口から出しながらアメをコロコロしている姿は子供にしか見えなかった。


 そして、シアスタが何かに気がついたようでこちらを見てくる。


「ふふふ、おそろいですね」


 シアスタは満足そうにアメの棒を人差し指と中指でピースを作りながらはさんでいた。


「ふはっ、なんだそれ」


「綺麗過ぎるピースだな」


「なんで笑うんですか?」


 ぴんと立てた指で必死に握りこんでいるでが面白くてつい笑ってしまう。


 笑っているオレ達を見たシアスタは不思議そうにしたあと、またアメの味を堪能し始めた。


 煙は風魔法で上へ流しているため、シアスタに掛かることはない。


 それにしても、異世界に来て初めてこんなに落ち着いた時間を過ごすな。


 昨日は噴水、牢屋、ギルド、森、東門、行く先々で問題ばかり起きて今日もパーティだ何だと忙しかった。


 色々あった一日目だったが、どうやら二日目は無事に過ごせそうだ。


 ベンチに背を預けながら煙草の煙をただ見つめて空を眺める。


 あー、のどかな時間だ。こんな時間がずっと続けばいいのに。

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