花火
平 遊
ケンカ
きっかけは、ほんの些細な事だったと思う。
カギを決まった場所に戻していなかった、とか。そんなこと。
正直、今ではもう思い出せもしないけど。
だけど。
今日、私は、たった1人で花火を見に来た。
1人分にしては多めなくらいのおつまみと、保冷バッグに缶ビール1本、ペットボトルのお茶1本。
缶ビールは、2本にしようかだいぶ迷って、結局1本にした。
それから、虫よけに虫さされの薬に、レジャーシートに、ウェットティッシュ。
毎年準備していたから、手慣れたもの。
ただ、いつもと違うことが2つ。
準備する飲み物、おつまみの量と、それから。
かなりの時間をかけて手間取りながらも、何年か振りに浴衣を身に着けた。
『たまには、浴衣姿を見てみたいな。』
そう言っていた彼の言葉を思い出して。
いつもの通り、花火が始まる少し前の時間に、いつもの場所にレジャーシートを敷いて、準備してきたビールとおつまみを並べる。
地元でもいわゆる「穴場」と呼ばれる場所のためか、広大な河川敷のためか、それほどの混み具合でもなく、私はのんびりとレジャーシートの上でくつろぎながらビールの缶をあけた。
『乾杯』をする相手が、いない。
唐突に、寂しさがこみあげてきて、急いでビールを喉に流し込む。
保冷バッグに入れた保冷剤のおかげで、ビールはキンキンに冷えていて。
胸の締め付け感はきっとその冷たさのせいだ。
それでなければ、着慣れない浴衣の帯のせい。
そう思いながら、もうひと口ビールを飲みこんだ。
『別れたいならちゃんとそう言ってよ!』
私が最後に残したメッセージだ。
既読になったまま、彼からの返信は、ない。
淡い期待を抱きながらスマホの画面を開き、ため息をつきながら画面を閉じる。
受信通知が無いのだから、メッセージが入っている訳なんて無いのに、それでも繰り返してしまう。
それほど大きなケンカをしたことは無かったけれど、ちょっとした言い合いになると、彼は決まって黙り込んだ。
そして、その後しばらくすると、何事もなかったように、話しかけてくる。
いつもそうだった。
だから、今回もそうだと思っていた。
思っていたのに。
言い合いをしたあの日以降、何度メッセージを送っても、既読のまま何の返信もなくて、つい、送ってしまったメッセージ。
返事がない、ってことが、返事なのかもしれない。
そんな事も思ったけれど。
私にはどうしても、彼を失う覚悟ができずにいた。
「まだかな~・・・・」
時間を確かめようと左手首を見て、慣れない浴衣の着付けに気を取られたせいか、腕時計をしてくるのを忘れていたことに気付く。
スマホでも時間は確かめられる事は分かっているけれども、今スマホは見たくない。受信通知の無いスマホは。
正直なところ、今回の花火も来ようかどうか、直前まで迷っていた。
いつも、彼と2人で来ていたから。
それでも、1人でも来ることを決めたのは、昨年の彼との約束があったから。
『来年も、一緒に見に来ようね。』
もし彼が来なかったら・・・・その時はきっぱり諦めよう。
そう、心に決めていた。
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