こんな世界の彼ら

Nana

第1話 昼食の誘い

幸せになんてなれない。なってはいけない。そう、思っていたーーーーー。



◇◆◇




「ねぇ、一緒にご飯食べない?」



4時限目の授業を終え、2年C組の教室内は賑わいを見せていた。


午前の予定が一段落してやってくる昼休憩。学校生活において、生徒たちにとっては待ちに待った楽しみの時間である。購買へ昼食を買いに行く者、持ってきたお弁当を教室内で広げる者、中には空き教室へ行ったり、他のクラスへ足を運ぶ者もいる。ほとんどの生徒が何人かのグループ、いわゆるイツメンで集まり、校舎内の好きな場所で好きなように昼食を摂る。


そんな中、本日、この2年C組にやって来た転校生、横峯真知よこみねまちに声をかける者がいた。


「私、春井亜萌はるいあもっていうの。ヨロシクね!」


「あ、よろしく、お願いします......」



明るい声で可愛らしい笑顔の女生徒、春井亜萌は、軽く自己紹介をし、真知に握手を求めた。無視をするわけにもいかないので、動揺しつつも真知はそれに応える。すると亜萌は、また嬉しそうに可愛らしい笑顔を浮かべた。そんな笑顔を向けられれば、真知自身動揺はしたものの、不快な気分にはならない。しかしこの時、申し訳ないが自分は相手を不快な気分にさせてしまうだろうと真知は思っていた。せっかくの誘いを断ろうと思っていたからだ。



「えっと....、申し訳ないんですけど」

「あれ?もしかして先越されちゃった?」



それでもなるべく相手の気分を害さないように断ろうと口を開いた真知だったが、その言葉は亜萌の後ろからやってきたもう一人の女生徒によって遮られてしまった。


「あ~、あたしも誘おうと思ったんだけどな~」

「やっぱり?ソーリーソーリー」


どうやらこの女生徒も真知を昼食に誘おうとしていたらしく、亜萌に先を越されたことを残念がっている様子だった。お先にごめんネ☆とでも言いたげに亜萌は両手を合わせる。女生徒は諦めたらしく、「また今度一緒に食べようね」とだけ言い残して去って行った。



転校生が転校初日に複数の生徒から昼食の誘いを受ける。当然と言えば当然の、普通の光景である。元からいた生徒達は、転校生という少し珍しい存在に興味を示すのと同時に、まだ馴染めずにいるであろう転校生を孤立させてはいけない、こちらから歓迎しなくてはというある種の使命感を覚え、手を差しのべる。そしてその手をありがたく掴むのが、転校生側としては自然な反応であると言えよう。


しかし、横峯真知は違った。今この状況で、先客がいるわけでもないのに誘いを断るのは不自然であることも、せっかく善意をもって接してくれた相手に失礼であることも重々承知の上で、真知はそれを断ろうとしていた。というよりも、もしもクラスメイトから昼食に誘われるようなことがあれば、断ろうと最初から決めていた。


元々内気な性格の自分がグループの輪に入ったところで、楽しめるとは思えない。むしろ輪を乱してしまう。そう思っているし、何より真知は、過去に経験したことをきっかけに、今まで他人との関わりを極力避けてきていた。そしてそれは、これからもそのつもりだ。もちろん友人なんてものはろくにいないし、頑張ってつくるつもりもない。卒業まで一人で過ごす予定だ。


実は小学生の頃にも一度転校を経験している真知だが、その時も昼食や遊びに何度か誘われた。だが今と同様、頑なに断っていたため、何かに誘われるということはすぐになくなった。だから今回も最初から断り、すぐに諦めてくれることを期待したが、その期待は大きく裏切られることとなる。



「それでさ、私いつも空き教室で食べてて、いつも一緒に食べてる人達はもう行ってると思うんだけど」

「あの...、申し訳ないんですけど、遠慮しときます」

「え?」




キョトン。真知が誘いを断ると、まさにそんな音が似合うような表情で、亜萌は固まってしまった。やはり気分を害してしまっただろうかと少し不安になり、真知は思わず下を向く


だがしかしその直後、真知の耳に届いたのは予想していなかった意外な言葉。







「あぁそっか!ご飯持ってきてないんだ!」


「…え?」




 何故か一人で納得してしまった亜萌は途端に明るい表情に戻り、かと思えば「着いてきて!」と言って真知の腕を掴み引っ張って行く。意外にも力が強く、真知はされるがままに着いて行くしかなかった。



 そして辿り着いたのは、購買。





「ん〜流石にメロンパンと焼きそばパンはもうないか〜。人気なんだよね〜。あ、クリームパンならあるよ!」




 この子の行動は親切心から来るものだ。それは分かる。そして実際真知はこの日昼食を持って来ていなかった。つまり購買か食堂で済ませるしかなかったのだ。しかし転校初日が故に、場所がわからなかった。昼休みは常に誰かが購買もしくは食堂へ向かっているため、人の流れに何となく着いて行けば辿り着けていた可能性は高かったが、こうしてきちんと案内してくれたのは普通に助かった。が、感謝よりも先に、真知には思うことがあった。








(天然…、なのかな?)


「ほら、早く買っちゃいなよ!結構すぐに売り切れちゃうからさ。因みに私は今日はお弁当!」





 無邪気に笑う彼女を見ると、途端に考えるのを放棄したくなり、真知はおもむろにクリームパンに手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こんな世界の彼ら Nana @NanoiNona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ