第二十二話 月光蝶


 魔女リティが、二体の魔物を引きつけに向かった時まで遡る。


「ラーヴァ・ゴーレムか……遠距離攻撃の手段がないのが幸いだけど……」


 クロワッサンは、その魔物の名前に見覚えがあった、図書館で魔物の図鑑を読み漁っているときに見かけた名前だ。

 巨人の如き岩の体躯と、体内を血液代わりに巡る溶岩のせいで超高熱をその身に宿す怪物。


「あんなのに触られたら一発でアウトだよね――となると、そもそも近づけちゃいけないってことだから……よし!」


 結論を出したクロワッサンが、射程ギリギリまでゴーレムに接近。

 進撃する岩の巨人が、前進のために脚を振り上げ――それを下ろす瞬間を見極め、クロワッサンは足場を作るように《トール・リフレクション》を展開。巨体の重量を一身に受けた障壁がミシミシと嫌な音を立てる。

 しかし踏み砕かれる前にゴーレムは反対の足を上げ――瞬間、クロワッサンが障壁を解除する。

 脚が浮いた状態で突然支えを抜き取られ、バランスを崩したラーヴァ・ゴーレムの体が傾く。巨体故に動きも鈍重、バランスを取り直すこともできずにそのまま森へ倒れ込んだ。超高熱の体に触れた木が炎上し、月夜を赤く照らして染める。


「一度倒れちゃえば、動き出すまでに時間はかかるはず――これで羽化に間に合わないかな?」


 緩慢な動作で立ち上がろうとするゴーレムを眺めている内に、戻ってきた魔女リティが唖然とした。


「……なんでゴーレムが横に倒れてるの?」

「あ、リッちゃん。向こうは大丈夫?」

「多分、時間内に戻ってくることはないと思うけど……いやでも、流石だね。完全にいなしてるじゃん……おっ」

「あっ」


 視界にアナウンスが表示された二人が、同時に声を上げる。


【十分経過】

【遭遇クエストのクリア条件を達成しました】

【クリア報酬:月光蝶との契約、あるいは素材獲得】

【プレイヤー:クロワッサンはどちらかを選択してください】


 二人がサナギ――サナギだったモノに目を向ける。

 ふわりと翅を広げ、青い鱗粉を月明かりに煌めかせる月光蝶が、こちらの選択を待つように、その複眼にクロワッサンを映していた。


「もちろん――これからよろしく、月光蝶さん!」


 遭遇クエストクリアと、レベルアップや獲得アイテムなどのアナウンスに次いで、ふわりと飛んだ月光蝶がクロワッサンの肩に乗る。


「へえ、似合ってるね。綺麗だなぁ」

(ふぎゅぅ!?)


 さらっと投げつけられた爆弾に、クロワッサンの顔が瞬時に沸騰した。


「ところで、月光蝶ってどんな能力持ってるの?」

「えーっと……え、これすごい……」


 説明文を呼んで絶句するクロワッサン。表示されているウィンドウを、魔女リティが横から覗きこんでくる。

 曰く――「分体を生成し、本体を通じて離れた分体から魔法を放てる」とのこと。


「……たとえば、クロワッサンの《リフレクション》を、離れたところにいる分身から展開できるってこと?」

「そういうことだよね……ちゃんと試してみないとだけど、これすっごい助かる……!」


 クロワッサンがぴょんぴょん跳ねながら興奮する。

《リフレクション》にせよ《マジックハンマー》にせよ、無属性の基礎術式は総じて射程が短い。つまり、離れた場所にいる味方を防御魔法でガードしたりできないということだ。

 しかし、その問題がこの使い魔のおかげで解決した。


「あはは、使い魔獲得おめでとう、クロワッサン……ところで」

「うん」

「……まさか、あの三体って退かない感じ? クエストはクリアしたよね」


 未だ緩慢な動きで立ち上がろうとする巨人を見て、魔女リティの顔がやや引き攣る。


「さっきアナウンスが流れたから、クエストが終わったのは間違いないと思うけど……」

「……ってことはさぁ……あっちの二体も……」


 バキバキバキ、と木を砕くような音が迫りくる。


「……これどうしよっか。正直怪獣大決戦を拝んでいきたい感じはあるんだけど」

「私はちょっと逃げたいかな……」

「あ、じゃあちょっと待って。さっき獲得したよさげな素材とか預けとくね」


 WCOにおけるデスペナルティは、集落を出てから獲得したアイテムのランダムロストと一定時間のステータス減少だ。

 逆に言えば、集落を出てから得た素材の類をクロワッサンに預けておけば、もし魔物たちの戦いに巻き込まれて死んでも、魔女リティが失うものはないということだ。

 最後に支援呪文 《エクレール》をクロワッサンに使えば、準備完了。


「じゃ、また後で」

「うん、リッちゃんも気をつけてね!」


 蒼雷の後押しを受け、凄まじい速度でクロワッサンはその場を離脱した。




 幼馴染の背中を見送り、さて、と魔女リティは振り返る。

 獲物を失ったゴーレムがその場に立ち尽くす。傷が目立つ人狼は魔女リティを睨みつける。大蜘蛛は複眼なのでどこを見ているのかよく分からない。

 ともあれ、これで役者は揃った――上級の魔物三体と、取るに足らない魔女一人。


「……あわよくば、漁夫の利といきたいとこだけど……まぁそううまくはいかないかな?」


 杖を構え、全体を注視しつつ――魔女リティは雷を放ち、魔物たちの戦いの火蓋を切って落とした。




「いやー、惜しかったなー」


 登録場所であるラピッドのアトリエに強制送還された魔女リティは、確かな充足感と共に無人のアトリエを出た。

 デスペナルティのせいで普段よりやや飛行速度が遅いが、そもそも飛行速度が低い雷の魔女である。さしたる違いを感じることなく、第三ツリーの《昼行灯》へ向かうと、奥からアンドンが顔を出した。


「こんにちはー。注文の品を取りに来ました―」

「アラ、いらっしゃい――ンン? デスペナルティ中じゃない、何と戦ってきたのかしら」

「巨大ゴーレムと大蜘蛛と人狼の怪獣大決戦に飛び入り参戦してきました」

「やってることがシャンデリアちゃんよりも滅茶苦茶なのよねぇアナタ……」

「あと一体だったんですけどね」

「二体も倒したの? そのレベルで?」


 それぞれの魔物のサポートをするように立ち回りつつ、ダメージの大きかった人狼、戦いの中で核が露出したゴーレムまでは何とか倒したが、大蜘蛛のトリッキーな動きと純粋なフィジカル、さらに動きを制限する糸の三連コンボには敵わず、最終的に糸に絡め取られてジャイアントスイングの末に地面に叩きつけられて強制送還である。怪獣大決戦の勝者は大蜘蛛で終幕となった。


「まぁいいワ。はいこれ。隠者のローブと透禍の帽子」

「ありがとうございます!」


 片や薄い緑色のローブで、片や灰色のとんがり帽子。スケイル・カメレオン乱獲後、素材を売りに来た魔女リティが個人的に頼んでいた装備品である。


 ――――――――

 ○隠者のローブ

 装備種:ローブ  防御力:+30

 スケイル・カメレオンの鱗を織り込んだローブ。

 五秒以上その場から動かないことで、周囲の景色に合わせて変色する


 ○透禍の帽子

 装備種:帽子  防御力:+20

 スケイル・カメレオンの鱗を織り込んだ帽子。

 探知系の魔法や道具に見つかりにくくなる

 ―――――――


 両者ともにスケイル・カメレオンの素材がふんだんに使われており、その能力はどちらも姿を隠すことに特化している。

 その分防具としての防御力は極めて低いが、狙撃手たる魔女リティにすれば望むところである。

 早速装備した魔女リティを見て、アンドンが頷く。


「ンン、似合ってるじゃない」

「これで準備は万端です!」

「そう、それはよかった――けど、上位入賞報酬目指すんでしょう? 並大抵じゃないわヨ、その目標」


 上位入賞報酬が得られるのは、生き残り十チーム。対して参加見込みは三百チームほどだと予想されている。熾烈な争いとなるのは想像に難くない。


「特に――レイドボス戦、あるでしょ? アレの総合ダメージランキングで三位のプレイヤーもミドルランクだから。その子、結構話題になってるのよねぇ」

「……! レベル二百以上を差し置いて……!?」


 レイドボス戦。一度の戦闘で与えるダメージ量でランキング化されているが、ランキングの見方は二つある。ビギナーランク、ミドルランク、マスターランクのそれぞれで見る見方と、全てのプレイヤー合同のランキング。

 その中で、レベル300やそれに近いプレイヤーを押さえてダメージランキングトップクラスに立つプレイヤー。


「噂じゃ相当な『ユニユニ』好きらしいわよ。イベントエリア探索でも集められるものを集め尽くしたとか……確実に上位を狙いに来るでしょうから、序盤で目をつけられないよう注意しなさいな」

「仲間のサポートに不足なしですね。楽しくなりそうです」

「アナタも大概大物よねェ……」

「アンドンさんごきげんYO!! シャンデリアでっす!」


 店内に響き渡る大声に、二人は思わず耳を押さえる。


「すごい鉱石採れたんだけど、これナイフにできますかーっ!? あっ、リティもいる!」

「シャンデリア。お疲れ様。うまく行った?」

「最高だよ! リティの魔法陣さまさまだね!」

「すごい鉱石って言うけど、一体何を――え゛、ちょっと待ってそれどうやって採ったの?」

「腕力!」

「力技!?」


 常連の来訪により騒がしくなった店内で、店主が思わず絶句した。


 その後、数日を挟んで――とうとう、バトルロイヤル当日を迎える。


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