第二十一話 サナギに惹かれて集まるものたち


「《ライトニング》!」


 閃く雷が薄暗さを裂き、月光蝶のサナギを狙うカマキリ型の魔物を撃ち落とす。脇を抜けて迫ったのはスパイクビーが二体。内一体は同様に雷で撃ち落とされたが、もう一体を撃ち落とすのは間に合わない。

 まんまと抜けたスパイクビーが、その針をサナギに突き立てんとして――


「《リフレクション》」


 瞬間、半透明の障壁に遮られる。パキン、と針が折れるのと同時に、雷が蜂を焼いた。

 サナギを挟んで逆の方向に向かい合っている二人が、目を合わさずに言葉を交わす。


「うーん、雷属性と物量戦は流石に相性悪いね。抜けさせちゃってゴメン」

「大丈夫! 二、三体なら何とかするよ!」

「頼もしい、ね――え、熊って蝶食べるの?」

「狙ってるってことは食べるんじゃないかなぁ……」

「もーっ! 鮭でも探しに行ってよ!」

「リッちゃん、反対からも来た!」

「どうする?」

「この状況なら……私が熊を止める!」

「オーライ、じゃあスイッチで!」


 箒を動かし、互いにぐるりと時計回りに回って担当方向をチェンジ。複数の魔物を魔女リティが、明らかに攻撃力の高そうな熊型の魔物をクロワッサンが受け持つ形になる。


「響け 響け ヒイラギの声 悪意を厭う鏡の歌――《トール・リフレクション》!」


 体長が五メートルほどはありそうな熊型の魔物が、突然現れた強固な障壁に、走ってきた勢いそのままに激突。その衝撃を跳ね返されて尻餅をついたが、すぐに復帰。邪魔な障壁にその剛腕を振り下ろすが、魔法防御に特化した杖を持ち、ステータスも高いクロワッサンが張った障壁はヒビ一つ入らない。

 その間に魔女リティは《ライトニング》を連打し、複数の魔物を始末。詠唱を交えながら再び位置交換。


「空の捕食者 雷雲の翼 羽ばたき一つで地を揺らす――《トール・ライトニング》!」


 障壁が消えると同時に放たれた強烈な雷撃は、吸いこまれるように熊の顔面――それも眉間に直撃。当然のように急所であり、その場に崩れるように倒れた熊型魔物が消滅。


「よし――っと、気を抜いてる場合じゃないかな?」

「次から次へとどんどんくるね」

「まぁ、そんなに優しいクエストだとは思ってないけどね――《ライトニング》を無詠唱で打てるようにしておいてよかったよ」


 称号【一人前の魔女】により、基礎術式を百回使用することで詠唱破棄が可能になった。それを受けた魔女リティは、昨晩レベリングも兼ねてMPが尽きるギリギリまで《ライトニング》を撃ちまくっていたのだ。


「何体でも来るといいよ、全部撃ち落として――いや多い!」


 熊型の魔物を退けた後にやってきたのは、先ほども撃ち落としたスパイクビー。しかしその数、二十体近い。あれらに近づかれてはどうにもならない、魔女リティは文句を言う間も惜しんで詠唱する。


「――《トール・ライトニング》!」


 範囲こそ狭いが、貫通力はある。それは勢いよく放たれた矢のように、数体のスパイクビーを貫いて光の粒へと変えた。

 その後は詠唱破棄の《ライトニング》に切り替え、スパイクビーを削っていくが――流石に倒し切れずに数体がサナギに接近。


「――大丈夫!?」

「大丈夫!」


 クロワッサンからの返事を聞いて、焦ることなく魔女リティは一体一体を確実に落としていく。そうしている間にも三体の蜂がサナギに群がるが――クロワッサンの鋭い眼光は、状況を冷静に把握する。


(右、左……真ん中!)

「《リフレクション》、《リフレクション》――《リフレクション》!」


 詠唱破棄を出来るようになったのは魔女リティだけではない。

 クロワッサンもまた、《リフレクション》を何度も使うことで条件を満たしていた。詠唱破棄の障壁呪文、それを三連続で使用する。


「うわっ、何今の!? 魔法を同時展開はできないはずだよね?」

「うん、だからスパイクビーの攻撃を弾いた瞬間に解除して、逐一リフレクションを張り直したの」

「流石だね!」

「あ、ありがとう!」


 口で言うは易し。だが傍目にはほぼ同時に群がったようにしか見えないスパイクビーの攻撃に対しそれをやってのけたという事実が、クロワッサンの技巧を示していると言える。

 魔女リティに褒められたことで頬を緩めながら、クロワッサンはサナギのほうをちらりと見る。

 裂け目から這い出た月光蝶が、徐々にその翅を広げつつあった。


「あとちょっとかな……!」

「羽化の具合的に、次のを防ぎきったら何とかなりそ、う――えぇ……」


 月光蝶という極上のエサが招き寄せるのは、弱い魔物ばかりとは限らない。

 森がざわめき、近づく地響き。飛び立つ鳥の鳴き声は緊急避難警報のよう。

 三方向から現れたのは、どう見ても上級フィールドに巣食っていそうな威圧感を放つ三体の魔物。

 巨大な体躯、立ち昇る蒸気。陽炎を背負う石の巨人。

 キシキシと音を立てながら、複眼を光らせる大蜘蛛。

 木の間を飛び、音もなく寄ってきた人狼は、だらだらと唾液を流しながら月光蝶を見据えた。


「……僕ら二人でアレ捌くの?」

「なんていうか、昔こんな怪獣映画あったよね」

「見てる分には楽しいけど、当事者として巻き込まれるのは勘弁してほしかったかなー」


 さておき、ただ近づかれるのを待っていてはどうにもならない。というか、一発二発で倒せるような相手じゃないのは一目瞭然。接近されて後手に回った時点でクエスト失敗は間違いない。

 ならば先手を打つのみ。


「蜘蛛と人狼は何とかする! あっちのゴーレムみたいなのは任せていい?」

「防御力に不安はあるけど……やってみるね!」


 互いの受け持ちを手短に確認し、魔女リティは己が為すべきことを整理する。

 要するに、今この状況、三者のヘイトを月光蝶が受け持っていると考えれば、対応はすぐに思いつく。


「瞬き一つ 彼方へ運ぶ 蝋より儚い雷の翼――《エクレール》。《ライトニング》!」


 自身に飛行速度上昇のバフを掛けたのち、雷撃を放つ。

 狙うは人狼、その――股間。

 人型なら股間も急所に入るのではないかと思っての狙撃だったが――どうやら当たりのようだ。一瞬悶えてから、血走った眼を魔女リティに向け、牙も剥き出しに追ってくる。


「【挑発上手】がこんなところで活きてくるとはね……!」


 他のゲームで何度も経験したことがある防衛クエスト。護衛対象を守り切れないほどの数の敵、あるいは倒せないほど強大な敵が出てきたときの対処法は、ヘイトを奪って違う場所へ攻撃を引きつけることだ。

 そして先日のワイバーン狩りの際、執拗に急所を狙ってヘイトを稼いだ魔女リティが手に入れた称号こそ【挑発上手】。魔物からのヘイトを稼ぎやすくなる力を持つ。

 まんまと人狼からヘイトを奪うことに成功した魔女リティは反時計回りに飛行。追ってくる人狼の早さも相当なもの、バフがなければすでに八つ裂きにされているだろう。

 しかし《エクレール》の効果時間は短い。すぐにバフが切れてスピードが落ち、人狼の爪が届く距離まで迫られる。


「飛び出し注意って看板立てといた方がいいかな?」


 だが振り上げられた爪が魔女リティを捉えることはなく、サナギへ向かっていた大蜘蛛が横から人狼に激突。人狼が邪魔だこの野郎とばかりに爪を大蜘蛛に叩きつければ、複眼を真っ赤に染めた大蜘蛛が前肢を叩きつけることで応戦する。


「敵の敵は利用していかないとね……! 悪いけどここで遊んでてもらうよ!」


 二体の魔物が取っ組み合い、ひとかたまりになる。ここでピンと来た魔女リティは危険を承知で二体に接近――詠唱を開始する。


「猪突猛進、その意は誇り! ただひたすらに己が道行く、寄り道なしの真っ向勝負!」


 それは魔法陣の真価を引き出すための詠唱文。

 ノックバックに純粋特化し、無詠唱でもブラキオン・ワイバーンを仰け反らせたこの一撃――今の魔女リティが詠唱して使用すると、一体どうなるのか。他ならぬ魔女リティが一番楽しみにしていた。


「《突撃牡丹》!」


 魔法陣、展開。猪型の衝撃波が二体の魔物に触れ――ドパァン!! と爆音。

 大蜘蛛と人狼が、木々をなぎ倒しながら砲弾のように遥か彼方へブッ飛んでいった。


「お、思った以上に飛んでったけど……とりあえず、よし! これで制限時間内に戻ってくるのは無理でしょ!」


 その飛距離に自分でもびっくりしたが、結果オーライと頷いた瞬間。

 派手な地響き。木の倒れる音。高温の岩肌に焼かれる木の臭い。

 泡を食ってサナギの近くまで戻ってきた魔女リティは、その光景を見て唖然とする。


「……なんでアレが横に倒れてるの?」


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