第十三話 一網打尽
――まず、レギオン・バットを木から引き剥がしたいので。
ラピッドには悪いんだけど、イチゴちゃん連れてあの群れを引っ張ってほしいんだ。
それで、巻き添えの心配がなくなったところをハルルの魔法で吹き飛ばすって言うのが僕の作戦。
「かんったんに言ってくれるわ……!」
大量の蝙蝠をトレインするラピッドが思わずぼやく。背後から迫るのは視界を埋め尽くすほどのレギオン・バット。群がられたらお墨付きでミイラになれる。血を吸うのかは知らないが。
幸い、蝙蝠たちの速度はそう速くない。ラピッドが全力で飛行して追いつかれない程度――しかしそれは、一つミスって減速した場合、一瞬で取り囲まれかねないということ。
「このままどっかでターンして、巣の方向に引っ張っていくんだったわね……げっ!?」
前方から現れたのは、新手の魔物であるシルバーウルフ。下級フィールドに出現するグレイウルフの上位種であり、より攻撃力に秀でた個体である。
よだれをまき散らして迫るその眼が見据えるのは。
「イチゴちゃん狙い……! あんた肉食でしょうが、鹿でも食べてなさい! 《ブレイズ》!」
どうやら先刻イチゴちゃんがまき散らした匂いに釣られたようだ――それもそのはず、ここは開けたフィールドなのだ。いるのがレギオン・バットだけとは限らない。
ラピッドにとって想定外ではあったが、無詠唱ならではの対応の速さで、真っ赤な
「ったく……! あんなのがうじゃうじゃ待ち構えてるんだったら、森の中を悠長にターンしてらんないわね」
本来はどこかでUターンする予定だったが、変更。ラピッドの視線が上に向く。
「こういうアクロバットはあたしじゃなくてシャンディの領分なんだけど……んぎっ!」
箒の先端を持ち上げる。持ち上げる。持ち上げて――ラピッドの視界が上下反転する。極力減速せずに進行方向を真逆に変えることに成功した。
「よ、しっ。あとは引っ張って――いっ!?」
ラピッドが姿勢を戻す間隙を突いて、横からイチゴちゃんを狙うのは鳥型魔物バレットペッカー。弾丸の如き勢いでカッ飛び、鋭い嘴で獲物を貫く超高速キツツキだ。なお木に刺さって埋まってしまい、抜け出せずに死ぬことも多い間抜け種族であることを追記しておく。
とはいえ、その速度は気づいてから対応できるものではない。ラピッドが目を剥く。イチゴちゃんに迫る嘴。それを横から叩き落としたのは宙を奔った稲妻だ。
「――リティね! 助かったけど……アレ撃ち落とせるの?」
苦笑交じりに思わず呟く。どんな腕をしていればそんな真似ができるのか。
ともあれ、これだけの狙撃の腕があるなら外すことはないだろうと、少し安心したのも事実だった。
◆◆◆
ラピッドがイチゴちゃんと共にレギオン・バットを木から引き剥がし、一度離れた上でUターン、戻ってきたところをハルルの魔法で殲滅する。
これが魔女リティが二人に提示した策であるが……
「作戦は分かったけど、それだとあたしがハルルの魔法の巻き添えにならない?」
魔女リティの策を聞いたラピッドの疑問は、至極真っ当なものであると言えた。戻ってきた蝙蝠たちを迎え撃つ以上、その先頭にいるラピッドも巻きこむことになる。
「うん。だから、ラピッドにはハルルの魔法の範囲外に出てもらわないといけないね。ハルルの背後まで行けば大丈夫かな?」
「後ろなら流石に大丈夫やねぇ」
「レギオン・バットを振りきれない場合はどうすんの?」
「そこは申し訳ないんだけど一緒に巻き添えになっていただいてですね」
「あたし帰ってもいい?」
「わあっ、ごめん冗談! 冗談です! 大丈夫! そういう時のために、ちゃんと対処できる魔法持ってるから!」
「……本当でしょうね?」
「だってほら! 僕雷属性だから!」
「……ああ、そういえば。でもそれ、外したらアウトじゃない?」
「大丈夫」
思い当たることがあったラピッドの危惧に、しかし魔女リティは絶対の自信と共に笑みを返した。
「外さないから」
◆◆◆
ウィッチクラフト・オンラインにおける魔法は、三種のカテゴリーが設定されている。
即ち、攻撃魔法、防御魔法、支援魔法の三つだ。
プレイヤーが初期から扱える基礎術式は、この三種を一つずつ使うことが出来る。
「目標接近……距離五〇、角度プラス補正……照準良し」
魔女リティが選択した雷の基礎術式、下級攻撃魔法 《ライトニング》。攻撃範囲は極めて狭いが、射程の長さと到達速度、攻撃力に優れる。
下級防御魔法 《ブリッツロッド》。魔力でできた支柱を出現させ、避雷針に雷を引き寄せるように、相手の攻撃を支柱に引きつけることで回避する。
そして雷属性、下級支援魔法の効果は――
「瞬き一つ 彼方へ運ぶ 蝋より儚い雷の翼」
箒に腰かけ、杖を構える魔女リティ。力の抜けた腕が構える杖は1ミリたりともブレることなく、《鷹ノ目》の奥でわずかに細められた目は、レギオン・バットを先導しているラピッドをじっと見据えていた。
射程内。ライフルの引き金を絞るように、弓に番えた矢を手離すように、魔女リティは静かにその名を唱えた。
「《エクレール》」
瞬間、命中の確信と共に背筋に快感が走る。
放たれたのは、《ライトニング》に似た稲妻。しかしそれが黄色い閃光であるのに対し、今放った《エクレール》は蒼雷。
外さないと言う宣言通り、それは宙に蒼い線を描き、一直線にラピッドへ直撃した。
瞬間、ラピッドの体が蒼い電気を纏い――その飛行速度が急上昇した。少し後ろを追っていたレギオン・バットを、一気に引き離すほどに。
雷属性基礎術式、下級支援魔法 《エクレール》。
対象に飛行速度バフを付与する魔法であり、効果時間は実に五秒という短さ。
しかし、その強化倍率は――下級にして、何と二倍。
短時間高倍率強化こそが、雷属性バフの特徴と言えるだろう。
そしてハルルが詠唱開始、得意の早口言葉を高らかに読み上げた。
「かえるぴょこぴょこ3ぴょこぴょこ、合わせてぴょこぴょこ6ぴょこぴょこ! 重ねてぴょこぴょこ9ぴょこぴょこ、全部でぴょこぴょこ12ぴょこ!」
(……後半はそれでいいの?)
魔女リティの疑問もよそに詠唱完了、発動条件を満たした大きな魔法陣――幾何学模様ではなく、一見して意味は分からないが規則性を持つ文字の羅列。それが円を描き、重なり、ハルルの前に魔法陣として顕現する。
雷の後押しを受け、蝙蝠たちを振り切ったラピッドが、魔女リティとハルルの間を飛び抜け、二人に親指を立てた。
「――リティ、ナイス! ハルル、やっちゃいなさい!」
ハルルの返事は、魔法陣の名前。
極めて広範囲に押し寄せ、叩きつけられる大質量の水。
人はそれを、“津波”と呼ぶ。
「《
青い文字で形成された魔法陣がほどけ、広がっていく。文字が描く輪郭が津波を形成し――そして次の瞬間、その全てが本物の津波と化した。
横幅20m、縦10mの莫大な水の壁が倒れ込む。ラピッドとイチゴちゃんを追ってきたレギオン・バットたちが、避ける間もなく呑み込まれる。
《大津波》――驚異的な攻撃範囲を誇る水属性の魔法陣。威力そのものは決して高くはないが、数が脅威のレギオン・バットを掃討するにはうってつけだ。津波の巻き添えで何本か木がへし折れたものの、カオス・ガルーダの巣がある木は無事である。
「すっ……ごいね、今の」
「えっへへ、そやろ~? ド派手で気持ちええんよ、これ」
「でもひとまず、これでクエストの方はなんとかなったか、」
「! リティ、後ろ!」
「なっ……!?」
ラピッドの警告。
その時には既に――カオス・ガルーダが、魔女リティの背後でその翼を広げていた。
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