第十二話 難題、故に燃えるもの


 遭遇エンカウントクエスト。

 魔女集落で受けることができる通常のクエストと違い、突発的に発生するクエストを指す。

 リアルタイムで状況が変化するフィールドの中で起こりやすいとは魔女リティも聞いていたが――まさか魔法越しに認識しただけでクエスト参加の条件を満たすとは思ってもいなかった。シンプルに修正案件では? と思わなくもない。あるいはこういう仕様なのか。

 まだクエストを受けず、二人に引っ張ってもらいながら現場へ急行しているのは、受けた直後から状況が変化する可能性を考慮してのことだ。少なく見積もっても200m以上離れているのだ、受けてから向かっている間に失敗条件を満たしては目も当てられない。時間が許す限り接近してから受注選択するというのが魔女リティの目論見だ。


「ついては、何とかこれをクリアしたいんだけど……二人とも、まだレベルには余裕あるよね? 手伝ってほしいんだ」


 魔物の討伐、アイテム収集――これらのクエストは、クリアすることで経験値を獲得することができる。遭遇クエストにしても同様だ。

 そしてラピッドのレベルが85、ハルルが87。これを共にクリアしてもまだ余裕はあるはずだと判断して巻きこんだ。流石に中級フィールドで発生した遭遇クエストを、レベル27の自分一人でクリアできるとは魔女リティも思っていない。

 ラピッドは苦笑し、ハルルは笑顔で頷いた。


「さっき助けられた借りがあるからね、尻拭いぐらいしてあげるわ」

「一緒にがんばろって言うとるんよ、これ」

「変な感じに訳すのやめてくれる!? 」

「ありがと、二人とも」


 残り五秒に差し掛かったところで、魔女リティはクエストを受け――それと同時に、開けた場所へと三人は躍り出た。


【クエスト受領】

【クリア条件:10分以内にレギオン・バット総数の八割討伐】

【失敗条件:討伐失敗、巣の崩壊、カオス・ガルーダの討伐のいずれかを満たす】

【クエストを開始します】

【10:00……9:59……9:58……9:57……】


「「「…………」」」


 三者三様に、黙り込む。


「……えっと、じゃあ尻拭いお願いします」

「……いや無理でしょこれ」

「なんやっけなぁ、うちこういうの見たことあるで? イワシとかの回遊魚の群れがちょうどこんな感じやない?」


 レギオン・バット。

 一匹一匹は小さく弱いが、その脅威は常に大群で行動するという点にある。

 その数、最低でも五百を下ることはなく――三人の目の前で巣に群がっているレギオン・バットの数は、なんと千にも届く。

 巣ごと木を取り巻くそれは、まるで蠢くドームだ。


「……あくまで狙いは巣なんだね。クエストが始まったからって言って、僕らに矛先は向かないみたい」

「でも数減らせばいいんなら、ハルルの出番でしょ。範囲攻撃の魔法陣いっぱい持ってるし」

「じゃあ早速――」

「あ、ちょっと待って。範囲攻撃は助かるけど、下手に撃ったら巣とか親鳥にも害が出るかも」


 失敗条件に抵触しかねないうかつな攻撃は出来ない。


「……とりあえず、あたしは数減らしに行くわ」

「僕も魔法撃ちながら考えようかな……ハルルは、下の方を攻撃してくれる? 流石に木の根元に巣があるとは考えにくいし」

「了解~」

「……でも木が倒れたら巣も潰れるかな?」

「うち、もしかして何もせんほうがええの?」


 そういうことになった。




 二分ほど攻撃したのち、戻ってきたラピッドが絶叫した。


「いや無理でしょこれぇ!!」

「うーん、確かにちまちまやってても埒が明かないね……」


 単発でかつ攻撃範囲の狭い攻撃手段しか持たない魔女リティとラピッドにとって、「数をこなす」条件は相性が悪すぎる。

 ふむぅ、と魔女リティが悩む。残り時間七分ちょっと。


「巣と親鳥さえなければ、一番おっきいの使えるんやけどねぇ。巻き込まれへんのやったら使えんなぁ」

「ねえ、流石に諦めたら? 失敗しても死ぬわけじゃないんだしさ」

「確かにね――だけど」


 魔女リティは笑みを浮かべて否と返す。


「無茶無謀に挑むのは、ゲーマーとしての本能だよ! 出来そうにないから諦めるのは、現実だけで十分かな」

「あはは、流石クロワさんの幼馴染、相当なゲーム脳やね~」

「いや現実こそ諦めちゃダメな気がするんだけど……」

「ふふ、ともあれ……一つ、作戦を思いついたんだ。制限時間的に一発勝負になりそうだけど、乗ってくれる?」


 ラピッドが目を丸くし、ハルルが興味を示した。


「面白そうやし、うちはもちろんノリノリや~。ラピッドちゃんは?」

「……さっきも言ったでしょ。尻拭いぐらいしてあげる、って。で、あたしたちに何させようってのよ?」




 レギオン・バットの群れに攻撃を仕掛けて、魔女リティはいくつか気付いたことがあった。

 少なくともレギオン・バットのヘイトは、親鳥と巣に固定されているわけではない。魔女リティやラピッドが攻撃を仕掛けると、ほんの数匹とはいえ二人に反撃してきたのだ。

 つまりヘイトを引きつけるようなアクションには、ちゃんと反応する。

 そうであるなら、こちらのものだ――なぜなら魔女リティたちには、魔物を引きつける魅惑の果実がついている。


「……じゃあ、イチゴちゃん。よろしく。振り落とされないようにしっかりしがみついててよ」


 ハルルの使い魔であるベリースライムのイチゴちゃんを箒に乗せて、ラピッドがその表面を撫でる。声を発さないベリースライムではあったが返事代わりか、ぷるりと体を一つ震わせ、ぷくぅ、と体を膨らます。

 ぱぁんと大きく弾ければ、辺りに甘い匂いが立ち込めて――それはレギオン・バットの群れを包み込む。

 キィキィ鳴いていた蝙蝠たちが一斉にその動きを止め――千対近い赤い目が、一斉にラピッドに狙いを定めた。


「鬼さんこちら、手のなる方へ――ってね! 鬼ごっこの始まりよ!」


 ラピッドが全速力で逃げ始めれば、レギオン・バットの群れもまた一斉にラピッドを追う。その様子はさながら、意志を持つ津波のようであった。


「うひゃー……なんていうか、イチゴちゃんの魔物誘引能力すごいね」


 一匹残らず離れたレギオン・バット。取り囲まれていた木には卵の置かれた巣と、白黒灰の三色で構成された巨大な親鳥――カオス・ガルーダの姿。猛禽類特有の鋭い眼差しは、こちらを警戒しているかのようだった。


「ガルーダが残ってるのは、クエスト関連だからか、それともイチゴちゃんの誘引能力に制限があるのか……ともかく、今は助かったね。巻き添えを考えなくてすむし、ガルーダもこっちに積極的に攻撃はしてこないみたい」

「せやなぁ。うちは準備に入ればいいん?」

「ラピッドが戻ってきたらね。特大のをお願い」

「任しとき~」

「僕も早めに準備しておかないとね」


 レギオン・バットを木から引き剥がして終わりではない。クリア条件は総数の八割を削ること。

 そのためにハルルと魔女リティは、各々に杖を構えてタイミングを待つ。



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