クレーマー
すごい声でしたね。
車から降りて、ちょっと店に近づいただけで聞こえてきましたもん。
俺、結構道路側に車停めてたんですよ?
聞く方もヤバいけど、言う方も言う方で喉から血ぃ出てそうですよね。
で、アレですよ。
「ふざけんなテメェ!!」とか「お前、こんな仕事もまともに出来ねぇのかよ!?」とか「お客様を何だと思ってんだこの野郎!?」とか、もう雷みたいな怒号ですよ。
行きたくないですよ、別に今すぐ欲しいものがあるってわけでもないから、停めたばっかの車動かしてやろうかと思いましたよ。
……はい、行きましたよ。
だって、どう考えてもマトモな奴じゃないじゃないですか。
警察呼んだって間に合うかわかんないし、俺行きましたよ。
まぁ、俺も学生の頃コンビニバイトで理不尽な客に絡まれたことあったんで、まぁ……助けてやれるなら助けてやりたいみたいな気持ちはありましたね。
……はい、そうですね。まぁ可愛い女の子だったらなぁ、みたいな期待はありました。いいじゃないですか、別に。
ま、実際そうはならなかったんですね。
店に近づくにつれて、あのクレーマーほどじゃないけど、やっぱり大きな、それでいて情けない男の声が聞こえるんですよね。
「申し訳ございません!申し訳ございません!」って何度も、何度も。
クレーマーの怒号と入れ代わり立ち代わりですよ。
「殺すぞテメェ!」「申し訳ございません!」「それでも謝ってんのかゴミクズ野郎!」「申し訳ございません!」って感じでね。
……いや、行きましたよ店。
そりゃ、可愛い女の子じゃなくても、俺ちゃんと助ける男なんで。
で、まぁ店近づくにつれて、声どんどん大きくなって、俺マジ鼓膜破れるんじゃないかと思ったんですけど、我慢して店入って……そしたら、奇妙なほどに明るい声でレジの店員に「いらっしゃいませ!」って言われたんですよね。
いや、無理じゃないですか?クレーマーに絡まれてるのに新しい客に「いらっしゃいませ」って……俺、言えないっすよ。
で、その後……店内放送しか聞こえないんですよね。
もうクレーマーの怒鳴り声も店員の謝る声もなんも聞こえない。
もしかして新しい客が入ってきたから誤魔化してんのか?って思って、おいおい逃げじゃねーか、って。卑怯者じゃね―か!って思って、俺、ガツンと言ってやろうと思ったんですよね。
で、店ン中歩きまわって……トイレの中まで覗き込んだんですけど、いないんですよ。
いやクレーマーどころじゃなくて、客がいなかったんですよ。
店内、俺とレジの店員の二人だけ。
……レジの店員にクレーマーについて聞こうと思ったんですけど、無理でしたね。
俺、気づいたんですよ。
「ふざけんなテメェ!!」も「申し訳ございません!」も「いらっしゃいませ!」も、全部同じ声だったんですよ。
レジの店員……本当に楽しそうな笑顔でした。
はい、何も買わずに帰りました。
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