第24話 恋の推奨株
金曜日の夕刻、僕は
僕が先に身体を洗い終えて湯舟に
湯舟が特大サイズなので、大の男がふたり入ってもまったく余裕なのである。
国貞氏が僕に話しかけてくる。
「ところで
いや付き合うもなにも、口をきくようになったばかりなのですが、僕たち。
それでも、付き合ってませんと強く否定するのも父上の上機嫌を
「まだ3日目なんですよ、淑子さんとちゃんとお話をするようになって」
「そうか、まだ駆け出しのカップルなんだな。
いや、僕もさっきから薄々感じてはいたんだよ。
手は繋いでいるが、なんとなくふたりの雰囲気がぎこちないことにね。
本当にラブラブなカップルなら、もう少し彼氏のほうがリードしているものだろうと感じてた。
ってことは、ふたりはまだチューすらしていないんだ」
その言葉が終わり切らないうちに、僕は全力で返答していた。
「当たり前です!」
「了解了解。
まぁそれは時間が経てば自然とその流れになると思うから、あまり心配していないけど」
自然とキスしちゃうんですか、僕たち?
「こういう話をするのは少し気恥ずかしいんだがね、ちょっと僕とカミさんのことを話させてもらうと、カミさんは今でこそあんな感じだが、昔はとてもお
「今もとてもお綺麗でいらっしゃいますから、なんとなく想像が付きます」
「ありがとう。でも、ちょっと雰囲気が違うんだな。
どこか今のトシコに近い感じだったんだよ。メガネこそかけていなかったけど、三つ編みで制服のスカートも校則通りの長さで、品行方正を絵に書いたような子だった。
もちろん男子と付き合ったことなどない。
そんな彼女にすっかり惚れこんで、僕が品行方正じゃない道に引きずりこんじまったんだがね」
そう言って、国貞氏は苦笑いをした。
「やはり、
最近、トシコも若い頃のカミさんによく似てきたように思う。
ときどき、父親の僕から見てもドキッとするような女っぽい仕草をするようになってきた。少し前までは色気のかけらも感じさせない、ただの堅物女子だったのに。
『こりゃ、好きなオトコでも出来たのかな?』と思っていたら、案の定という訳さ。
トシコはあんなアナクロな見た目だから、パッと見にはオトコの気を引く要素はないが、メガネを外して髪を解けばだいぶんイメージが変わるんだよ。
僕は父親だから、そのことを唯一知っている。
イメチェンすればトシコは、必ずや世のオトコの注目を集めてモテるはずだ。
でも、本人はかたくなにそういう道を拒否しているようなところがある。
まるで、将来結婚するただひとりの男性にしか、その姿を見せたくないかのようなんだ。
相賀くん、きみがもしその意中のひとだとするのならば、近い将来きみはトシコの素顔を見られるはずだよ」
そう言って、国貞氏はニコッと笑った。
「は、はぁ」
僕はそれしか返す言葉がなかった。
「要するに僕は、今のトシコは『買い』だよっていいたいのさ。
あの地味な容姿のおかげで世の男性の余計な注目を浴びずに済んでいる、知られざる優良株、それがうちのトシコなんだ。
それはそれは、見事なセールストークだった。
僕は思わず「買います!」と言いそうになったぐらいだ。
気弱キャラに見えて、そこはやはりあの奥さんを口説き落としただけのことはある。
実に巧みに相手のツボを突いてくる。
国貞氏本来の「人たらし」の実力を垣間見たような気がした。
「ま、うちの娘をよろしく頼むよ。
口ではけっこう生意気なことを言うかもしれないけど、しょせんオトコをまだ知らないんだから、せいぜい優しくやってくれよ、なっ」
国貞氏はそう言って、僕の肩をポンと叩いた。
そして湯舟から立ち上がり、そそくさと浴室を出ていったのだった。
もしかして、けっこうプレッシャーかけられてます、僕?
今後うかつな行動は取れないなと、考えこんでしまった僕だった。
⌘ ⌘ ⌘
しばらくして僕も風呂から上がった。
タオルで身体を拭きながら、時計を見ると5時近く。
いつもだったら、家に帰っている時間だ。このまま何も連絡なしで国貞家に長居というのはマズい。
あわてて僕はスマホで家に電話をかけた。
出るな、出るなよと思っていたら、またしても、わが妹
運が悪過ぎるだろ、僕!
「あ、お兄ちゃん? もしかして、きょうも外泊?」
先回りして言いやがった。それに外
「いや泊まりじゃないが、またきょうもよそのお
あ母さんには、そこんとこシクヨロ」
「いいなあ、2日連続でお呼ばれなんて。
あーあ、わたしも美味しい夕食、外で食べたいなぁ〜」
ここぞとばかり、ひとの弱みにつけ込んでくる。
その性格、誰に似た?
「わかったよ。今度どこかへ連れてってやるから、勘弁してくれ」
「わーい、やったぁ。
でも、ファミレスレベルじゃやだよ」
「おごられる立場で注文つけんな」
「テヘッ」
まったくあざとい妹である。小4にしてこれでは、先が思いやられるわ。
ともあれ、連絡が済んだので僕は服を着て、茶の間に戻った。
そこでは国貞氏がすでに
僕は彼とともに、夕食の準備が出来るまでテレビの大相撲やニュースなどの番組を観て過ごした。
その間に僕は、彼に問われるがまま、自分の家族や学校の部活のことなどを話して聞かせた。
5時半ごろには、国貞の中学生の弟も学校から帰って来た。
野球部の選手だけあってよく陽に焼けていて、顔立ちもなかなかのイケメンだ。どちらかと言えば、父親の方に似ている。
「こいつがうちの息子、
一樹、お前のお
だから、気が早すぎますって。
「はじめまして。姉がいつもお世話になってます」
と一礼する弟くん。
さすが商売人の子、
「こちらこそ、一樹くん。よろしくね」
僕はそう返事して、未来の義弟候補(?)に愛想をふりまいた。
そのあと彼も茶の間に上がって、3人で夕食が始まるのを待ったのだった。
6時過ぎに夕食の準備は整った。
家族全員が食卓についてしまうと店番がお留守になってしまうので、今度は国貞氏がその役目を担うことになった。さっきはトシコにやってもらったから、と本人が言い出したのだ。
「僕はどうせ食べるより一杯やる方がメインだから。
後でゆっくり手酌でやるから」
と言って、彼はお店の方へと消えていった。
僕とは夕食を一緒にしなくとも、それまでに十分に話を出来たので大丈夫、と言いたげな感じだった。
残る4人、国貞と母、弟、そして僕とで夕食が始まった。
今晩の献立は一家団欒料理の定番、寄せ鍋である。
「相賀さんは、ご家族とはいつも一緒に夕食をとられるのかしら?」
国貞母が尋ねてきた。
「そうですね。うちは父がいつも残業で帰りが遅いので、父は欠席ってパターンがほとんどですね。
遅く帰ってきて、ひとりレンジでチンして食事。
でなければ、会社支給の残業食や接待などの宴席で食べてくるパターンが多いです。
母も勤めに出ていますが、ふだんは定時で終わるので、会社から帰ってきたら、僕と妹に食事を作ってくれます。
でも月末や繁忙期になると残業の日が増えるので、僕と妹だけの夕食もしばしば。
そんな時期は、ふたりで分担して自炊したり、出来合いのお惣菜を買ってきて済ませることになります。
お宅のように毎日家族が揃って夕食みたいな生活、ちょっと憧れます。
古き良き時代の、一家
「へぇー、そうなの?
そういう生活、憧れるんですってよ、トシコ」
そう言われた国貞は、鍋の熱気のせいか
「そうなの、相賀くん?
わたしはわりと相賀くんのお家のような、会社勤めのかたの暮らしに憧れがあるけどね。
(わたしが向こうに行くんじゃなくて、彼にこちらに来てもらうパターンもありかも)」
例によって国貞がゴニョゴニョと言っているのだが、よく聞き取れない。
「もっとも、サラリーマン家庭の生活しか知らないから、隣りの芝生ってやつで違う暮らしかたに
僕がそう付け加えて話している間にも、えらく真剣な顔をして考えこんでいるふうの国貞であった。(続く)
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