第12話 ホッシー分割条約
「待ったあ〜〜〜〜っ!!!」
大声とともに、僕と
思わず、僕は国貞の口元に差し出しかけた箸を引っ込めた。
「こらぁ!イチャついてんじゃないわよ!
どうせこんなことになってると思ってたけど、案の
朝の猫撫で声から一変、鋭い口調で僕たちを脅してくる。
彼女の手元を見ると、弁当と思われる布包みを持っていた。
そして国貞とは反対側の、僕の右横に座り込んだ。
こちらも国貞同様、超密着で。
近い近い!
おまけに左手を僕の膝に置いてくるのも、国貞と同じ。
「クニクニ、わたしたち、朝がた取り決めしたでしょ。
ホッシーの身体の右半分はわたしの領分、左半分はあなたの領分だって。
独り占め、抜けがけはルール違反よ!」
そう抗議している。
…お願いだから、僕の顔越しでやらないで。
メンタル的に結構、キッツいんで。
国貞は、屋敷に負けじと言い返した。
「ふん、ルール違反はあなたもでしょ、屋敷さん。
朝、
これで、おあいこよ!」
ふたりのやり取りをまとめるに、けさ僕が登校するまでの間にひと悶着あったらしい。
あのファンシーな貼り紙も、最初はひとりが貼っただけだったのを、もうひとりが対抗措置として追加して貼った、そんな流れらしい。
そしてふたりの話し合いの上、僕の身体の右側は屋敷が、左側は国貞が受け持つということで落ち着いたようだ。
なんか僕、昔の東西ベルリン、あるいはポーランドみたく分割されちゃったってこと?
そんな大事なこと僕抜きで決めないで、お願い!
…という僕の心の叫びなど伝わる訳もなく、屋敷はこう言った。
「じゃあ、クニクニ、あなたがやったことは、わたしもすべて同じようにやっていいってことよね?」
国貞は一瞬「ウッ」という声を出して当惑の色を隠し切れなかったが、すぐに立ち直ってこう答えた。
「ま、そういうことになるわね。
『機会均等』の大原則を決めた以上」
「サンキュ、クニクニ。
じゃあ、ホッシー、さっきクニクニがやったように、わたしの弁当もホッシーに食べてもらうわ」
そう言って、自分が持ってきた弁当の包みを広げた。
これまた、国貞の手作り弁当に負けじと豪勢な内容だった。
ご飯の代わりにスパゲティ、ミートボール、オムレツ、グリーンサラダ、キッシュといった完全洋食スタイル。
「これ、屋敷さんのお手製?」
「もちろんよ。すべてわたしが5時起きして作ったわ。
さあ、遠慮なくどうぞ」
そう言って、なんの躊躇もなく僕に「あーん」を求めてきたのだった。
横で歯噛みする国貞。
「わ、わたしはどうしていたら、いいのよ、屋敷さん」
「そうね、クニクニはホッシーのお弁当を食べていてちょうだい、
あ、もちろん半分は残しておいてね。
後でわたしもいただくから」
僕は最初にキッシュを味わってみたが、これがまた絶品!
「うん、屋敷さんのも、とても
「そう? よかった。
でも『屋敷さんのも』って言い方はイヤね。ちょっと傷つくわ」
「はっ、すみません! 訂正します。
屋敷さんの料理、とても美味しいです!」
いろいろと気を遣いまくりな僕なのだった。
その間、国貞は仕方なく自分で箸を使って、僕の弁当を少しずつ食べていた。
テンション、ダダ下がりって感じだった。
食べながら、僕は屋敷に尋ねた。
「そういえば、屋敷さん」
「屋敷さんは、他人行儀ね。
ネコって呼んで」
「いやいや、まだそんな呼び方は無理だから。
きょうも、放送委員の仕事じゃなかったの、きみ?」
「もちろんそうよ。
でも、月曜日、トモトモがホッシーと話をするために中抜けしたでしょ。
わたしが面倒を見るってことで。
あの時のお礼で、きょうはトモトモが面倒を見てくれることになったのよ。
残り時間、ずっとここにいていいって言ってくれたわ、トモトモ。ありがたいわぁ」
相変わらず、長すぎる前髪のせいで表情は見えなかったが、その時屋敷はうっとりとした顔つきをしていたのだろう、口調から察するに。
そうか、月曜日、
因果はめぐるとは、よく言ったもんだ。
隣りではローテンションな国貞が何やらブツブツ言っている。よく聞こえないが。
「(ちっ、しくったわ。ここに来ること、完全に屋敷さんに読まれてるし……。
まぁ、明日はたぶん来れないでしょうから、わたしの勝ちだけどね。あー、明日が待ち遠しい)」
その一方、残り時間を有効に活用しようということか、ゆっくりとしたテンポで僕に「あーん」をすすめてくる屋敷。
正直言うと、すでに国貞の弁当を食べ終えてしまったので、弁当ふたつめ突入は胃にしんどかったのだ。
少しずつ食べるほうが、消化には助かる。
昼休み終了まであと10分といったところで、ようやく完食。
すでに国貞は、僕の弁当を半分食べ終えている。
「ごちそうさま、屋敷さん」
「お粗末さまでした、ホッシー。
ではクニクニ、ホッシーのお弁当、あとの半分はわたしがいただくわ。
クニクニと同じく、ここはホッシーに食べさせてほしいところだけど、クニクニがわたしの言うことを聞いてちゃんと我慢してくれたから、わたしもそれに敬意を表して、ひとりで食べることにするわ」
それを聞いて、国貞も表情がやわらいだ。
「屋敷さん、それは感謝するわ。
あなたも意外とレディーなのね、見直したわ」
「どういたしまして、クニクニ。
ここでわたしがさっきホッシーにあーんさせた箸をそのまま使ったら、『間接キス』ということになってクニクニに文句を言われるでしょうから、ほら、こうやってもうひと組用意してきたわ」
屋敷はスペアの箸を取り出して見せた。
なんという
それこそ箸ひとつの扱いにしても、このふたりの間には「紳士協定」ならぬ「淑女協定」が締結されているようだった。
「分割条約」だけじゃないんだ。
おーコワ!
僕は、さっきから気になっていた疑問を、思い切ってぶつけてみることにした。
かなりきわどい疑問を。
「なぁ、聞きたいんだけど、僕の身体の右側は屋敷さん、左側は国貞さんが担当するということだけど、『真ん中』はどうなってるんだい?
もしかして、不可触聖域?」
屋敷と国貞は、同時に答えた。
まったくおんなじ答えを、意味ありげな微笑みを浮かべて。
「いえ、『共有』です!」
聞くだけ無駄だった。やれやれ。
その後、午後の授業開始の予鈴も鳴った。
屋敷はせっせと僕の弁当を食べていた。
その様子を見て今がチャンスとばかり、国貞は僕の左耳に唇を寄せてきた。
かすかに聞き取れるくらいの小声で、彼女はささやいた。
「明日も、ここに来ていいかしら?
明日はたぶん、屋敷さんは来れないわよね」
「う、うん……」
気のない返事をすることしか出来ない、僕だった。
その様子を見てかどうか知らないが、屋敷が箸を動かす手を止めて、こう言った。
「あ、言い忘れてたけど、明日から放送委員の昼休み当番が変わるのよね。
明日は最初から、ここに来るからね!」
国貞を見ると、苦虫を噛み潰したような
⌘ ⌘ ⌘
いろいろ波乱に満ちた昼休みが終わり、午後の授業に戻った。
「きょうは放課後、何か入っていたかな?」
最近、僕はえらく目まぐるしい日々を送っているせいか、スケジュールがまるで頭の中に入ってこない。
でも文明の利器があるから、大丈夫。
そう、スマホだ。
スマホでスケジューラを立ち上げて確認すると、おっ、きょうは一件入っている。
久しぶりの「スピーチ部」の活動である。
ラッキー! これであのふたりに
そう思って、リラックスした気分で午後の2時間を過ごした僕だった。
午後3時過ぎ。
クラスメートがバタバタと帰り支度をしている中、僕は教室の窓から見える景色を眺めながら、余裕のスマイルを浮かべていた。
もし、屋敷や国貞が「一緒に帰りましょうよ」とスリスリして来たら、「ごめん、きょうは部活なんで」と華麗に断りを入れるつもりだった。
……が、誰も声をかけて来ない。
屋敷も国貞も、すでに姿が見えない。
見事な肩透かし、だった。
だが、別になんの問題もない。
後は、スピーチ部の部室へ向かうのみである。
別館の2階。僕は部室のドアをノックし、中に入った。
現在部長である、3年生の
「よう、相賀くん!
きょうはグッド・ニュースがあるよ。
なんと、ふたりも新入部員が増えたんだよ。
それもふたりとも、女子!」
そう言われて、部室の奥の方を覗き込むと、そこにはなんと屋敷美禰子と、国貞淑子が並んで座っていた。
ふたりは僕を見て、ニヤリと笑った。
僕は全身全霊、思い切りズッコケたのだった。(続く)
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