第6話 負け戦さなれども我おもむかん

国貞くにさださんに屋敷やしきさん、きょうはこれでさよならだよ」


目の前には「ぶー」と不満を漏らし名残り惜しそうな顔つきのふたりの女子。


(正確には、屋敷の表情は長い前髪に隠れて見えないので、見えるのは国貞の表情だけだが。)


そのふたりに、僕は改札ごしに手を振った。


「じゃあ、また明日」


そう言って僕はくるりときびすを返し、ホームに滑り込んできたばかりの電車に、急ぎ足で駆け込んだ。


ようやく、しつこいふたりから解放された。


僕はほっと胸を撫でおろした。


いやー、たかだか3時間ほどの間に、僕の日常はとんでもない変化を遂げたものだ。


昨日までの日々が、まるで嘘のようだ。


僕は思わず、ここ数日の出来事を思い返していた。


      ⌘ ⌘ ⌘


2日前の月曜日、僕はひとつの重大プロジェクトを決行した。


僕と同じクラスの女子生徒に、貴音たかね華子はなこという子がいる。


僕は貴音と1年のときから同じクラスだったのだが、彼女は絵に書いたような「ラブコメヒロイン」な女子だ。


肌の色は抜けるように白く、全体的にほっそりとしたプロポーション。


脚の綺麗さとか、マジモデルさんレベル。


髪の毛はもはや高校生では絶滅危惧種となっている艶々つやつやとした黒髪ロング。


瓜実うりざね顔に目はぱっちりとした二重、鼻筋はすっと通り、頬はほんのりと紅べにがさし、唇は小さな薔薇の花のよう。


要するに、非の打ちどころのない美少女なのだった。


おまけに学業優秀、品行方正、言葉遣いも上品で、誰にでも優しい。


父上母上ともに弁護士という、学歴、社会的地位も高いハイレベルな家庭の育ち。


はっきり言って、完璧超人としか言いようがない彼女に、僕は高校入学当初から心を奪われていた。


もうもう、メロメロだった。


しかし、最初の1年のうちには、僕は彼女に想いを打ち明けるには至らなかった。


あらゆる面でパーフェクトな貴音に対して、僕は容姿にせよ、学業の成績にせよ、スポーツとか芸術といった分野にせよ、取り立ててすぐれたもの、目立ったものを持たないモブキャラ。


性格が陰気とか、人とコミュニケーションが出来ないなんて極端なキャラではないものの、格別口がうまい訳でもない。


実は「スピーチ部」に入っているのも、少しでも女性と話をする度胸をつけたいという目論見もくろみがあってのことだったりする。


結果はあまり、はかばかしくないが。


そんな僕が、僕的にはナンバーワン、男子生徒による非公式な人気投票でも校内女子のベストスリーに入るという貴音華子に愛を告白したところで、うまくいく訳がない。


彼氏になれるはずがない。


そう考えて、告知を1年以上も思い留まっていたのだが……。


先週金曜日に、僕はふだん会話をするほぼ唯一の男子、仲真なかま友樹ともきから、下校する途中に衝撃の情報を仕入れてしまった。


「ホッシー、知ってる? 2Dの池田いけだが遂に満を持してうちのクラスの貴音さんに交際を申し込むつもりだそうだぜ」


「えっ、池田といえば、サッカー部の主将で得点王、親は会社社長の長身イケメンじゃなかったっけ?」


「そう。『すべてのカードを持つ男』『総取っ替えしたくなるヤツ』の異名のある、あの池田よ」


「そんなハイスペ野郎が、なぜこのタイミングで、貴音さんに告白なんだ?」


「それがさ、今週末の日曜日に県大会の決勝戦があってわが校のサッカー部もそれに残っているんだが、練習中にやっこさん、『県大会で優勝したら俺、貴音さんに告白するんだ』ってチームメイトにポロっと言っちまったらしいんだ」


「うーむ、そうか。うちのサッカー部が優勝したら、週明けには即告白、という算段かぁ……」


「おやぁ、ホッシー、えらく浮かない顔をしているねぇ。


もしかしたら、ホッシーも貴音さんのことが好きで、告白するかどうか、迷っているんじゃないのかい?


なっ、図星だろ?」


僕はうろたえながらも、手をぶんぶん振って仲真の指摘を完全否定した。


「いや、ぜんぜんぜんぜん!


絶対、絶〜っ対にありえないからっ!


だって、貴音さんと僕じゃスペックが違い過ぎるだろ!?


もう、身分違いもいいところ。


僕は、単に貴音さんのファンなだけさ。


付き合うとか、もーありえないって。


アイドルを応援するファンと、まったく同じ心理だよ」


「そうかねえ。たしかに貴音さんは、この1年あまりで何十人もの男子から求愛されて、全員にゴメンなさいしたらしいけど。


誰か特定の、自分が好きな男子の告白を待っているから全部断っているらしいね。


いわば『単騎待ち』ってとこか」


「そうなんだろうけど、その『単騎』が池田である可能性はあっても、僕である可能性は100パーセントないな、うん」


「そんなネガティブな思考はいただけないなぁ。


たとえ、1パーセントの可能性であったとしても、それに賭けてみるのが男のロマンってものじゃないの?」


「もー、他人事ひとごとだと思って、無責任な発言をするなよ。


1パーセントじゃない、0パーセントなんだよ。


確実に負けるいくさなんて、誰がするかよ」


「わかんないよ。世の中に絶対ってことはないと、僕は思うんだけどな……。


でも、これだけは確実に言えるよ。


想いを相手に告げない限り、願いが叶うことは100パーセントない」


そこで僕もしゅんとなった。


「そうなんだよな。それは僕も分かっているつもりだ。


今の状態を続ける限り、貴音さんとの仲は絶対縮まらないということだな」


「そう。その一方で、池田が貴音さんに告白したら、ふたりはすんなり恋人関係になってしまうかもな。


それはさすがに、ホッシーも望むところではないだろ?」


「ああ」


僕はうなずいた。


「でもな、たったひとつだけ、それを阻止する方法はある。


もちろん『確実に』ではないがね。


それは、池田が告白する前に、ホッシー、きみが貴音さんに告白すること。それだ」


仲真はそう言って、ニカッと笑って見せた。


      ⌘ ⌘ ⌘


帰宅後、僕は先ほどの仲真の言葉を反芻してみた。


「きみが貴音さんに告白すること」かぁ。


告白してめでたく貴音と付き合えるパーセンテージは、極めて低い。


それは間違いない。たぶん、ゼロコンマ以下だ。


だから、恋を勝ち取ること自体が目的というより、むしろ「あのとき告白しておけば、もしかしたらうまく行ったかも」という一生の悔いを残さないためにする告白だな、これは。


1パーセント、いや0.1パーセントの可能性に賭けて見て、ダメならすっぱりと諦められるじゃないか。


悔いを残さずに済むじゃないか。


サッカー県大会でわが校のチームが優勝するようなら、僕も覚悟を決めないといけない。


ほぼ負けを覚悟した戦さに、おもむかないといけない。


悔いることなく、負けないといけない。



そして2日後、日曜日の夕方。


仲真からのメールが来た。


「サッカー部、優勝したよ、ホッシー」


その一文で、僕の覚悟も決まった。


明日月曜日に、告白決行だ。(続く)

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