第3話 クラスメートと同伴出勤

「えっ、明日も、かい…?」


僕は国貞くにさだ淑子としこにそう返事するのが精一杯だった。


「もしかして、お邪魔かしら、わたし?」


彼女は、視線を僕かららしながら、そう言った。


その横顔には、明らかに憂いの色が浮かんでいた。


「迷惑だったら、もちろんいいのよ。無理にわたしに合わせてくれなくて」


そこで「はい、迷惑なんです」と言ってしまえるほど、僕もドライで薄情な男ではなかった。


確かに、ひとり気ままに屋上ここで過ごすことは、今の僕の生活においてかけがえのない楽しみのひとつではあった。


とはいえ、どうしても他のひとと過ごしたくない、というほどのこだわりがあるわけでもなかった。


むしろ、先ほどのように、近くに熱々カップルがイチャついていたりすると、所在のなさを感じていたりもしていた。


ひとりきりでいるよりは連れがいたほうが、そう、それがカノジョとかいうものでなくても、居心地がいいような気もする……。


「いや、迷惑なんてことはないよ。たまには、ひとと話したいと思っていたところなんだ。全然、構わないよ」


僕がそう答えると、国貞の表情はたちまち明るくなった。


「うれしい! 相賀あいがくんって本当に優しい!」


そしていきなり、僕に抱きついてハグしてきたのである。


おいおい、それはちょっと喜びの表現が度を越してないか?! 僕たち初対面みたいなものなんだぜ?


焦った僕は、強くハグされながら、かろうじてこう言った。


「国貞さん……人目もあるからそれはちょっと……」


国貞はそう言われて、ハッと気づいたかのように僕から離れた。


「ああ、確かにそうね。他にも人がいるのに、いきなりでビックリさせてしまったわね。


わたしとしたことが。ごめんなさい。」


そして、声を落としてゴニョゴニョ言っている。


ん? 「人がいないところならオッケーなのかしら……」とか言っているような……。空耳だろうか。


「わたし、感極まると周りの状況をすっかり忘れて行動してしまう悪い癖があるみたいなの。


普段、家族に対してしていることを、そのまま相賀くんにしてしまったわ。本当にごめんなさい」


「あ、いいよ。そこまで気にしなくても。誰だってうっかりやってしまうことはあるさ。ドンマイだよ」


僕がそうフォローすると、国貞はにっこりと微笑んだ。


「ありがとう。相賀くんとこうして親しくなれて、本当によかったわ。


じゃあ、時間も時間だから、教室に戻りましょうか」


「そうだね。行こうか」


ふたりはともに腰を上げて、教室への道のりを急いだのだった。


だったが……。


教室のある二階へと降りる階段の途中で、国貞が急にこんなことを言い出した。


「相賀くん、わたし、なんだかめまいがするわ。倒れそう」


「えっ、マジでかい? そりゃマズいな。どうしたらいい?」


「相賀くん、出来たら、わたしの手を握っていてくれない?


そうしたら、なんとか倒れずに教室まではたどり着けると思うの」


「わかった。僕が支えになるよ」


普段だったら、女子と手をつなぐなんて相当勇気がいる行動であるが、これは緊急事態だからそんなこと、言っていられない。一も二もなく、僕は国貞の小さな手を握った。


そして、ふたりでゆっくりと階段を降り、二階の廊下へ。


「ありがとう。教室まではこのまま連れて行ってくれる?」


そう、上目遣いでお願いして来る国貞。


「了解」


僕はそう返事して、手をつないだまま、国貞を我らが2Bの教室までゆっくりとエスコートする。


途中でふと、僕はある人から先日聞いた言葉を思い出す。


「人は見た目が九割とか言うけどさ、その見た目にあっさりとだまされるのものでもある。


人は見かけによらぬもの。


見たまま、イメージ通りの人だと思ってしまうと、相手の思うツボかも知れないよ。心してくれ」


つーことは、それは国貞についても言えることなのか?


おとなしくて真面目、間違ってもひとをあざむいたり、罠にかけたりしない完璧な善人キャラだと僕は信じているが、そんな国貞も実は腹黒策士なのか?


いやいや、それはないだろ、彼女に限って!


この子がもし腹黒子なら、世間の女子全員が腹黒子。絶対そうだ。


僕は妙な空想をしてしまったことを、国貞に申し訳なく感じた。


と、思ううちに僕と国貞は2Bの教室にたどり着いた。


同時に本鈴のチャイムが鳴った。


ガラッと戸を開けると、すでに席に着いていたクラスメート全員の視線が、僕たちに注がれた。


うっ、なんだかスゴい圧力を感じる。


それもそのはず、僕と国貞の手はしっかりとつながれたままだったのだ。


「国貞さん……もう手を離しても大丈夫だよね?」


僕がおずおずと国貞に尋ねると、彼女も、


「あっ、そう、そうね。もう離してもいいわ」


と、さすがに恥ずかしそうな表情で僕のそばから離れ、先ほどのゆっくりとした歩みから一変、早足で自分の席まで走って行った。


よかった。めまいが治ったようで。


僕も自分の席に着いたが、案の定というか、近くの席から冷やかしの一言。


「国貞さんとお手手つないで同伴出勤かい? よっ色男!」


もちろん、声の主は仲真なかま友樹ともきである。


「違うんだよ、これには訳があってだな……」


そう反論を始めかけたところ、ガラッと戸が開いて、その時間の担当、岩尾いわお先生の強面こわもてがのそっと現れたので、もくろみは頓挫してしまった。


次の休み時間に釈明しないと。(続く)

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