宇宙船G13号の遭難(神に至る者外伝3)
藤山千本
第1話 1、宇宙船G13号
<< 1、宇宙船G13号 >>
「次の恒星系はおもしろそうね、修一(しゅういち)。」
「そうだね、妙(たえ)。確かに今回の恒星系はおもしろくなかった。恒星が三つもあって惑星はたった一つ。それも恒星に接近し過ぎて溶けていた。」
「遷移前の予備調査では次の恒星系はたくさんの惑星があるみたいよ。」
「惑星はいいね。灼熱の星から氷の星まで色々な顔を持っている。うまくすれば生きていける星もあるかもしれない。」
「中性子星を見つけるより生命のある星を見つける方が楽しいわ。そう思わない、修一。」
「そうかもしれないけど、中性子星はホムスク星が生きるために必須だからね。しかたがないさ。」
修一と妙は巨大なディスプレイが周囲を囲んでいる宇宙船G13号の展望室で前方の星々の一つを眺めながら二人の楽しい時を過ごしていた。
宇宙船G13号は宇宙地図を作成するために大宇宙の縁から50億光年離れたホムスク星から派遣された多数の宇宙船の一隻である。
宇宙船の記号のGは『地』を意味し、地理調査する宇宙船に付けられていた。。
宇宙地図作成の目的は大宇宙に存在する全ての恒星とそれに属する惑星を評価し、ホムスク星のエネルギー源として利用できる中性子星を発見することだった。
銀河系には既に多くのG型宇宙船がホムスク星から派遣されていた。
宇宙船の船員は千人で男女半々であったが、大部分の船員は冬眠睡眠に入っており、実際に宇宙船を動かしているのは船長と二人の船員だけだった
大人数を長期に活動的に養うには宇宙船の食料庫は小さすぎたし、仕事も無かった。
修一と妙は宇宙船G13号の航宙士と航宙士補として採用されていた。
展望室の出入り口から金属光沢を持つ一体のロボットが静かに入って来て修一の前で止まった。
「修一様、そろそろ遷移が始まります。司令室にお戻り下さい。妙様もです。」
「ありがとう、千。急いで戻るよ。妙、また拷問だね。」
「そうね。でもどうにもならないわ。」
二人は出入り口に向い、一体のロボットは二人の後ろをついて行った。
「修一はロボットに名前を付けているのね。」
「そうだよ。その方が気楽だしね。それに千はこの宇宙船で働いているロボットとは少し違っていて特別なんだ。」
「どこが特別なの。」
「知らない人からもらったんだ。千って名前の女の人から出発前にもらった。それで千って名前をつけたのさ。」
「船長はそれを許可したの。」
「不思議な事に、何も聴かずに許可したよ。あの厳しい船長がだよ。不思議だろ。」
「どんな女性だったの。」
「若くてとびきりの美人だった。」
「そうなの。修一はそれまで一度も会った事がなかった人なの。」
「あんな美人に会ったのなら絶対に忘れないさ。妙に落ち着いていて、穏やかなのだけれど意思が強そうだった。あんな女の人にはこれまで出会ったことが無いよ。」
「何て言って修一にロボットをくれたの。」
「ロボットの千は帝都大学で新しく開発されたロボットの第一号機だそうだよ。使ってほしいのだって。それと妙な事を言っていたな。この宇宙船の目的地が銀河星団の渦状腕だからなのだって。なにか未来が分っているような口ぶりだった。」
「新しく開発されたってロボットのどこが他のロボットと違っているの。」
「それがよく分らないんだ。外見は他のロボットと同じに見える。でも何か違っているようにも思う時もある。」
修一は後ろを振り返ってロボットに言った。
「千は宇宙船にいる他のロボットと違って新型のロボットなのだよね。」
「そうだと思います。修一様。」
「どこが違うの、修一。」
妙は修一に小首を傾けて尋ねた。
「分らないんだ。千、千はどこが他のロボットとは違うんだい。」
「修一様、申し訳ありません。私にもどこが違うのかはまだ認識できておりません。私が分っているのは私の役目が修一様をお守りすることだと言うことだけでございます。」
「ね、妙。不思議なロボットだろ。」
「どこが違うのか分らないって不思議なロボットね。人間みたい。」
「何で人間みたいなんだい。」
「だって、人間って他の人とどこが違うか正確に説明できる。」
「なるほど。納得。他の人と違うって思いたいけど正確に説明は無理だ。説明の次元の問題だね。容貌や体格の違いを問題にする次元と考え方の違いを問題にする次元とは違う。ある意味では違いは無いとも言えるしね。」
二人とロボットは頑丈そうな扉を通って司令室に入って行った。
「二人とも早く位置に着け。十分後に遷移する。4光年の遷移だ。大した事ではない。」
司令室の中央のキャップテンシートに座っていた船長がパイプを口から離して二人に言った。
船長は精悍な体躯を持つ50過ぎの男で白線の付いた帽子をかぶり、ブライヤーのベント型のパイプを手に持っていた。
船内で帽子をかぶる必要はなかったし、パイプも手入れが面倒だ。
それでも船長はそうしたかったらしい。
修一と妙は船長の両横のシートに座ってシートベルトをつけた。
船長と妙のシートの後ろには個人専属のロボットがシートを掴んで立ち、修一の後ろにはロボットの千が立った。
この宇宙船の遷移方法では遷移距離に比例した肉体的な苦痛が必ず伴い、悪ければ気を失う場合がある。
そんな時には個人専属のロボットは気を失った人間を蘇生させねばならなかった。
司令室の多くの観測ディスプレイの前にはロボットが立っている。
予想される現象以外の事態が起った場合には船長に報告することになっていた。
もちろん、これまではそんな事態は起った事がなかった。
「遷移30秒前です。」
ナビゲーターのロボットが言った。
エンジンの音が少し高くなった。
「遷移五秒前、意識を高めて下さい。遷移。」
周囲のディスプレイの画像はほとんど変わらなかった。
「遷移完了。異常なし。通常推進に変ります。」
船長はパイプの燃えかすを大型の灰皿に捨て、新しい刻みタバコをパイプに詰めて火を点けてから押しつけ、深々と紫煙を吸い込み白煙を吐き出してからロボット達に言った。
「観測班はこの星系を観測せよ。余の者は船の安全を図れ。防御板は外殻の外に張れ。当分は慣性飛行だ。」
船長は宇宙船に絶対的な信頼を持っているようだった。
「船長、この星系はどんなでしょうね。」
「わからん。今にわかるさ。」
少し長い『今』であった。
船内時間での一週間後に恒星系の概要がわかった。
一つの恒星の周りを9個の惑星が同一面上をほぼ円軌道で廻っていた。
内側から五個までの惑星は岩石が主成分であり、その外側の二個の惑星は巨大惑星で気体が惑星表面の主成分であり、その外側の二つの惑星は液体が主成分の惑星であったが表面の液体は凍っていた。
人間が生活を営むことが出来そうな惑星は第三惑星から第五惑星までであったが、第三惑星は冷却過程が終わって大海が出来たばかりの状況にあった。
第四惑星は小さい惑星であったので地表の冷却は既に完了し、海があり、植物が大陸の全土を覆っていた。
動物もいるのかもしれなかった。
しかしながら、重力が小さいので大気は次第に失われていくであろう。
第五惑星は第三惑星より大きかったが地表での重力加速度は第三惑星とほとんど同じだった。
故郷のホムスク星の重力加速度と同じだ。
惑星の密度が小さいのかもしれない。
地表は陸地と海からなり、陸地は植物で覆われていた。
動物はいるだろう。
人類もいるかもしれない。
第五惑星は惑星の二連星とも言える特徴があった。
惑星と比べると大きな衛星が第五惑星の惑星軌道面で廻っていた。
惑星と衛星はそれぞれ独立して自転していたが惑星と衛星が一つの単位となって中心の恒星の周囲を廻っていると考えることもできた。
衛星には大気を繋ぎ止める重力はなかった。
衛星軌道は低く第五惑星の地表から見れば中心恒星よりもずっと大きく見えることになる。
「船長、動物がいる惑星もありそうですね。」
「そうだな、航宙士。遠回りになっても外側の惑星から順番に調べて行く。円軌道に近い惑星を調べるだけでいい。」
「了解、船長。」
宇宙船G13号は全周に防御板を大きく張り出して第9惑星に向かった。
宇宙船G13号の防御板は大昔に発明された合金でできていた。
驚く程の張力を持っており、薄板でも弾丸に耐えることができた。
宇宙船の周囲に張り出された防御板は互いに巧妙に組み合わされており、一カ所の衝撃を全体で受けるような構造になっていた。
宇宙船G13号は遷移に特化した宇宙船で、通常推進では光速を越えることは出来なかった。
光速近くまで加速し、宇宙船を反転して急ブレーキを掛けると瞬時に大距離を移動できる事が幸運な偶然によって発見された。
ある時、その幸運な宇宙船は急いで引き返す必要が生じた。
宇宙船の船長は光速近くまで加速していた宇宙船を反転させ最大推力でブレーキを掛けたところ、宇宙船はそれまでの進行方向の数光年先に移動していたのであった。
その後多くの実験がなされ、自動的に遷移ができるような宇宙船が作られた。
連続的に遷移できるのなら50億光年の距離は踏破できることになる。
乗組員はその間は冬眠していればいい。
なぜそうなるかは解らなかった。
大昔に発明された重力遮断物質と同様に時間進行速度が関係していると説明している科学者もいた。
その科学者は遅くなった噴出物の時間進行速度を補償するために遠方の空間を呼び寄せることでワームホールが出来たのだと提唱していた。
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