第56話 ホームセンターとお嬢様
台風に備えて、俺はホームセンターに必要な備品を買いに来た。
そこで学年トップの成績を誇る天才・霧咲さんと出会う。
霧咲さんは中二病で学校で会う時は高飛車キャラを演じている。
だけど今日は大人しい地味なキャラだ。
黒く長いストレートの髪で視線はやや下向き。
そして感情を一切感じさせない無表情。
日七瀬さんによると、この地味でコミュ障気味の状態が本当の霧咲さんらしい。
そんな彼女は突然現れた俺に驚きつつも、なんとか声を掛けてきた。
「……ひさしぶりね。春彦さんもホームセンターでお買い物?」
「ああ。台風に備えておこうと思って」
「……そう」
出会って数秒で会話がなくなった。
霧咲さんと二人っきりで話をするのはこれが初めてだけど、想像以上に会話が続かない。
もしここに日七瀬さんが居てくれたらフォローをしてくれるんだろうけど。
それに言葉の端々にトゲがあるような気がする。
霧咲さんは俺を自分のものにしたいと言っていたけど、今まで恋愛的な好意をみせてくれたことはない。むしろ敵視されているんじゃないかと思う事の方が多い。
とはいえ、このまま会話もせずに突っ立っているのも嫌だな……。
「えーっと……。こんなところで会うなんてめずらしいね。今日は日七瀬さんと一緒じゃないの?」
「ええ。日七瀬は今頃、屋敷の仕事をしていると思う」
「それで一人でホームセンターに?」
「……そう」
むぅ……。またしても会話が途切れてしまった。
なかなか手ごわいな。
せめて俺に天音くらいのコミュ力があれば……。
いや、ないものを今欲しても意味がない。
もう一度トライだ!
「それにしても霧咲さんがホームセンターに来るなんて、ちょっと意外だね。何を買いに来たの?」
「……世界の滅亡」
「スケールでけぇ」
なんちゅう返し方だよ!
無表情状態の霧咲さんがそんなふうに言うと、冗談なのかどうかわからないから、会話の続け方がわからないじゃないか。
くっ! まだだ!
俺は諦めないぞ!!
「えっと、そういう概念的なことじゃなくて、ホームセンターで欲しいものがあるんでしょ?」
「……魔眼」
「いや、ないから。そんなの世界中を探してもないから」
ここで事態は急変した。
さっきまでまったく俺に関心を示さなかった霧咲さんが、俺に目を合わせてきたのだ。
「春彦さん。決めつけはよくないわ。未だに世界は謎で満ちてる。宇宙人だっているかもしれないし、未来人や超能力者だってきっといると思う」
「そうかもしれないけど……」
「なら、ホームセンターに世界滅亡をもたらす魔眼があっておもおかしくないでしょ?」
「あれ? 俺の方がおかしい流れ?」
「おかしいわね。滑稽すぎて笑っちゃいそう」
やっと普通に話してくれたと思ったら、今度は電波なことを常識のように語り、俺を批難し始めた。
どっちに転んでも、俺と霧咲さんは仲良くなれそうにないというわけか……。
一方、霧咲さんはホームセンターの棚の上の方をじーっと見始める。
そこにはいろいろな種類のキャンドルが陳列されていた。
「もしかして、キャンドルが欲しいの?」
「……ええ。今日の夜、日七瀬と台風パーティをするの。その時に一緒にキャンドルを観ようと思って」
へぇ……。変な人だと思ったけど、こういうところは女の子らしいんだ。
それにしても台風パーティーねぇ。
今回の台風は規模も小さいし、自宅に居れば危険はない。
そういう時って妙にテンションが高くなるから、友達と一緒に過ごしたくなる気持ちはわからなくはない。
「わかった。あの位置なら俺の方が取りやすいから任せて。あの右のリボンのイラストが入ったものでいいのかな?」
「え……、ええ」
俺はすぐ近くにあった脚立に乗り、手を伸ばしてキャンドルが入ったを箱を取った。
そして霧咲さんにその商品を手渡す。
「はい。これでいい?」
「……ありがとう」
「霧咲さんって、本当に日七瀬さんと仲がいいんだね」
「……親友……だから」
嬉しそうに静かに笑う霧咲さん。
その表情はいつも無理をしている彼女とは違う、自然体の本当の笑顔のように見えた。
ちょっとしたことではあったけど、もしかしたら霧咲さんとの距離が少し縮まったかもしれない。
……と、ここで霧咲さんは妙な話をし始めた。
「そういえば、春彦さんの誕生日っていつでしたっけ?」
「九月だけど?」
「そう。……じゃあ、私の方がお姉さんってことね」
「お姉さんって……。同じ学年なのにそこまでこだわる必要ないと思うけど」
「あるわよ。だって……」
言葉を切った霧咲さんは、無表情で続きを話す。
「私達は腹違いの姉弟かもしれないんだから」
すぐにその言葉の意味が分からなかった。
「えっ……? 今なんて?」
「腹違いの姉弟」
「俺と……霧咲さんが?」
「そう」
「えっと……、それって中二病設定の話?」
「違う。本当の話」
なんだ? 何を言ってるんだ?
そんなこと、あるはずがない。
だが、霧咲さんから嘘を言っている様子は見られない。
「私の母とあなたの父・純一郎おじさまは、私が生まれる少し前まで付き合っていたのよ。時期的に純一郎おじさまが私の本当の父親の可能性が高いわ」
「ま、まさか……」
「ウソだと思うなら、証拠があるけど見る?」
父さん……。俺の知らないところで何やってんだよ……。
■――あとがき――■
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