第55話 添い寝をした朝


 夏休み三日目の朝。

 夜明け前から目は覚めていたが布団から出ることはなく、俺はずっとベッドに横になったままだった。


 そして横を見ると、天音が気持ち良さそうに寝ている。


 そう。俺達は昨日、一緒の布団で、一緒に寝たのだ。

 特別なことはなく、ただ添い寝をしただけ。

 たったそれだけのことだけど、目が覚めた時に横に世界で一番好きな彼女がいるという事実は、何とも言えない幸福感を与えてくれた。


「んん……」


 俺の視線に気づいたからなのか、天音がゆっくりと目を開いた。


「お……、おはよう。春彦」

「おはよう、天音」

「私達、一緒のベッドで寝ちゃったんだね。あはは……」


 恥かしそうに空笑いをする天音。

 本当になんて可愛いんだ。

 ずっとこうしていたい気分だ。


「あ……、えっと。じゃあ、朝食にするか。今日は俺が作るから、天音はゆっくりしていてくれよ」

「えー。私が作るよ?」

「天音ばかりに作らせていたら負担になるだろ。たまには任せてくれって」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」


 こうして俺は先にベッドから出て、朝食作りを始めることにした。


 天音のようにしっかりとした料理はできないけど、簡単な目玉焼きとウインナーにしよう。ついでにサラダを盛りつけるくらいなら俺にもできる。

 本当ならここにみそ汁を用意したいところだが、生憎俺にみそ汁を作る技術はない。

 とりあえずインスタントのわかめスープで我慢してもらうか。


 朝食の準備ができて、ダイニングテーブルを挟んで俺達は座った。

 そして手を合わせる。


「「いただきます」」


 天音は俺が焼いた目玉焼きを食べて、感心したように目をぱちくりとさせた。


「へぇ~、春彦も頑張ればできるじゃん」

「目玉焼きとウインナーだけだから、あんまり自慢はできないけどな」

「ううん。綺麗にできてるって。もしかして料理の才能があるんじゃない?」


 目玉焼きだけで大げさな……。


 とはいっても、一年前まで俺はこの目玉焼きを焼くことすらできなかった。

 そもそも、ちゃんと料理をしようなんていう意識がなかったんだよな。


 その時、テーブルの上に置いていたスマホに着信が入った。

 発信者は……やはり父さんか。


「父さんから電話だ。食事中だけどどうする?」

「私は気にしないよ。たぶん私達のことが心配でかけてくれてるんだろうし」

「それもそうだな」


 画面をタップして、スピーカーモードで電話に出ると、元気のいい父さんの声が聞こえた。


「よぉ~、春彦! 父さんだぞ~!! 天音ちゃんとの二人暮らしはどうだ? 順調か?」

「おはよう、父さん。こっちは問題ないよ」

「そうか。それは何よりだ」


 スイスは今頃深夜0時くらいのはずだけど、本当に元気だよな。

 父さんのパワーってどこから来るんだろう。


 すると父さんは声のトーンを抑えて話し始めた。


「こうして海外から電話をしてわかるが、お前も頼れる男になったんだな。おれは嬉しいぜ」

「父さん……」


 いつもはしゃいでいるような人だけど、本当は家族を大切にする父親だということは知っている。

 尊敬できるいい父親だ。


 ここで天音も挨拶をする。


「純一郎……お、お父さん。おはようございます」


 すると父さんは……。


「あぁ~まねちゅぅあぁぁぁ~ん!!! パパだよぉぉ~ん! おはおはおはよぉ~ぉぉ~おん!!!」

「……ぇ……、ぉ……、おはよう……ございます」


 数秒前まで男らしい声だったのに、今はもう天音にデレデレな情けない父さんに戻っていた。


「やっぱり娘がいるっていいなぁ!! ねぇねぇ、もう一回『お父さん』って言ってよぉ~。かーっ! 嬉しくて頭ボーンってなりそうだー!! がーっはっは……はぐぅわっ!!!!!???」


 メキメキャゴキボキャ……という効果音と共に、父さんは沈黙した。

 代わりに、葉子さんが電話に出る。


「おはよう。天音、春彦君」

「「お……、おはようございます……」」

「朝から騒がしくてごめんね。今、黙らせたからもう安心よ。うふふ」

「「……」」


 効果音しか聞こえなかったけど、たぶん父さんはアイアンクローを食らっているのだろう。

 一体、どんな掴み方をすればあんな効果音が出るんだ……。


 葉子さんはおっとりとした口調は変えず、心配そうに訊ねてきた。


「ところでネットニュースで見たんだけど、もうすぐ台風が接近するでしょ?」

「はい。そこまで大きくないですけど」

「大丈夫だと思うけど、いちおう備えはしておいた方がいいわよ」

「わかりました」


 テレビをつけると、葉子さんが言っていた台風の話題が取り上げられていた。

 いちおう直撃コースで、最接近は今日の夜みたいだ。


 とはいえ、そこまで大きな台風ではないので、俺も天音も特に警戒をしていなかった。


「台風か……。この規模ならちょっと雨がきつくなる程度だと思うけど……」

「念のため、必要なものをホームセンターに買いに行くよ」


 朝食を済ませて用事を片付けたあと、俺はホームセンターへ向かうことにした。

 自宅からホームセンターまではそこまで距離は離れておらず、自転車で十分に向かえる距離だった。


 駐輪場に自転車を止めて、ホームセンターの中に入る。


 すると……そこに……あの人がいた。


「あれ? もしかして霧咲さん?」

「……春彦……さん」


 そこにいたのは何かと謎が多い学年トップの優等生・霧咲志保さんだった。



■――あとがき――■


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