第46話 お姫様だっこ
自宅のリビングで映画鑑賞が終わった時、隣に座っていた天音は寝てしまったようだ。
時間は夜の十一時前。
初めての二人っきり生活で緊張していたせいで、うっかり寝てしまったのだろう。
でもここで寝かせるのはよろしくない。
となれば……。
「とりあえず……、天音をベッドに運ぶしかない……」
いくらカノジョとは言え、寝ている女子に触れるのって申し訳ない気持ちがあるんだよな。
でもこのままってわけにもいかないし。
そうだ。これは天音のためなんだ。
よし、できるだけソロ~ッと運んでやろう。
こうして俺は、天音をお姫様だっこの体勢で、ゆっくりと持ち上げる。
「んしょっと……。え? 軽っ!? 天音って、こんなに軽かったのか……」
驚いた。
女子をこうして抱くのは初めてだけど、こんなに軽いなんて……。
男同士のやりとりで、相手を持ち上げたりすることは何度かあったけど、その時はもっとズシッとした重みがあった。
けど天音を持ち上げた時の印象は、肩透かしをくらうような軽さだったのだ。
モデルをしているから体重が軽めというのもあるかもしれないけど、女子ってこんなに軽いものなのか。
男と女って、こんなに違うんだな……。
「んん……」
天音の軽さに感動をしていると、彼女は小さく声をもらした。
もしかして起こしてしまったか?
ん~……、よし。大丈夫みたいだな。
こうして俺は、天音をお姫様だっこの体勢で運ぶことにした。
◆
「おじゃましまぁ~す」
誰もいない天音の部屋に、俺は小声で挨拶をして入った。
部屋の中は白を基調とした家具で統一されていて、カーテンの薄いピンク色が部屋をより明るく見せていた。
「ここが天音の部屋か……。シンプルだけど、やっぱりかわいいな」
それより早く天音をベッドに運ばないと。
ベッドは部屋の端にあって、布団は白とピンク色の上品なデザインだった。
この布団で天音がいつも寝ていると思うと、ちょっと恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。
俺は天音をベッドに運び、そして掛け布団をかぶせた。
「よし。これで大丈夫だな」
役目を終えた俺は帰ろうとした。
だがその時、――ぎゅっと俺の服の袖を、天音がつかんだ。
「えっ……?」
「春彦……」
「天音……。起きてたのか」
「うん。運び始める時から……。でも、気持ち良くてつい……」
運び始める時に声が漏れていたけど、あの時に起こしてしまったのか。
そばにいて欲しいという天音の瞳を見て、俺はベッドに腰掛けることにした。
すると天音は寝転がったまま、甘えた声で話を始める。
「寝ている時にベッドに運ばれるのって、すごく気持ちいいよね」
「ああ、わかる。よく子供の頃、よく親にやってもらったっけ」
「私に力があったら、春彦を抱いてベッドに運んであげたんだけどね」
「それはそれで男のプライドが傷つくんだけど……」
すると天音はクスっと笑った。
「でもね……。春彦に運んでもらう時や、ベッドに入れてもらった時……。すごく幸せな気分だったよ。ありがとう、春彦」
「……ま、……まぁ、このくらいなら、いつでも大丈夫だ。……うん」
むしろ天音をだっこして運ぶことは、俺にとって幸せだった。
これからもこんな体験ができるなら、積極的にお願いしたいものだ。
天音は俺の手に触れ、可愛らしくつぶやく。
「ねぇ、寝る前にさ。おやすみのキス……しない?」
「えっ……」
「ダメ?」
「いや、そんなこと! 大丈夫っていうか……、俺もしたいし……」
天音とキスをしたのは、水族館デートの時だけだ。
もっと彼女とキスをしたいと思っていたけど、なかなかタイミングが掴めないでいた。
そしてお互いの感情が高まり、俺達が唇を近づけようとした時……スマホに着信が入る。
「誰だ、こんな時に……」
スマホの画面を見ると、発信者は父さんのようだ。
ん~。どうしてこんな時間に……。
今スイスは午後の四時くらいだよな? もしかして、スイスと日本の時差をまちがえているんじゃないのか?
「出た方がいいんじゃない? 心配するかもだし」
「そうだな」
応答ボタンをタップすると、父さんのデカい声が聞こえた。
『父さんだぞぉ~! 春彦、そろそろ寝る時間だろ。父さんに会えないくて寂しいんじゃないか? そうかそうか、さびしいか!』
「……俺、なにも喋ってないんだけど」
『だが大丈夫だ。父さんはお前の心の中にいつでもいるぞ!! 今はスイスだけどなぁ!! はーっはは!!』
相変わらず、一方的に話すよな……。
『ところで、天音ちゃんとは仲良くやってるか? もしかして、今頃一緒の部屋に居たりしてぇ~!! ひゅぅ~♪ ひゅぅ~♪ いいねぇ、青春してるねぇ♪ こいつぅ~!』
めちゃくちゃ陽気だ。
さてはスイス旅行でテンションが高くなっているな。
……と、ここで父さんの声に変化がある。
『え……? あれ? ……葉子さん? お手洗に行ってたんじゃ……。え、待って、待って。……今のは親子の会話で……!! ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!』
こうして、父さんの電話は切れてしまった。
取り残された俺と天音は、キョトンとした表情で顔を見合わせる。
「……雰囲気、ぶち壊されちゃったね」
「……ああ」
「ま、いっか。私達の二人っきり生活はまだ一週間残ってるんだし」
「そうだな」
「この間に、春彦をもっと好きになるのが私の目標だから」
「えっ!?」
「ふふふっ。おやすみなさい」
「あ……、ああ。おやすみなさい」
俺をもっと好きになるのが目標?
それって、どういう意味なんだろうか……。
■――あとがき――■
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