第10話 そして彼女達は修羅場に突入しました


 学校に登校した俺は先生に言われて、職員室からプリントを運んでいた。


 でも頭の中は、親にどうやって天音との関係を打ち明ければいいのかということでいっぱいだった。


 朝は不確定要素が多い。

 かといって夜は父さん達が疲れているだろう。

 となると……休日を狙うべきか。


 そんな事を考えながら視聴覚室を通りすぎようとした時だった。

 急に誰かが俺の襟を掴んで引っ張った。


「わっ!」


 プリントを両手で持っていたこともあり、俺はそのまま視聴覚室へ連れ込まれる。

 部屋の中は遮光カーテンが閉まっているので真っ暗。わずかに光が差し込む程度だ。


 そして俺をここに連れ込んだのは……学級委員長で、昨日俺に迫ってきた月野さんだった。


「月野さん!? どうしたの?」

「ごめんなさい。どうしても話がしたくて……」


 月野さんって大人しいイメージがあったけど、意外と強引な所があるんだな。

 でも、話ってなんだろう?


「昨日は……私、早とちりしてとんでもないことをしちゃったでしょ……。そのことを謝りたくて」

「ああ、そのことか。こっちこそ気まずい思いをさせてしまってごめん」

「けど、……その、……春彦君が好きなことは本当だから」

「――ッ!」


 おどおどしながらも、しっかりと想いを告げる彼女はとても魅力的に見えた。


「春彦君が天音さんのことを好きなのはわかってる。でも私の事も頭の片隅に置いてもらえると嬉しい……」


 なんて健気なんだ。

 きっと天音がいなかったら、俺は彼女のことを好きになっていただろう。


 さらに月野さんは言葉を続ける。


「あと、あの時の言葉もウソじゃないから……」

「あの時の言葉?」

「エ……エッチなことをしてもいいって話……」

「――ッ!?」


 エッチという言葉に驚いて思いっきり目を見開いてしまう。

 そんな俺を見て、月野さんはクスクスと笑った。


「春彦君の驚いた顔、おもしろい」

「からかわないでくれよ」

「ウソじゃないのは本当だからいいでしょ?」


 真面目な月野さんでもこんなイタズラをするんだ。

 ちょっと新鮮だな。


「でも勘違いしないで。私、天音さんと対立するようなことはしないから。修羅場みたいになっちゃったら、春彦君が困っちゃうもんね」

「……月野さん」

「二人がうまく行くことを応援してる。頑張ってね」


 俺のことを好きと言いつつも、天音との恋を応援してくれるなんて……。


 慎ましさ、健気さ、慈愛……。

 本当になんていい人なんだ。


   ◆


 視聴覚室から出た俺と月野さんは教室に戻った。


「春彦君。このプリントは教壇の上でいいの?」

「ああ、ありがとう」


 ふと、俺と月野さんが話をしているところを、天音がじ~

っと見つめていることに気づく。


 興味ありませんと言いたげな表情をしているが、明らかにこっちを気にしている様子だ。

 誤解されてなければいいんだけど……。


 天音は席を立ち、俺の方にやってきた。

 

「春彦。ちょっと消しゴム忘れちゃってさ。貸してくれない?」

「あ……ああ、いいよ」


 突然何を言い出すのかと思えば、消しゴムか。

 でもいつもキッチリしている天音が忘れ物?


 あ、そうか! これはヤキモチだ。

 月野さんと一緒に居たから、消しゴムを借りるふりをして俺に構って欲しいんだな。可愛いやつめ。


 そんなことを考えながら俺は自分のペンケースから消しゴムを取り出そうとした。


 ――が、それよりも早く、月野さんが動いた。


「天音さん、それなら私の消しゴムを貸してあげる」


 ピリッ……と空気が張り詰めたような気がした。


 優しい表情で消しゴムを差し出す月野さん。

 天音も微笑みながら返事をする。


「だ……大丈夫よ。……春彦が貸してくれるみたいだから」

「ううん。私が貸してあげたいの。だから使って」


 二人とも微笑んでいるのに、すさまじい圧力を発生させていた。


 え……、なにこれ?

 もしかして修羅場が起きているわけ?


 俺の心配をよそに二人の会話は続く。


「大丈夫よ。月野さんに悪いから」

「そんなことないから、私のを使って。それに普段、天音さんは春彦君とあまり話さないでしょ? 無理をすることないから」


 天音は笑った。


「あはは。月野さん、それ誤解だから。私達、普通に話をするよ。だからそこをどいて」


 月野さんも笑った。


「ふふふ。ダメよ。私、天音さんのことを応援したいの。だからこの消しゴムを使って。お願い」


 怖い、怖い、怖い!!

 この二人、笑顔のままけん制し合ってる!!


 っていうか月野さん、さっき俺と天音の関係を応援してくれるって言ったじゃん! 修羅場で俺を困らせないって言ったじゃんん!


 あの言葉を聞いてから、まだ一時間も経ってないんだけど!?


 俺が二人の間でブルブル震える中、天音はわざとらしい作り笑いでニッコリと月野さんに微笑んだ。


「そう言えば言ってなかったけど、私と春彦は幼馴染なの。だからそんなに気を使わないで」


 月野さんも当てつけのような作り笑いで優しく笑う。


「うん、知ってる。でも学校で話をしている時間は私の方が多いから、春彦君のことは私に任せて。はい、これ消しゴム」


 ちょっとぉぉぉぉぉぉぉ!

 なんなんだよ、これぇぇぇぇぇ!!


 ほら、クラスメイトもドン引きしてるじゃないか!!


 しかもこれじゃあ、俺と天音の間に恋愛関係があるって言ってるようなもんじゃないか!!

 カミングアウトは親からじゃなかったのかよ!!


 よ……よし……。ここは俺が場を収めよう。


「なぁ、天音。ちょっと……」

「今、立て込んでるから、後にして」

「はい……」


 くっ……。天音はダメか。。

 なら月野さんを……。


「あ……あの……、月野さん?」

「黙っててくれるかな」

「はい……」


 ダメだった。


 っていうか、俺の消しゴムを貸すかどうかって話なのに、俺が蚊帳の外になっているんだけど……。



■――あとがき――■


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投稿は一日二回

朝・夕の7時15分頃です。

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