第9話 朝食×気まずさ×悶絶
翌日。天音との同居生活が始まって二日目の朝。
目が覚めた俺はベッドから出て部屋を出た。
すると、天音が自分の部屋のドアを少し開いて、こちらの様子を伺っている場面に遭遇する。
「おはよう、天音。……なにしてるんだ?」
「……なんでもない。おはよう、春彦」
感情を感じさせないフラットな口調で答える天音。
でも、なんとなく彼女が照れているのがわかる。
たぶん俺が部屋を出る同じタイミングで、自分も部屋から出たかったのだ。
こういうのって、愛されてるって感じがしていいんだよな。
俺に近づいてきた天音は小声で訊ねてきた。
「……ねぇ、本当に今日言うの?」
「うん。まずは両親にちゃんと伝えておいた方がいいと思うんだ」
「そうね。もしクラスの誰かにバレて、そこから尾ひれがついた噂が親の耳に入ったら面倒なことになりそうだし」
付き合っていることをカミングアウトすることを決意した俺達は、まず両親に打ち明けることにした。
でも両親は二人とも帰ってくるのが遅い。
加えて仕事で疲れているので、夜は落ち着いて話を聞く余裕はないだろう。
そこで四人が揃う朝食の時に話を切り出すことにした。
何かの本で食事をしながらの方が交渉は有利に働くって聞いたことがあるし、こういうことは深刻なムードにならない方がいいだろう。
……と、ここでパジャマ姿の天音が、俺の部屋着の裾を引っ張った。
「ねぇ、春彦……」
「なに?」
「手を……ね。ちょっとだけ握りたい」
「あ……ああ。いいよ! うん……。どうぞ」
まるで無垢な赤ん坊のように微笑んだ天音が、細くて小さい指で俺の手に触れた。
男の俺からするとまるで別世界のようなきれいな指で、はかなさすら感じる。
「へへっ。……こうしてると、付き合ってるんだなーって実感する」
「そ、そうだな」
「なんだか幸せがあふれ出しそうで、ヤバい……」
それは俺の方だ。
もう今すぐにでも幸せが身体を突き破ってきそうだった。
恥かしさを誤魔化すために、俺は人差し指の先で天音の指をクニクニといじってみせる。
「あんっ、もうっ……。イジワルしないで」
「ごめんごめん」
「もーっ。春彦のばかぁ」
「わるかったって」
「まったくもう……。……好き」
「~~~~っ」
ちょうどその時、食卓のある一階で物音が聞こえた。
たぶん葉子さんが朝食の準備をしている音だろう。
「遅れると変に思われるし、そろそろ食卓へ行こうか」
「そうね」
こうして俺達は食卓の席についた。
家族四人で食卓を囲む風景。
今日でこの光景は二日目だけど、改めて家族になったんだなという実感が湧いてくる。
葉子さんが、ご飯をよそった茶碗を俺に渡してくれた。
「春彦君。遠慮しないでおかわりしてね」
「は……、はい」
「うふふ。まだ慣れてないから緊張しているのね」
葉子さんが俺の母さんになったんだよな。
正直、まだ実感がないから名前で呼んでるし、つい敬語になってしまう。
いまいち、距離感が掴み切れないんだよな……。
親が再婚した子供は、みんなこんなふうに感じるんだろうか?
ここで父さんがテレビの映像に興味を向けた。
「おや? この時間に朝ドラがやってるのか?」
隣に座った葉子さんが、おっとりした口調で答える。
「今季のシリーズが特に人気があるから、今日は数話をまとめて再放送しているの。とっても面白いのよ」
「ほう……」
へぇ~。朝ドラって朝の八時にしているイメージだけど、こうしてまとめて再放送をすることもあるんだ。
おっと。そんなことより、俺と天音が付き合っていることを言わないと。
切り出すタイミングが難しいんだよな。
あんまり緊張した空気はダメだ。
さりげなく話を切り出しつつ、誠実さをちゃんとアピールしよう。
よぉし! 行くぞ!
「あの……。父さん、葉子さん。話があるんだ」
「どうしたんだ、春彦。改まって……」
「じ……実は、俺……」
返事をしてくれた父さんに、俺はそのまま話を続けようとした。
だが、ここで予想外のことが起きる。
テレビの方から、変なセリフが流れてきたのだ。
『兄さん、ダメ! 私達、兄妹なのよ!』
『なに言ってるんだ! 血は繋がってないだろ!』
『でも……!』
『大丈夫だ! 親達は気づいてない! 俺、もう我慢できないんだ!!!』
『そんな、兄さん! ああっ!』
なんでこのタイミングで、こんな気まずいシーンが流れてんだよ!!!
どうやらドラマは義理の兄妹が愛し合うという内容のようだ。
しかも画面の中では、今まさに激しいラブシーンが巻き起こっている。
しかも義理の兄妹って、まさに俺と天音の状況そのままじゃないか!!
天音は茶碗と箸を持ったまま、テーブルの一点を見て固まっていた。
時折、気まずさが我慢できず小刻みに震えている。
ついさっきイチャイチャしていたことも、気まずさに拍車を掛けているのだろう。
だが父さんはそのドラマが気に入ったらしく、葉子さんと話を弾ませている。
「ほう。なかなか面白いじゃないか」
「でしょ? 血が繋がっていない兄妹が、隠れて愛し合うという背徳感がもうたまらないのよねぇ。すてきっ」
世代の差なのか……。
この二人はこんなシーンを見ても恥ずかしいと思わないようだ。むしろ考察までして楽しむ余裕すらある。
天音はというと、ついに恥ずかしさがこらえきれず、両手で顔を隠してブルブルと震えて悶絶していた。
はっきりと見えないが、顔は真っ赤になっている。
とはいえ、俺もこの圧倒的な気まずさに顔が引きつっているんだけど……。
しばらくして、ようやく父さんと葉子さんはテレビから目を離して俺に訊ねてきた。
「「……で、話って何?」」
言えるかぁぁぁぁぁ!!
こうしてカミングアウト一回目の挑戦は失敗に終わった。
つーか、もうこんなの事故じゃん。
■――あとがき――■
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投稿は一日二回
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