第13話 魔王の本領
「な、何なんですか!? 何が起きているんですか……!?」
「
「目覚めたって……どうして……」
ティルダの疑問にシェオルは答えず、彼女の腕をごく軽く
(騒いでいる場合じゃない……!)
小さな獲物に逃げられて、リヴァイアサンは明らかに苛立っていた。肌をびりびりと震わせる咆哮がありありと怒りを伝えてくる。
シェオルを追って繰り出された、鋭くしなる蛇の尾が迫る。叩き潰されるのを予想してティルダはぎゅっと目を閉じる──でも、衝撃が襲うことはなかった。ただ、澄んだ高い音と、リヴァイアサンの悔しげな唸りが耳に届く。
「大した相手ではない。怪我をしたくなければ大人しく見ているが良い」
「え……えええ?」
ジュデッカの声も表情も、玉座を占めていた時とまったく変わらず冷ややかな、いっさいの焦りも動揺もない平らかさだった。リヴァイアサンが巨体をくねらせ、顎や尻尾でしきりに攻撃し続けているのに目もくれず、シェオルとティルダに微笑む余裕すら見せて。大水蛇の牙も棘も、抉られた大地から飛び散る氷の
「怪物退治など何千年振りだ? まあ、簡単な仕事に変わりはないが」
耳をつんざく咆哮を上げ続けるリヴァイアサンとは対照的に、ジュデッカは物憂げに呟いた。彼が手を掲げるだけで鎖はどこまでも伸び、蛇の巨体に絡みつき、網のようにその動きを封じていく。頼りないほど細く、美しい鎖なのに、リヴァイアサンがもがくほどに鱗といわず鰭といわず、食い込んでいっているようだった。いつしか大水蛇の咆哮は、助けを求めるような苦痛の唸り声に変わっていく。
「主の傍が一番安全だと言ったでしょう」
「え、ええ……でも……」
いつの間にか、シェオルは氷の大地にちょこんと座り、小首を傾げてティルダを見上げていた。彼女を乗せて駆けだした時、リヴァイアサンから庇ってくれた時の鋭い気配はもうすっかりなくなってしまって。だからシェオルが言うのは事実なのだろうけど──でも、ティルダは頷くことができなかった。
(可哀想だなんて……思ってはいけない、わよね? 神様に背いた怪物なんだから……)
ジュデッカが鎖を緩めれば、ティルダなんて一瞬で吹き飛ばされてしまうだろう。既に死んだ身が
「むやみに暴れなければ、しばらくは自由でいられたろうに──いや、
(何千年も眠っていて……またすぐに凍らされてしまうの……?)
コキュートスの魔王だというジュデッカは、人が及ばない力がある存在なのだろう。だから、弱いものいじめに見えてしまうのも当然で、地獄に堕とされた怪物に対しては妥当な扱いのはずだ。でも──リヴァイアサンの悲鳴を聞きながら、彼女自身の首にも絡む鎖をそっと撫でながら、ティルダは思う。鎖に縛られて冷気に冒されていく感覚は、怖かった。ろくに記憶がない本当の
気が付くと、ティルダはシェオルの傍を離れてジュデッカの傍へふらふらと歩み寄っていた。彼女の背丈だと見上げる位置にある整った横顔に、おずおずと問いかける。
「あ、あの……! 凍らせてしまうしか、ないんですか?」
「……別に、城を荒らさなければどうでも良いが。こいつは、俺への恨み辛みを理屈や計算で抑えられるほど上等な頭はしていないぞ」
顔を顰めながらもティルダを振り向いてくれたジュデッカは、罪人に対して破格の厚情を見せてくれたのだろう。ただ、彼は乱暴に拳を握って鎖を鳴らし、リヴァイアサンに苦悶の悲鳴を上げさせた。巨大な怪物が漏らす弱々しい声が、ティルダに氷の魔王に口答えする勇気を与えてくれる。
「でも……罰というなら、ずっと寒い中にいてもらった方が良い……んじゃないでしょうか……」
「何だと?」
ジュデッカが声を高めるのも当然のこと、囚人が看守に意見するなんてありえないことだろう。しかも、他の囚人への処遇について。でも、一度言ってしまうと、かえって覚悟が定まった。
「心を鎮める祈りがあるんです。あの……試してみても、良いでしょうか……!?」
ティルダの言葉はきっとシェオルも驚かせたのだろう。ふさふさとした尻尾が氷を打つぴしゃりという音が、後ろから聞こえてきた。
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