第9話

「やっばー!無傷じゃんかぁ〜すごぉい」

「ローズ、報酬をくれ」


野良人の残骸を届けると、ローズは黄色い悲鳴をあげた。

そういうのはいい、俺は金が欲しい。


あ、メンゴとローズは麻袋に入った報酬を出す。

中身を確認すると小型金貨が三枚。

十分だ。


「これは貰って行くぜ」

「どうぞぉ〜。やっぱしハギちゃん、すごいねぇ。有能有能」

「いや、今回の手柄はボタンだ」


後ろで縮こまっているボタンの巨大なツインテールがビクッと震えた。


「ふみゅう……」


緊張したような顔で目尻に涙を浮かべて、うるうると見上げてくる。

やれやれ、今は何に怯えてるのか。


「マ?えーやば。やるじゃん!ボタンちゃんすごいねえ、お仕事お疲れぇ♪」

「みゅー……ふぇ、ふぇえ……あいあとごやいまふ♪」


三白眼を細めて笑うローズに、ボタンは安心したようだ。

長い袖口同士を合わせてもじもじしていた。

喜んでるいるようだ。


ローズは適当だが悪い奴ではない。

ハンターへ敬意を示せる良識的な獣族だ。

オレのいたパーティの恩知らずなヒト族と違ってな。


「まあでもヒト族の力を引き出せるのはハギちゃんの才能のおかげよねぇ。だからやっぱハギちゃんはすごぉい♡」

「ふみゅ……ぼあんがぁ、かちゅやくれきたの、ご主人様のおかげれひゅう♡♡」


きらきらと一人と一匹に見つめられる。

眼差しが鬱陶しい。

少なくともこれで暫く生活は出来る。

ギルドの依頼をしつつ、何処か宿を拠点にしよう。

第一句は最も国境に近い。仕事にも困らないはずだ。


「ボタン、行くぞ」

「ひゃわっ」


袖口に隠れた手を掴むと大袈裟なほど甘ったるい声を上げた。

まったく、ビビリな奴だ。


防具屋へ行くと、初老のヤギ族の店長が迎え入れた。


「やあ、アンタがあの依頼を達成した調教師さんかい。ヒト族を専属契約してるそうじゃないか」


手揉みしながら歓迎される。

勝手に噂は広まるものだ。


たかが一つ仕事をこなしたぐらいで持ち上げられてもな。

オレは当然の事をしただけだ。


「店長、こいつが着てるこの服に似た新しい服を売ってくれ」

「アンタの方じゃなくてかい?」


オレの服装は確かに小綺麗ではない。

ハンターは仕事柄、多少薄汚くても獣族は何も言わない。

だが、先にヒト族に服を選ぶという行為に首を傾げているようだった。


「オレは適当に買う、まずはこいつだ」

「ヒト族に服なんて必要かねぇ……食用なのに彼らは服を求める。不思議なもんだよ」

「いいから、金は出す」

「わかった、わかった」


店長はぶつぶつとボタンを見ながら並ぶ衣類を物色する。

ボタンは怯えてオレの腕にしがみついてきた。

ぽよん、と膨らみが腕に押し付けられる。


「ふみゅ」

「誇れ、お前の手柄だ」

「ご主人様ぁぁ……♡」


ぎゅうぎゅう乳房を押し付けてくる。

キメラの求愛行動か何かだろうか。

柔らかさにも慣れてきた。


暫くして用意された白いタートルネックのワンピースをボタンが着ると、見事に裾を引き摺っていた。


「ぶみゅ……」


ボタンは不服そうにしているがオレはこれで良いと思った。

胸元は強調されていてキツそうだが、顎は襟に埋もれている。手足も隠れていた。

何より尻尾が見えずに済んでいる。


「丈の調整は?」

「いらん」


ぱっと見、ヒト族に見えなくもない。

黒いフード付きのマントを被せて、頭部もすぐ隠せるようにした。


「お似合いですよ」


店主の目は明らかにボタンの胸元へ釘付けになっていた。

不愉快だ。

オレはボタンの細腕を掴んで金貨を一枚放り投げた。


「釣りは要らない、このまま買っていくぞ」

「おや、太っ腹!ありがとうございました!」


ボタンはオロオロと店主とオレを見比べている。

鈍い奴だ。

こいつはオレがいてやらなければいけないようだ。

やれやれ、先が思いやられる。

次は宿屋だ。野宿慣れした身体にベッドは心地好いだろう。

奴隷はベッドなんて知らないはずだ。

ぴょこぴょこ覚束無い足取りで歩むオレの契約者に教えてやろう。


奴隷の暮らしはろくなもんじゃない。

骨の髄まで普通の暮らしを味合わせてやる。


こうしてオレたちの物語は始まった。

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