幕間1, 休息
「これだけは譲れない!」
「同感だ」
部室の扉を開けると同時に聞こえた会話である。バチバチと二人の間に火花が走る。まだ五月だというのに真夏並みの熱気が教室を襲う。原因はこいつらである。
「……何してるの、颯一と臎は」
近くで傍観していた煌煇に問いかけ、いつもの指定席に座る。あはは、と困ったように笑いながら彼は返す。
「僕らが中学生のときに“
「今となっては伝説のJCバンドだっけ」
「そうそう。今度の演奏会で弾く曲、決めるの二人でしょ?その曲から発展したんだよ」
「あー……」
ただの日常茶飯事であった。
Rose stone。七人の女子中学生で構成されていたバンドで、高校生になると同時に解散し、五十曲にものぼる彼女らの唄は今でも人気である。たまにスーパーなんかで流れている。
こちらとしては恥ずかしいったらありゃしない。
基本ベースを弾きながらのボーカルだからという理由。ほんのしょうもない理由で大抵歌うのは私である。本当に勘弁してほしい。
臎と颯一はこのバンドの元リーダー、野薔薇の大ファンである。よくライブ会場やら握手会やらで、最前列を勝ち取っていたことだけ覚えている。高校から出会ったはずが、実は中学からの顔見知りなのである。まぁ、二人は気づいてなさそうだが。
さて、目の前の茶番を本題に戻そう。先ほどから火花は散っても話は進んでなさそうだ。
日常茶飯事、と言ったが二人がこの件で揉めるのは、帰宅時空に飛行機が飛んでいるのを目撃する確率とほぼ同格だ。つまりは殆ど毎日、ということである。
「だからさぁ! “御法度はお手の物”の方が百合に合ってるんだからこっちの方が良いって! ドラムソロもあるし!」
「いや、“君と凶行”の方がバンドらしいしベースソロあるしキーボードソロもあるから印象に残りやすい。何より百合の音域にあってるのはむしろこっち」
「いやなんで私の音域とか合ってるとか分かるんだよあんたら」
「「百合は黙って」」
仲良いなぁ、なんて呑気にお茶を啜る煌煇を余所目に溜息が出る。綺麗に一言一句同じことを言うくらいなのだから喧嘩なんてしなければいいのに。
「なら両方すれば良いじゃないの」
と発言したと同時に三人が一斉に此方を見た。やばい、失言したと察知する。逃げるように黒板の方を見ると三人がにじり寄ってくる。
おい、辞めろ。そんな所で息を合わせるじゃあない。
心の声は届くことはなく耳元で「お前にできてもこっちは期末テストで死ぬんだぞ!」と怒鳴られる。授業をまともに聞かずに赤点を取る組に言われたくはない。やるとなればテストを放置して演奏を完璧にしてくるくせになにを言っているんだか、と思う。
「じゃあ生徒会長呼んで勉強会でもなんでもすれば良いじゃん……。試験の結果次第でお前らの夏休み無くなるよ」
まぁ煌煇は大丈夫だろう。毎回器用と言える程に学年平均点しか叩き出さない。此方がびっくりするほどである。
問題は馬鹿二人である。うちの学校謎制度により、同学年同部活在籍赤点保持者がいる場合、強制的に補習を喰らう。その間同学年の私たちは部活もできなければ、補習参加を命じられる。昨年先輩は引っかかって地獄を見たらしい。
火花が止んだ。そう思ったら今度は固い握手を交わしていた。停戦協定でも結んだのだろう。試験はそれほどまで恐ろしいか、と思ったが違う。
生徒会長特別講習だけは避けたいようだった。理由はまぁ、スパルタだからの一言に限る。私もついていける自信はない。
「さ、勉強、じゃなかった部活しよ! ね?! 百合!」
焦るように臎は私にそう述べた。本当に馬鹿らしい。それでも。
「退屈はしないわね」
呟きと共にくすりと笑い、楽器を取り出す。
私はこの日常を守っていきたい。
その決意が揺らぎそうになるまで、あと二ヶ月。そのことを私はまだ、知らない。
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