「基礎疾患のない40代男性」がコロナで入院した話
いのうえ
序章
その日は快晴で、日差しがじりじりと照り付ける危険な暑さだった。後から知った話だが、この日は梅雨明けの前日であったらしい。梅雨明け直前の晴れた日は、既に本格的な真夏の陽気である。いつの頃からか鳴き始めていた蝉の声も、この頃にはずいぶん増えていた。
私が乗った「民間救急車」というらしい、ストレッチャーを積んだだけのバンと言えなくもない初見の乗り物は、信号を左折して、病院前の通りを抜けて、そのまま病院正面前に横付けする。そういえばサイレンって鳴ってたかなぁ? 鳴ってないよね。民間らしいし。
「いのうえさーん、着きましたよー。ゆーっくりでいいのでね。まずは荷物をこちらへね。お渡しくださいね。それからゆっくりこっちへ、降りてきて」
病院の事務職の方だろうか? 私よりは確実に年上であろうお姉様に言われるがまま、リュックと手提げ袋の2つを手渡す。渡した荷物がまるで危険物のように(他人にとっては比喩でもなんでもなくその通りだが)慎重に袋詰めされていく姿を、車の窓越しに確認してから、私はゆっくりと腰を上げ、ゆっくりと車内の中を歩き、階段に足を掛けた。別に大物ぶってるわけじゃない。今はこれ以上早く動くと呼吸が乱れて面倒なことになる。どうやらこれが肺炎ってやつらしい。もう43だというのに知らんかったよ。今もよく知らんけど。あとで「肺炎」でWikipediaだな。まだチェックしてなかったわ。
と、頭の中は高速回転させつつ、極めて緩慢な動作で階段を降りた私は、先ほどから私に声を掛けてくれていたお姉様に軽く会釈をし、用意されていた車椅子へ着座した。折り畳み式で、悪路に強そうなタイヤの軽快そうなやつだ。「バギータイプか」などと考えてると、着座とほぼ同時に、指紋認証のような装置に左手の人差し指を挟まれる。
「はい!では行きますね、いのうえさん。足こっち乗っけてね」
「えっ、ここ、正面玄関!?」
(こういうのってなんかこうひっそり裏からとかじゃねえのかよ。あれ受付だろ。病院イチ人多いところだろ。ジジババいっぱいいるじゃねえかよ!)
そう言いたかったが、お姉様を止める手立てなどあるはずもなく、ビニールが被せられた車椅子に乗せられた男は、新型コロナウィルス対応も含めた地域医療の要衝の一角であり、43年前に自らが生を受けた病院へ、正面から勢いよく飛び込んでいくのであった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます