バナナってなんだろう
荘園 友希
儚孤抄
―世界は欲している―
私たちの生きている世界はあまりにも不安定な状態で安定している。不均衡ともいうべきだろうか。男女比といい、年齢といいあまりにも不安定すぎる。高校生になった私の周りも、不安定だった。私は安定した何かを欲していてインターネットの世界に飲まれた。そこにはいろんな仕事の人がいて、いろんな年齢の人がいて。安定状態を保っているのはそこにある厳格なルールが存在するからなのだろう。190X世代はインターネット第一世代で、ルール作りを積極的に行っていた世代である。今では小学生でもインターネットを楽しむのでルールがなければおのずといけない方へと流されるだろう。フィルタリングなんていう技術もあったみたいだけれど、検閲制度ができてからというもの、子供はインターネットにおいては檻の中から出る事が出来なくなった。中学生までは検閲により、制限がかけられているが高校生になると自己管理になるから合法な世界も非合法な世界も行き来できるようになった。今でも第一世代の残した遺産は大きい。世代交代によって今では私たちは第五世代とされていて、第六世代が次に待ち構えている。第五世代で今流行っているのがyoichというソーシャルメディアであり、グローバルに広がり、世界の人と同時翻訳で話すことができる。中には多くのコミュニティが存在して、行政から個人までその幅は広い。
「ねぇ、キリカー、キリカってば‼」
「あ、ごめん。何、羽衣」
「またネット?よく飽きないね。もっと青春を謳歌しようよー」
「私は今青春しているのです」
「そんなこといってさ、私との会話は青春じゃないわけ?」
「そういうわけじゃないけど…」
羽衣は幼馴染で小学生の頃からクラス替えの度に同じクラスになって別々のクラスになったころは一回もない。
「ネットばっかじゃ青春は謳歌できないよ」
「そうでもないと思うけど、羽衣はしないの?」
「しない事はないけどやっても最小限かな。それより、今この時を大切にしたいんだ」
私だって今を蔑ろにしているわけではないが、ネット依存症と言われればそうかもしれない。
「そういえばさ」
「うん、なに?」
「yoichでさ、yoiyoiってコミュがあって、もしかしたらキリカにクリティカルヒットかもね」
聞いた当初はあんまり気にはしていなかったが、今になってとても気になってくる。
時間は午前三時。外は誰もいない静寂の中で、それに反してyoichは騒がしかった。きっとオリンピックの影響だろう。夏季オリンピックの年で、今年は初めての台湾が競技国に選ばれた。台湾独立から二十数年がたっているけれど近年の台湾の経済情勢は変わりつつあって、インフレが各地で起きているらしい。かつて台湾新幹線というのがあったが高すぎて経済活動に用いられることがなかったが日本製のリニアの導入は大きなインパクトを与えた。台北から台南まで約三十分で結ぶのだからその速度は普通ではない。そのおかげで台南の経済活動が活発になって西側は順調に成長していき、先進国となることができた。台湾は今まで中国の一国とされてきたが台湾がこれに猛反発した過去もある。中華民国という名を捨てて現在に至る。
―みんなオリンピック見てますか―
私は自分の所属するコミュニティに話しかけた。
―見てる観てるーすごいよね。今年日本は全種目でメダルじゃない?―
―歴史上もっとも活躍できる五輪なんじゃないかな―
みんなオリンピックムード全開だった。そんな中、ひときわ目立つ文字列を私は目にした。
―それよりこっちみてよ―
こっち?どっちのことだろう。私たちの側ではないのだなと直感で分かった。しかもDMでも同様の内容が送られてきている。
―こっちってどっちですか―
返信してみたけれどその後反応はなかった。昼に羽衣から話を聞かなかったらわからなかったけれど、もしかしたら非合法なコミュからのアクセスかもしれないと感じ取れた。
「キリカおはよ!昨日の陸上みたー?」
「yoichで観てたよ」
「それは観てたとは言わない。コメント読んでただけでしょ」
「それよりさ」
私は昨日届いた不審なDMについて羽衣に聞こうかと思った。
「変なDMが届いたんだよね。プライベートなんて少しいやらしいよね」
「なにそれ!やらしー。でもそれyoiyoiの誘いDMじゃない?なんか唐突にDM送るって聞いたことある」
私の中で何かがよぎった。それが何かはまだはっきりしないけれど、鋭利な何かが私の背中に突き刺さるような思いだった。
「yoiyoiってどんなコミュなの?」
「合法なものから非合法なものまで、コミュニティのなかでさらにグルーピングされてるみたい。噂だけどね」
「ふーん」
「もしかして、怖いもの見たさ?」
「いや別に」
家に帰ると居ても立っても居られない気持ちでいっぱいだった。昨日のDMはどういう意味なのだろうか。カワイイリンゴマークがあしらってあるスマートフォンを立ち上げる。すぐさまyoichを起動すると昨日はなかったもう一通のDMが目に留まった。何かのURLだろうか。リンクが張り付けてある。リンクの末尾にはyo:yo:と書いてあった。そうか、これがyoiyoiなのか。羽衣はyoiyoiと言っていたけれど、実際の名前はどうやらyo:yo:らしい。これを見間違えたのか都市伝説化する過程で間違った情報にすり替えられたのだろう。私は恐る恐るリンクをタッチする。するとyoichが立ち上がって認証が出てくる。承認をタッチするとyo:yo:の中に入ることができた。何で私が招待されたのかわからないけれどとにかく話を聞いてみることにした。確かに色々なコミュが存在して、どこに入ればいいのか迷ってしまう。しかも名前がぼやかされていて何をやっているコミュなのかが明確にわからないという点は羽衣の説明は一応正しいらしい。一番最初に入ったのは出会い系コミュだった。Yoichでは出会いを求めたコミュは禁止されているのでコミュ名もうまくわからない状態で入ったのだけれどどうやら中身は出会い系だった。―皆さんどうやってこのコミュをしりましたか―
私は一番の疑問であり、簡単な疑問を周りに投げかけてみた。返答はなかった。そのコミュをでて次のコミュへ入る。やはり詳しい情報は手に入らなかった。いくつかのコミュを回っているうちにあるコミュにたどり着いた。
yo:yo:@YYというコミュだった。ここも出会い系らしいが一般的な出会い系でよくある異性同士の交流を求めた人ではなく、同世代の出会いを求めたコミュらしい。
―はじめまして―
―どうも、初めまして―
すぐに返答があった。キァというらしい。
―キァさんはどうしてこのコミュニティに招待されたのですか―
唐突だけれど核心に迫る質問を投げかけてみた。
―なぜだかはわからない。いつの間にか招待されていたよ―
―キァさんはコミュで今まで何をしてきましたか―
―一通りの事はしたよ。非合法なものも、合法なものも―
少し背筋がゾッとした。本当に非合法なやりとりがされているのだと再認識した。
―たとえばどんなことですか―
―それは言えないな―
―それは言っちゃダメな約束なのですよ―
―あなたは誰ですか―
突然横やりを入れられた。
―スピカというであります。よろしゅうです―
話をしているとキァもスピカもどうやら高校生らしい。同年代の出会いというのはこういうことかと感じると共に少しわくわくする感覚があった。
―スピカさんはいつからこのコミュへ来たんですか―
―私は半年くらい前であります、突然DMが届いたであります―
やはり同じ手口を使って人を集めているらしい。するとキァが
―この世で欲しているすべてのモノがこのコミュにはあふれている。もちろんクローズドな世界だから数万人しか入っていないけれどね―
ひどく小さなコミュだということに驚かされる。聞いていくと、行動記録をつけるアプリケーションを通じて、近くの人を探索することで人を集めているのではないかという推測にたどり着いた。もちろん確証ではないけれど。
―皆さん都区内なんですね、なんか不思議です―
―そうかい?私はいままで同じ地域の人に多く出会ったよ―
そういうとキァは数人の人を呼び寄せてくれた。
―キァだ、スピカ、ミア、リン。新人さんだ―
―お~新人さんですかぁ、これは久しぶりです。―
ミアが最初にコメントをしてきた。ミアは都区内だけれど年齢が中学生ということでフィルタリングの対象になっているはずなんだけれどなぜ参加できているのだろう。
―親の名義のスマホなんです―
この出会いが、トゥルーエンドなのか、それともバッドエンドなのか、すべての始まりだた。
翌日に羽衣に話をした。全部包み隠さず。
「本当にあったんだyoiyoi」
「違うよyo:yo:ね」
「細かいことは気にしないの。ヨイヨイっていう方が読みやすいじゃん」
「どうでもいいけれど…」
羽衣はその辺の情報を探っていたらしい。
「いーなー」
「なにがよ」
「私も招待されたいー」
どうやら入りたいという人はあまり招待されることはないらしい。私がなぜ招待されたのかも謎なのだけれど。
「どんなところだった?」
「非合法なものも合法なものも、なんでもあるらしいよ」
「うおっ、非合法!なんか臭いますなー」
ちょっとキモイ口調で話してきた。
「まぁちょっとの間はやってみようかと思う」
「進展あったら教えてね」
うん、と相槌を打ち、家に帰るとまたyoichをみて、新着がないか確認するのだった。ここ数日というもの夜中にも関わらずキァとスピカ、ミアと話しっぱなしだった。
―学校いくのだるいであります―
―でもそうじゃないとまともな職域レベルになれないよ―
―職域レベル制度というのが悪いのであります―
―まぁ、スピカも少しは勉強しなさい。君はいつも感情的に行動している節がある―
―うわ、出た。キァの分析癖。キモー―
―人にそういう言い方をするものじゃないよ―
次第に面白くなっていき、ミアやリンも交えて話すことが増えてきた。
―新しい人が入ってくるとしんせんなのです―
ミアは中学生だけどどんな生活をしているのかは定かでなかった。というのも夜中には常にいるし、日中もログを残しているのだ。細かく調べようにもyo:yo:にいる人たちはほぼ全員と言っていいほどマイページをクローズドにしているのだ。なのでどんな人間なのかは実際に聞いてみないことにはわからない。これが摂理なのだとキァはいう。
―このコミュってどんな人が集まっているんですか―
―YYのことかい?それはいずれわかるだろう―
キァは濁した。その時は何を言っているのかは全くわからなかった。
数か月の間をyo:yo:で過ごしたある日。
―皆さんに聞いて欲しいことがあります。今週の日曜日に新宿でオフ会をやりたいと思います―
先陣を切ったのはミアだった。中学生なのに怖くないのだろうか。そんな疑問を持ちながらも周りの反応をまった。
―そうだね。そろそろ潮時だろうね―
―了解であります!―
―はぁい、何時にしますかー―
―夕方六時頃でいかがですか―
ほかの四人も同意した。
午後六時、新宿南口をでて左手にバスタを見ながら私はスタバに足を運んだ。今年は猛暑であり、夕方なのに三十度を越える暑さだった。集合場所は知らされなくてGPSのロガーで各々の位置情報を確認できた。各自新宿につくと連絡を入れることになっている。
―みなさん、新宿にいるみたいですね。GPSで確認しました。では皆さん集まってください。場所を指定すると検閲を受けるかもしれないので言えませんが、GPSを頼りに来てください―
ミアが先陣を切ってメッセージを送ってくる。GPSロガーを見るとバラバラだった各々がどこかに収束していくようだった。私は重い腰を上げて、まずキァがいるところに向かった。キァは西口をでて家電量販店のある方へ向かっているらしかった。ミアは南口のバスタにログを残しているが東口に向かって移動を始めた。
キァの近くに着くと連絡をいれた。
―キァ、どこにいますか―
―君は目に入っているよ。さがしてごらん―
私の姿が見えている?そんなにキョロキョロしていたのだろうか、目立ったみたいだった。
―こうして傍観しているのもたまには楽しいね。そう、そっちの方向―
―あまり個人情報をここに乗せるのはやめてください。別アプリを紹介するのでそちらで連絡を取りましょう。検閲からも逃れられると思います―
メッセージにリンクが貼られている。ミアお手製のアプリでアプリストアを通さないでインストールできるのが特徴だった。
―ミア、きみはまたこんなのをつくって―
―でも、おかげで助かるであります―
―そうねぇ、検閲されると困るものねぇ―
アプリをインストールし終えると五人に特化したアプリらしくロガーとともにコメントを残せる機能がついている。中学生なのによくこんなプログラミングができるものだと感心した。
=キァ、今どこにいる?=
=その先のスタバのテラスで君をみてるよ=
家電量販店をまっすぐ行くとその先にスタバがある。ここだろうか。ただでさえ挙動不審ので少し落ち着こうとスタバでマンゴーのフラペチーノの大きいサイズを買ってテラス席に行った。一人しかいなかったので苦労はしなかった。
「キァ?」
「待ちくたびれたよ、お初だね」
「初めまして、よろしくおねがいします」
「そんな気負いすることもない。同世代なのだから」
「はい」
少し大人びた印象のキァ。
「こんな大きいサイズを買って、なかなか動けないじゃないか」
「すみません…」
「まぁいい、その間にミアが残り全員と合流するだろうから、それから私たちも動くか」
するとミアは東口から一人と一緒になって西口につながる地下通路辺りでもう一人と合流している。そして今、私たちの方に向かって動いている。
「さぁて、そろそろお目見えかな」
「キァにはもう少し補佐をしてほしかったのですが」
「ミア、久しぶりだね。隣でこんな大きいフラペチーノを頼んだ子に移動しろというのも酷だろう」
「それもそうですね。不問とします。」
「皆さん初めまして!スピカであります」
「はじめましてぇ、リンですぅ」
キァとミア以外は全員初対面らしかった。
話始めると皆盛り上がり、学校の話やら、プライベートの話やらを話始める。そして最後に
「では、目的地にいくか」
目的地?私は聞いてなかったので疑問符をなげた。
「キリカは何もわからないのですね」
ミアが口を開く。
「私たちは少しずつ死へと向かっているのです」
「はぁ…」
よくわからないが、人間は生まれたときから死に向かうというのは間違いではないからとりあえず相槌を打っておく。
「これから行くところではyo:yo:@YYの話は出さないようにしてください。すでに消してあるので検閲されても問題ありませんが」
そういうと私はとっさにスマートフォンを出し確認する。確かにこれまで上位にあったyo:yo:@YYのログが消えていた。
「私たちはいったい…」
「死に急ぐものたちの集まりなんだよ」
「えっ」
私は動揺を隠せなかった。
「死とは万物の至るところだ。今更死が怖いということもあるまい」
「死ぬ瞬間を動画でとれるとは楽しみであります」
私は理解が追い付かなかった。
「それではみなさん。行きましょう」
私以外の仲間は皆顔が明るくてそんなことを考えているような風ではないのに、今から死ぬといっている。とりあえず後をついていくが南口から遠く離れた西新宿の裏路地にその店はある。雑居ビルのエレベータに乗ると地下一階のボタンを押す。ひやひやして変な汗をかいていた。地下に着くと英国紳士とも呼べなくもないようなドレスコードの男性が案内してくれた。
「ではどうぞ、こちらへ」
言われるがままに奥の部屋へと通される。十個ぐらいのポッドが放射状に配置されている。
「私たちは今から別の世界線へと向かっている」
「そう、現世でもない、天国でもない世界に行こうとしています」
「トリップできるなんて幸せであります」
「やっとここまでたどりついたわねぇ」
変な汗が未だに止まらない。私は今、死ぬ?知らない人と。いや、厳密には知らない人ではないのだけれど、初めて会った人達と心中しようとしている。怖くて足が震えた。
―羽衣、助けに来て―
メッセージでとっさにロガーとともにメッセージを送っていた。
ポッドにそれぞれが着席し、周りとの通信をリンクする。
「ではあちら側の世界で会おう。先に行っているよ」
とキァは残して、キァの通信が切れる。周りをキョロキョロするとキァのポッドが今まで青く光っていたのに消えている。
「では私も、いきますね」
そういうと次々と光が消えていく。
最後に私の番になると、私は怖くて手が震える。どうしたらいいのだろう。こんなコミュニティに入らなければよかった。みんな仲良く話して、オフ会で死ぬなんて、思いもしなかった。これが世界が欲している姿なのだろうか。静かに眠りにつこうとしたその瞬間。誰かがドアを激しくたたいて、店員をかき分けてるように部屋に入ってくる。
「キリカ!キリカ‼」
羽衣だった。
「何危ないことしてるの‼」
ポッドを無理やりこじ開けて、私の顔をたたいている。その時の羽衣の顔ったら怖い顔していて、汗だくで、ちょっとおもしろかった。
「何もしてないよ」
「それは非合法なトリップだよ!」
初めて聞かされた。
その後私だけポッドが光ったまま、その場で四つん這いになって、汗と涙が出てきた。
ごめんみんな。ごめん羽衣。
しばしすると羽衣が水をもってきてくれた。
「本当に死ぬところだったんだよ?私がyoiyoiの話なんかしたから…‼」
「羽衣、違うよyo:yo:だよ。」
そういう私の目に輝きはなかった。
それから数年たつ今も、私は皆のことを忘れない。本当に死んだのだろうか、それとも、トリップとは名ばかりで、ぴんぴんしてどこかを彷徨っているかもしれない。その後私はyo:yo:から抜け出して、更生プログラムを受けることになった。支配されていた私の心は次第に戻っていき、現実へと戻っていくのだった。
―あの日々はなんだったのだろうかー
―あの人たちはなんだったのだろうかー
のちに語られることではないけれど、彼らは集団での心中をこなしたらしいことが後でわかった。
世界は欲している。
それは増えすぎた人口の死だった。
私はまだ向こう側へはいけない。
ごめんね、みんな
ごめんねミア。みんなすきだったよ
そういうと私はスマホを機種変し、こっちの世界で羽衣と新たな生活を過ごすのだった。
バナナってなんだろう 荘園 友希 @tomo_kunagisa
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