第44話 まさか、嫌われてなかったなんて

 テオとレイシーは、ブルトカールの貴族の屋敷に潜入していた。ドルイトス伯爵という、奴隷好きの有名な貴族だ。

 奴隷の数や種族などを調べて、ノエルに報告するため、気配感知を使いながら、見つからないように器用に移動していく。




「数は?」


「四二です」


「……こいつが一番腐ってんな」


「はい、いろんな種族も……人族もいます」


「そうか……」


「それから、拷問を受けている奴隷がほとんどです。栄養状態が悪く、手足を失っていたり、中には手のひらに穴が空いている者もいました」


「わかった」


 テオは今すぐ助け出したい衝動を、なんとか抑えた。直接目にしてきたレイシーも、怒りのあまり眉間に深いシワがよっている。

 まだ計画の途中だ。ノエルの計画なら、ここにいる奴隷たちもみんな救い出せる。


「それと、探していた悪魔族は、ここにいます」


「見たか?」


「はい、チラリとでしたが、たしかにウェーブのある赤い髪に緑の瞳でした」


「よし、戻るぞ」




     ***




 宿屋の一室はノエルの執務室になっていた。防音と防視に加えて、侵入禁止の結界も追加されている。国王とのやりとりも始まったので、機密書類が増えたためだ。



「あぁ、ようやく国王から許可証が届いたね。これで動ける。アリシア、ライルとアシェルはどれくらいいける?」


「そうですね……能力は上級祓魔師エクソシストに引けをとりませんが、経験値が足りません。少し下めの中級祓魔師エクソシストってところでしょうか」


「わかった。明日より計画に参加するから、今日はアリシアも一緒に休んでいいよ」


「承知しました」


 突然の休日宣言にライルとアシェルは、歓声をあげていた。この数日間で、すっかりアリシアに懐いていたふたりは、一緒に遊んでとまとわりついている。


「ライル、アシェル。遊んでもらいたいなら、後でテオに頼むといいよ。好きなお菓子でも買ってもらうといい」


 そう言って、ノエルは今日のお小遣いだと銀貨を一枚ずつ握らせた。



 アリシアの休日に、獣人族が一緒に遊ぶなんて……そんなの許せないね。年齢なんて関係ない。排除一択だ。



 そんなノエルの心情に気づいてないのは、アリシア本人と、銀貨をもらって大喜びしているライルとアシェルだけだった。




 何度か国王と手紙のやりとりをした後、ノエルは日が落ちてから、貴族の盛装に着替えはじめた。光の加減で模様が浮かぶ黒のジャケットは、ノエルの金髪を際立たせている。



「それじゃぁ、国王のところに行ってくるから、留守番よろしく。明日の朝までは、みんなゆっくりしてていいよ」


「ノエル、気をつけてな」


「うん、行ってきます」



 そう言うと、ヒラリと空へ羽ばたいていった。

 いま執務室にいるのはアルブスのメンバーとベリアルだ。グレシルは別室でライルとアシェルが買ってきてくれた、デザート用のお菓子を吟味している。



「よぅ、レオン。久しぶりに一緒に飲もうぜ」


 ノエルがいなくなった途端に、テオが肩を組んできて逃げられないように、ガッチリとホールドされた。


「あ、いいなー、私も飲みたいです! 休みの日の締めくくりに!」


「それなら、私もお邪魔していいかしら? レイシーも来るわよね?」


「行きます。レオンに聞きたいことあるので」


 俺が返事をする間もなく、元同僚たちと飲むことが決まってしまった。いや、コイツらなら全然いいんだけどさ。


「ベリアルたちも一緒に飲むか?」


「私たちはライルとアシェルと、串焼き買いに行く約束してるから大丈夫! レオン様は久しぶりだろうし、楽しんできて」


 あ、気を利かせてくれたのかな。こういう気遣いができるところ、ベリアルのすごいところだと思う。


「じゃぁ、悪いけど行ってくる」


「本当に平気だから。いってらっしゃい、レオン様」


 ふんわり微笑わらうベリアルを部屋に残して、階下の食堂兼酒場へむかった。もちろん、みんな悪魔族の角付きだ。内緒だけど、エレナが何気に一番似合ってる。


 え、なんでエレナは俺のことジッと見てるの? まさか、考えてることバレてないよな……? ハハハハハ! さぁ、気を取り直して、飲もう!




「「「「「カンパ————イ!!」」」」」



「ぷはっ! 仕事明けの一杯は最高だな!」


 たしかに今日一日めいっぱい働いたテオが、ジョッキに入った麦芽酒を飲み干した。「お姉さーん、おかわりくださーい」と速攻でうけとり、二杯目に突入している。

 この飲みっぷり変わってない。このペースに煽られて、何回ツブれたことか。


「お疲れ様でーす! 今日は何にもしてないけど疲れましたー」


「あら、何だかんだノエルの様のそばで手伝ってて、疲れたのではなくて?」


 アリシアはノエル様が近くで見れるのに、別の部屋にいるなんてもったいないと、結局は執務室で手伝いをしていたのだ。


「うーん、なんかもっと身体動かさないと、働いた気がしないです」


「それはわかります。私も一日に一度は、ナイフを的に当てないと落ち着かないです」


 レイシーがにこやかに、物騒なこと言ってる。ていうか、『私も』の定義まちがってないか?


「それよりレイシー、聞きたいことってなんだよ?」


「あっ、あの……悪魔族で使っている、飛び道具とかあれば欲しいなと……」


 本当にブレない。給料のほとんどを暗器に注ぎ込んでるのは、伊達じゃない。


「悪魔族って、基本的に魔力使うから、武器ってないんだよな。代わりにオーダーメイドならできるけど?」


 多分、ロルフがそういうの得意だ。風呂のダイヤルとか器用に作ってたから。


「え……暗器のオーダーメイド……ですか?」


「うん、レイシーには世話になったから、一個作ってやるよ。どんなのがいい?」


「え、ちょ……夢のような話しで、ちょっと……ああ、もう無理! 原案考えてくるので、今日はこれで失礼します! おやすみなさい!」


 感情の乏しいレイシーが、珍しく頬を赤らめて部屋に戻っていった。興奮して、鼻血とか出してないといいけど。




「さすがレオン。レイシーをあそこまで興奮させるなんて、やるな。……お前が戻ってきたら、みんな喜ぶのにな」


「それはないだろ? そもそも俺あっちでは嫌われまくってたし」


「え? 何をどうしたら、そんな勘違いするの!?」


「そうね、レオンが嫌われているなんて、聞いたことないわよ?」


 こっちがエエエ! なんだけど!? あれは嫌われている以外ないだろ!



「だって呪われてるとか言われてたし?」


「あぁ、入ってきたばっかりの、なんも知らない新人だな。ちゃんと全員教育したぞ?」


 あ、ちゃんと教えてくれてたんだ……そうか、毎月のように新人入ってきてたもんな。じゃぁ、これは?



「みんな俺と目が合うと、すぐ横むいて逸らしちゃうし?」


「そうね、でもそれは女子隊員だけよね? ドキドキして恥ずかしくて、目を逸らしてしまうと話していたわ。あなた、ノエル様と双子だって自覚ないの?」


 え、恥ずかしいだけだったの? あれ、そういえば、男子隊員は目が合ってたな。ノエルとは双子だけど二卵性だからな……なんとも言えない。

 だけど、さすがにこれは違うでしょ?



「でもさ、俺が行くとみんなサーって避けるんだよな。あれは嫌われてたんだろ?」


「レオンは聖神力が強すぎて、周りへの圧力半端ないんだってば。ノエル様の青い手袋みたいに、魔道具使わないと下級祓魔師はつらいと思うよ」


 ……………………そうなの?


「マジか——!! 全然、気づいてなかった!! なんか、今まで損してた気分……」


 元職場の真実に、レオンは衝撃を受けたのだった。

 その後もワイワイと四人で飲んだ酒は楽しくて、気づいたら夜明けを迎えようとしていた。


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