どうやら俺は乙女ゲームの世界で汚れ仕事をしていたらしいです。

鳩藍@『誓星のデュオ』コミカライズ連載中

よくある婚約破棄の裏側で

第1話 婚約破棄は突然に


 政治というものは、綺麗事だけでは成り立たない。

 その裏側では、決して表に出る事のない駆け引きがあり、時には法を犯す行いまでも許容される。


 諜報、誘拐、暗殺……勿論、政治家たちは自らの手を汚すはずもない。国の裏側で実際に手を汚すのは、別の人間。


 『暗部』『隠密』『影の者』など様々な呼ばれ方をする、そんな人間たちのことを、俺の国ではこう呼んでいる。



 ――『雄鶏』、と。



 ◆



「君のような悪女はもうウンザリだ! アンリエット、今日で君との婚約を破棄する! 私はエミリーとの真実の愛に生きるんだ!」


 フランセス王国の王城。その大広間のど真ん中で、この国の第一王子がエミリーと呼ばれた女の腰に手を回しながら、婚約者である公爵令嬢アンリエットに婚約破棄を叩きつけた。


 新年の始まりを祝う式典に集められた国中の貴族が、渦中の三人に釘付けになっている。

 会場で給仕を担当していた俺は、グラスを乗せた銀盆を片手に持ったまま、周りの貴族たちとは別の意味で呆気に取られていた。



 ――マジかよ、ここ乙女ゲームの世界だったのか。



「突然なにを仰っているのですか、ナルシス殿下!」

「黙れ! お前がエミリーに対して行った非道の限りを知らないとでも思っているのか!」


 綺麗な縦ロールの金髪を揺らしながら抗議するアンリエット嬢に対して、金髪碧眼の絵に描いたような美貌の第一王子ナルシスが、声高に訴えた行状もまたお約束なものだった。


 教科書を盗む、制服を切り裂くなど、男爵令嬢エミリーに対する取り巻きを使った嫌がらせの数々と、極めつけに階段から突き落として殺そうとした殺人未遂。


「証拠はすでに揃っている! さあ、連れていけ!」

「そんな! 何かの間違いです! 殿下、ナルシス殿下!!」


 王子の傍に控えていた騎士たちが、抵抗するアンリエット嬢を両脇から抱えて大広間から連れ出していく。

 あまりに唐突だった所為せいか、この場にいる全員が呆然と眼前の光景を眺めていることしか出来なかった。


「第一王子ナルシスの名において、今ここで、私はココット男爵家令嬢エミリーを正式な婚約者とすることを宣言する!」


 熱っぽいナルシス殿下の声が、シンとした大広間に響き渡る。殿下に抱えられた男爵令嬢エミリーは、ストロベリーブロンドの髪の下で白い頬をバラ色に染めている。


 そんな二人に対し、硬直していた貴族たちに徐々に非難めいたざわめきが広がっていったが、どこからか小さな拍手が聞こえたのをきっかけに、そこかしこからためらいがちな拍手がパラパラと上がった。


 ――人間が流されやすい生き物なのは、異世界でも変わらないようで。


 国王と王妃が席を外している現在、この場でもっとも地位の高い王族である第一王子の行動という事も相まって、最終的には大広間に居るほぼ全員が渋々と言った体で拍手をしていた。


 その光景を白けた目で眺めていると、俺の耳の後ろに彫られた伝達術式が起動する。


『ロラン、仕事だ。私の部屋に』

「了解」


 俺は未だ動揺から醒めきってない貴族たちの合間を縫って、給仕用の扉から大広間を離れた。



 ◆



 誰もいない王城の廊下を、銀盆にグラスを乗せたまま音もなく歩く。何回か角を曲がった所で、通路の反対側から『同僚』の姿が見えた。


 王城の使用人女性に支給されるくるぶし丈のメイド服には皺ひとつなく、菫色の髪はおくれ毛一つなく後ろでまとめられている。向こうも俺に気付いたようで、垂れ目がちの、髪色と同じ菫の瞳が微笑に合わせてゆるりと下がった。


「あらロラン、一杯貰っていい?」

「これから仕事だろ、メリーベル」


 お互いに軽口をたたきながら、廊下の中間地点にかけられている絵画の前に二人で立つ。

 絵の隅に『雄鶏』が書かれた、俺たち専用隠し通路の扉。

 メリーベルが額縁の裏側に隠されているつまみを動かすと、絵画が静かに横へ滑る。後ろから現れた人一人通れる程度の隠し通路の中に二人で素早く入り、裏側から絵画を戻して再び通路を隠す。


「何があったのかしらね。客室の方では異常はなかったけれど」

「大広間でバカやった第一王子の尻拭いだろ」


 王宮に宿泊する諸侯の客室を準備していたメリーベルに、大広間での出来事を簡潔に伝えた。


「ココット男爵令嬢って、例の? 学園で殿下に付きまとってたって言う元平民の」

「そ。セルジュが愚痴ってたやつな」


 ここにはいない同僚が、酒の席で零した嘆きを思い出す。


 曰く、学園でナルシス殿下の行く先々に現れる女子生徒がいると。

 殿下はそれを不審がるどころか、元平民の女子生徒を面白がり、ついには巡り会うのは運命だなどとほざきだした。

 遠ざけようとすれば不興を買って護衛任務がままならない……等々。


 無意識に、短く揃えた顎鬚をなぞっていた。前世と同じ、俺が考え込む時の癖だ。


 ――ここが乙女ゲームの世界で、主人公のエミリー・ココット男爵令嬢がナルシス殿下のルートを攻略したのだとすれば、つじつまが合うんじゃないか?


 俺が持つ、西暦2000年代の日本で生きた前世の記憶に照らし合わせて仮説を立ててみたが、無意味な行いだと気付いて頭を振った。


 たとえ仮説の通りだとして、ゲームはすでに主人公のハッピーエンドで終わっている。

 そもそも、乙女ゲームの概要は知っていても、前世で実際にプレイした記憶はなく、この世界のタイトルもわからない。


 結局のところ俺に出来るのは、今生で就いた『仕事』を粛々と行うだけだった。


「それにしても、陛下や王妃はどうしてお咎めにならなかったのかしら」

「ああ。隣国の皇太子殿下の対応で、席を外していた」


「陛下たちがいらっしゃらないのを見計らって事に及んだのね」

「多分な。殿下なら、国賓が挨拶に来る予定を把握できる」


 隠し通路の行き止まり、侍従長の執務室に通じる隠し扉に手をかける。


「……男爵令嬢がそそのかしたんだんだと思う?」


 メリーベルの言葉に、俺は振り返らずに答える。


「今からそれを調べさせられるんだろうよ」


 絵画に偽装した扉を開き、俺とメリーベルは執務室へと足を踏み入れた。


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