待ち合わせまで
目が覚めると、おばあちゃんの言葉が頭に残っていた。
「おばあちゃんも、お母さんも、魔女だった……?」
『それはすごいのだ!』
隣から声がした。トシローさんだ。
「おはよう、トシローさん」
『おはようなのだ。ミスズ、ミスズはもしかして、ワガハイの探している女の子と知り合いなのだ?』
「トシローさんが探している女の子……?」
そう言えば、前にトシローさんが言っていました。
『ある女の子と約束したから、魔女プロデューサーになった』
トシローさんの言う探している女の子はきっと、この時の女の子なのでしょう。
「トシローさんの探している女の子は、一体どんな女の子だったんですか」
『それが……よく覚えてないのだ』
トシローさんが首をかしげる。
「それじゃ、探しようがないじゃないですか」
『そうなのだ。あの時ワガハイ、まだ仔猫だったのだ、記憶があいまいなのだ』
ただ、とトシローさんは言葉を続ける。
『トシローという名前は、その女の子がつけてくれたのだ。気に入ってるのだ』
小さな女の子が、トシローなどという、地味な名前をつけるでしょうか。
もっとかわいらしい名前をつけそうなものですが……。
『もし、何か分かったらぜひ教えてほしいのだ』
「もちろんです」
そう思いながら、ふと考える。
もし、トシローさんが約束した女の子が見つかったら、そしたらトシローさんは、その女の子の元へ、行ってしまうのでしょうか。
そしたら私は、魔女だったことを忘れて普通の暮らしに戻ってしまうのでしょうか……。
『ミスズ、ミスズ、どうしたのだ?』
トシローさんが心配そうに私を見上げている。
今は、そんなことを考えているひまはありません。
今は、トシローさんが本物の魔女プロデューサーになれるよう、精いっぱい応援するだけです!
首を左右にふって、私はベッドから起きだしました。
その時、ベッドの横にある本棚にひじがぶつかりました。
「いたっ」
本棚から一冊、本が飛び出しトシローさんに見事命中。
『痛いのだ! あれ……』
「どうしたんですか」
トシローさんを見ると、彼は不思議そうに落ちて来た本を見つめていた。
『ミスズ、ミスズ。これ、昨日マサキから借りた本にそっくりなのだ!』
「え……?」
確かに、洋書風の装丁は、昨日見たものに似ています。
急いでベッドから飛び降り、鞄の中からマサキさんから借りた本を取り出す。
「……一緒……ですね」
『不思議なのだ。どうしてミスズが、その本を持っているのだ?』
「おばあちゃんの……かもしれません」
私の言葉に、トシローさんが目をかがやかせる。
『ミスズのおばあちゃんも、魔女だったのだ?』
「そうです。今まで完全に忘れていましたが……」
そう言いつつ、ふとトシローさんを見る。
もしかしたら、トシローさんが私を魔女にしてくれたから、思い出せたのかもしれません。
魔女の記憶をなくしたお母さんと同じように、私の記憶ももしかしたら、ふたをされてしまっているのかも……。
「だとしたら、やはり、トシローさんには本物の魔女プロデューサーになってもらうしかありません」
『そうなのだ!?』
もし私に、忘れてしまっている記憶があるのだとしたら、それを取り戻したい。
それに、もしかしたらその忘れた記憶の中に、トシローさんの探している女の子の情報があるかもしれません。
「そうと決まれば、善は急げです!」
ホウキの手入れの仕方を見ながらボロボロだったホウキをきれいにしました。
マサキさんに借りた本と、本棚から出てきた本、そして天馬先輩に借りたノート、全てを
約束の時間の三十分前。待ち合わせ場所に到着した。
ちょっと早く着きすぎてしまいました……。
そう思った時だった。
「再試験を受け始めたらしいな」
後ろから、低い声が聞こえて来た。ぎょっとして振り向くと、相変わらず無表情の烏谷先輩が立っていた。
「どうせうまく行きっこない」
「そんなこと、分からないです。そして、先輩には関係ありません」
「関係はある。そちらのせいで、こっちは大変だ」
「それはそうと、犯人は見つかりましたか?」
私が尋ねると、烏谷先輩はとたんに口を閉じた。
「その様子ですと、まだ見つかっていないようですね」
「範囲が広いんだ。そう簡単に見つからない」
「兄さんは、友達が少ないからねぇ」
はなれたところから快活な声がした。
「……マサキ」
「兄さん、ミスズちゃんの邪魔、しないであげてくれる? 今彼女、再試験のクリアに忙しいんだ。兄さんみたいな仏頂面が前の前にいたら集中できないでしょ」
「誰が仏頂面だ……」
「いっつもおんなじ顔じゃん。ほら、行った行った」
しっしと追い払う動作をするマサキくん。
烏谷先輩は、何度も振り返りながら去って行った。
「ごめんよ、兄さんが邪魔したね」
「いえ。……マサキさんは、どうしてここに?」
「ん? ちょっと買い物にね?」
「……そう言いつつ、実は昨日の俺たちの会話、聞いてたんだろ」
同じく無表情だけど、ちょっとだけこちらの方が表情の変化がある天馬先輩が後ろに立っていた。
「嫌だなぁ、人聞きが悪い」
「いーや、絶対にそうだ」
「たまたま、聞こえちゃったんだよぉ」
「お前、本当にたまたま、偶然が多いな」
大きくため息をつく先輩。
「一緒に来たいんだろ、勝手にしろよ」
「えー、いいのー?」
「しらじらしい演技はよせ。ついて来る気満々だろ、その荷物」
天馬先輩が指し示すマサキさんの手には、紙袋。
「あー、バレちゃったか」
「それ、一体何が入ってるんですか?」
「んー? 変装だよ、ヘンソー」
変装。一体何に変装するのでしょうか。
「それじゃ、ちょっと着替えてくるから待っててよ」
「ほっていく」
「アキト先輩は、絶対そんなことしない」
「頼むからその呼び方やめてくれ、本当に鳥肌たつから……」
鼻歌を歌いながら、マサキさんはお手洗いに姿を消した。
数分後。
「え、マサキ……さん?」
「なるほど、それが本当のお前の姿ってわけか……」
現れたマサキさんは、いつもとは真逆のファッションだった。
フリフリのワンピースに身を包んだ彼女は、ふわりと微笑む。
「いやー、この格好の方がやっぱり落ち着くねー。うんうん」
そう言ってから、少しだけ心配そうな顔をして私と天馬先輩の顔を見比べた。
「……やっぱり、変だと思う?」
「変じゃないですっ」
私の言葉に、マサキさんは目を見開いた。
「マサキさんは、その格好の方が自分らしくいられるって思うんですよね? だったらそれでいいんです。他の誰でもない、マサキさんがいいなら、それでいいんです」
「え、本当に……? 女っぽい格好よりボーイッシュな方がよくない?」
「どっちの姿でも、マサキさんはマサキさんです。マサキさんの好きな姿でいてくれればいいんです。私はどっちのマサキさんも好きです!」
「うわぁ、照れちゃうなぁ……。今のは、ライクじゃなくてラブの好き、かな?」
「それは、明確的に否定します」
天馬先輩はふっと笑う。
「それに今回は、悩める女の子の相談だ。その格好の方が都合がいいだろ」
「なんだよ、アキト先輩はこっちの僕、嫌い?」
「一人称と服装が合ってないぞお前……」
「ああそうだそうだ、最近この格好してなかったから、ついつい……」
マサキさんも笑う。
「あたしさ、周りに流されちゃったんだよね。マサキはボーイッシュな方が似合う、一人称が僕の方がモテそう、フリフリドレスより、ボーイッシュな方が絶対いいって。全部、周りの評価に合わせて変えて来た。でも」
マサキさんはくるっとワンピースで一回転。
「あたし、この格好が好きだったんだ。ああ、すっきりした!」
そう言って、マサキさんは私に抱き付いた。
「ありがと、ミスズ。どっちのあたしも好きだって言ってくれて」
パンパカパーン!!
「「「お前はもういい!!! 空気を読め再試験!!」」」
三人の声は見事に重なった。
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