探偵たちの休暇
さらぎれい
年下アイドル斎川唯
「楽しみですね。君塚さん」
中学生にして既に国民的アイドルとしての地位を獲得しつつある自称、最可愛アイドルの斎川唯が嬉しそうに、そう言ってきた。
「ああ、そうだな」
俺たちは今日、カラオケに行くことになっているのだ。俺たちというのは、俺・斎川・夏凪・シャルの4人だ。因みに、これは昨日突然、斎川が「せっかく仲良くなったんですからカラオケにでも行きませんか」と言ったのがきっかけだ。勿論、俺とシャルは拒否しようとしたんだが夏凪が「いいじゃん。行こう行こう」と乗り気になり、気付いたら雰囲気がもうカラオケに行くのは既定事項で、今から予定をたてるといった方向に向かっていったから、俺もシャルも参加することになってしまったのだ。
理不尽とは言わない。あの時、夏凪にカラオケも一回なら付き合うという事を言ったからな。
だが敢えて、理不尽というのなら
「なあ、斎川。どうして、お前の迎えに来る役をシャルじゃなくて俺にしたんだ?」
昨日の予定決めで有名人を1人で来させるわけにはいかないと誰かが斎川を迎えに行くことになった。それ自体には異議はない。なにせスーパーアイドルだ。1人で出歩かせるのはまずいだろう。しかし、その適任は俺ではなくシャルのはずだ。多少。いいや、かなりのバカだが戦闘力はかなり高い。そこらのチンピラ如き、誇張表現なしでイチコロだろう。そんな彼女ではなく俺を斎川は護衛に指名したのだ。
「いいじゃないですか別に。それに、君塚さんにとってはラッキーじゃないですか。こんなに可愛い女の子とデートできて」
そんな事を斎川は耳元で囁いてきた。熱心なファンならば何万、何十万出してでもしてほしいことなのかも知れないが生憎、俺からしたら、こそばゆいという感想しか起きない。(多分)
普段からシエスタという絶世の美女と一緒に居たんだ。今更、俺がときめくわけ………ときめくわけ………
それを確かめるため斎川の顔を改めてみる。
一瞬、きょとんとした表情をしていたが、すぐにスマイルを向けてきた。
ぐふっ。
流石はアイドル、、、
「あっ、君塚さん。今、落ちましたね」
年下のアイドルがニマニマと笑みを浮かべながら俺の頬をツンツンとつついてくる。
そんな事ない。
そう言うつもりが
「そう……かもな」
思わず口を滑らせてしまった。
それを聞くと斎川はさらに笑みを浮かべ
「特別ですよ、君塚さん。来月のライブから販売開始のこの『唯にゃ、応援ペンライト〜今日も明日も斎川唯〜』を差し上げま〜す」
服の中からペンライトを取り出して渡してきた。(念のため言っておくが中に服を着てたから別に何も見ていない)
「ペンライトか。一応、今出回っているものは前回、全て手に入れていたがこれは初めてみるな」
一瞬、斎川はきょとんとした顔をしたがすぐに合点がいったようだ。
「そうでした。そういえば君塚さんは既に唯にゃファンでしたね」
「なってない。言っただろ、あれも仕事の一部だ」
「ホントですかね。さっきは」
触れてほしくない話題に向かいそうだったので俺は慌てて話題の転換に努めた。
「それで、これはどうやって使うんだ」
「それはですね。ここをこうして、ここをこうすると」
斎川が俺の手の中にあるペンライトの各ボタンに付いて実演説明をしだした。
近い近い。髪が口の中に入りそうだ。それに、いい匂いもする。
はっ。
ここで俺は新たな事に気付いてしまった。こういうことをシエスタとしていると何がとは言わないが当たっていたのだ。待ってくれ。これは完全な思春期の男なら当然の気付きであって。
脳内で誰にしているのかも分からない言い訳をしていたが結局、アレの感触はなかった。
ふぅ。良かった。残念に思った部分がなかったといえば嘘になるかもしれないが安心した。斎川に対して感じているのは女の子に対するものというよりは親から子へ向けられる親心のようなものだ。多分だが。
「君塚さん、聞いてますか」
斎川の声で、自分1人の世界に風が吹き込んできた。
考え事をすると周りの事を忘れてしまうのは弱点だな。これは当然といえば当然だが、あいつはシエスタは出来たのだ。考えながら話を聞くということが。聖徳太子かっての。
まあだが、今回に関しては大丈夫だ。恐らくこれは使い捨てじゃないタイプのペンライトで使い方は
「ほら、こうだろ」
ボタンを押す場所によって色が変わる。これぐらいだろ。
「そうです。ちゃんと聞いてたんですね、君塚さん」
せっかく向こうが勘違いしてくれているんだ。乗らない理由はない。
「当然だろ」
シエスタをリスペクトした渾身のドヤ顔でこう返した。
が、斎川の反応は
「どうして変顔をしているんですか、君塚さん」
このありさまだ。
「変顔じゃないドヤ顔だ」
「えっ、ドヤ顔だったんですか」
心底、意外そうな顔をするな。
「いいですか、君塚さん。ドヤ顔っていうのはこうやるんです。どやあ」
ムカつく声と共に斎川は完璧なドヤ顔を披露してみせた。
感情表現が豊かなやつだ。俺なんて下手すぎてシエスタからは
「普通の人間は言葉よりも顔からの情報量の方が断然多いけど、君は逆だね。顔の情報量が少ない」
って言われてたほどだ。
「たしかに、上手いな」
「ええ、慣れてますので」
と今度は胸を張りながらそう言う。
プルプルプル
と、ここで電話がかかってきた。
「ちょっと、君塚」
夏凪からの電話だ。あと、斎川。近い。人の電話を盗み聞きするな。
「どうした?夏凪」
「もしもし、君塚?悪いんだけど。急いで来てくれる。なんか、シャルの機嫌が悪くて2人きりだと気まずい」
嬉しくない知らせだった。嫌だよ。俺だって機嫌の悪いシャルの近くに居たくねぇよ。
でも、これを口実に遅れるなんて言ったら怒られるだろう。
そうだ。
「夏凪、それは難しい。斎川が、お菓子が欲しいらしいから寧ろ、少し遅れる」
「なら私が……」
ぷーぷー。
夏凪が何か言おうとしていたが電話を切った。なんならついでにスマホの電源も落とした。
「よし、これで大丈夫だ」
悪いが夏凪。1人、犠牲になってくれ。これで危機は脱した。
「君塚さん、私を利用しないでくれますか」
「お前もさっきの電話聞こえてただろ?」
「はい。確かに時間を稼ごうとする君塚さんの気持ちも分かります。でも、あの理由はおかしいですよ」
「お菓子だけにおかしいってか」
はは。という乾いた笑みとともにそんなくだらいジョークを挟む。我ながら本当にくだらいと思う。
「君塚さん」
こわいこわい。そんなに怒るなよ。アイドルだろ。スマイル、スマイル。
「話の腰を折らないでください」
「すまん」
「罰として、君塚さんの奢りですからね」
「カラオケ代か?」
「いいえ、今から買うお菓子代です」
いるのかよ。じゃあ、なんで怒られたんだよ。
「あいよ」
でもまあ、これでいい感じに誤魔化せそうだ。
「どこに行くんだ?」
「ついてきて下さい」
そう言うと斎川は元気よく走り出した。
そして俺はそれを後ろから追う。
「これ、娘と父親みたいだな」
となんとなくそう思った。
探偵たちの休暇 さらぎれい @Reito1029
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