決着をつけましょう!
矢桜香苗
――
井上君のタワマンからの景色は凄い綺麗だったなぁ。地上十五階、付近に高い建物が何もないあの景色はスカイツリーさながらの絶景だった。それに比べて築三十年ボロアパートのアタシの住まいときたら、とてもじゃないけど井上君をウチに呼ぶことが出来ないよ。
『お、なかなか歴史を感じる家だね、隅っこ辺りからスライムかゴブリンが出てきそうだ』
なんて井上君に言われたら立ち直れそうにない。開き直る事なら出来そうだけど。
スライムもゴブリンも出てこないけど、ゴッキーさんは出て来たりするのよね。最悪。
ボドゲ沢山あったなぁ、今日も井上君家に行っちゃおうかな。
カタンもあったな。あれ一回に一時間以上掛かるけど、それでも遊んでみたい。
この二日間で分かったけど、井上君はどんなに負けても怒らない人だ。
ほとんどのボドゲには対戦要素が含まれていて、相手に対して嫌な事をする場面も多くあったりする。前園とも数回だけ遊んだ事があったけど、彼は負けず嫌いで、ちょっとでも自分が負けると分かるとゲーム自体を放棄してしまったり、ルールを曲げようとする最低の害悪プレイヤーだった。
ボドゲってその人の性格がモロに出る。
特に多人数ではなく、一対一の時にそれは出てくる事が多いのだ。
ゲームなのだから一緒に遊ぶ時は笑顔が良い。
怒ったり暴れたりするのは好きじゃない。
価値観と相性、井上君と一緒になれたら毎日が楽しそうだなぁ……。
「……あ、いけない、バイトいかないと。井上君家の全自動洗濯乾燥機便利そうだったなぁ。ウチにも欲しいけど、高すぎだよあれ……」
昨晩帰宅してから、彼の家の家具を何となく調べて軽く絶望した。
私が使ってる家具と桁が違う。冷蔵庫も、洗濯機も、掃除機も。なんならベッドも違う。
佐藤さんの同僚だって言ってたけど、もしかしてあの二人って超エリートなんじゃ。
「ええ、そうよ。佐藤さんが勤めてる若草商事はトップクラスの一流企業よ」
場違いかなってぐらいオシャレなカフェにて、私は冴羽ちゃんの言葉に耳を疑った。
カラオケのバイトが終わり、今日はレストランのバイトが無いから一緒に遊ぼって井上君に連絡しようとしたところ、冴羽ちゃんからの着信。前園の家に同棲してる時は誰とも会わなかったから、冴羽ちゃんに会うのだって二年振りに近い。
同窓に会う感覚で冴羽ちゃんと再会したのだけど、やっぱりと言うか。彼女はお嬢様だ。
井上君とお付き合いしてたのも納得の美人さん。多分、井上君と並んで歩いてたら誰もが認める美男美女カップルだったに違いない。別れたみたいだけど。
「若草商事って、都市開発とかデベロッパー業で凄いとこだよね。グループ会社に若草研究所とかあったはず……マジかぁ、佐藤さん超エリートじゃん。私ニートなのに。そういえば冴羽ちゃんも結構いいとこ就職したんだよね」
「甲斐通っていう広告代理店。名前くらいは聞いた事あるでしょ?」
「ある。私の人間関係凄い人達ばかりで凹むわぁ」
くてんと机にストロー咥えながら顎を載せる。
今飲んでるカフェラテだって私一人じゃ絶対注文しない。一杯二千円とか無理ゲーでしょ。
「凹む必要なんてないんじゃないの? 香苗だって元々有名な旅行代理店に勤めてたんだから。HTSだっけ? 出戻りとか出来ないものなの?」
「無理無理、唯でさえ競争率高いのに、しかも結婚もしてないのに寿退社しちゃったんだもん」
あの時の上司の白い目は今でも忘れられない。女性の尊厳を踏みにじった前園に対して物凄い文句を言ってたっけ。うぅ、先輩の忠告をちゃんと聞いておけば良かったなぁ。
「私と一緒に大学のミスコンに出馬してた香苗が、僅か二年後にバイト掛け持ちしてるとは」
「うぐぅ」
「しかも全てを捨てて同棲した相手はクソみたいな男とか、見事なまでの転落人生よね」
「もうやめて! 私のHPはゼロよ!」
「ふふ、なんて。でも、私的には香苗が解放されて嬉しかったな。先日の唯ん
ストローをくるくる回しながら、どこを見るでもない瞳で冴羽ちゃんは語る。
私はというと、注文していたパンケーキに瞳を輝かせていたのだけど。
「冴羽ちゃんも来れば良かったのに」
「……ん、ちょっとね。男関係で揉めててさ」
「井上君?」
「あ、唯から聞いたんでしょ。あの子、口軽いからなぁ」
「あはは、隠し事の無い方が人間関係スムーズにいくって信じてるからね」
「私にはそうは思えないんだけど」
BGMが心地良い店内で、冴羽ちゃんは俯いて指遊びを始める。
アンニュイな雰囲気の彼女は、それだけで絵になりそうな程に物憂げで。
そこから何となく察する事が出来るのは、冴羽ちゃんの井上君への想いだ。
「……まだなんだ?」
「……うん、頭冷やして考えてみると、何で別れちゃったのかなって。ちょっぴり後悔してる」
「……そっか」
冴羽ちゃんはまだ井上君の事が好き、諦めきれていない。
自分から別れを切り出してしまったのに、それを後悔している。
彼の側は居心地が良い。怒らないし、笑顔が優しいし、声を聴くだけで安心してしまう。
普通なら距離が縮まれば縮まるほど、相手の嫌な部分が見えてきてしまうのだけど。
彼は違う、どれだけ近づいても嫌な部分が見えてこないのだ。
多分、冴羽ちゃんは潔癖すぎたんだと思う。お嬢様みたいに育てられて、周囲もそう接してきたから。猫を被った相手しか知らない冴羽ちゃんは、井上君みたいな着飾らない接し方に慣れていなかったんだ。
離れたからこそ、相手の良さが分かる。
人間関係って難しいし、ややこしいものだ。
「湿っぽい話になっちゃったね。ごめんなさい。とりあえず何かして遊ぶ?」
「近くにラウワンあったよね。カラオケとか?」
「あはは、いいね。香苗と一緒に遊ぶなんて何年振りかな。あ、そうそう、近くにボドゲ専門店あるんだよ。そっちにする?」
「する! なに今そんなのあるんだ⁉」
「うん、車で三十分くらいかな。それ食べたら出発しよ」
パンケーキを急いで食べきって、私は冴羽ちゃんの車に乗り込む。赤い流線形を描いたフォルムにゴツクて大きいタイヤ。冴羽ちゃんが操作すると天井部分が動き出して、それはそのまま収納され映画さながらのオープンカーへと姿を変えた。
「すっご、かっこ良すぎじゃない⁉」
「女もカッコよくないとね」
ハンドルに手を掛け、地響きの様な駆動音を響かせ冴羽ちゃんは微笑む。
彼女はお嬢様なんかじゃない……サラブレッドを乗りこなすカウガールだ!
「冴羽ちゃん……私の彼氏にならない⁉」
「あはは、いいよ! 香苗が彼女だったら楽しそう! ……と、唯から電話だ。ちょっと待っててね。 ……うん、あ、今日はダメなんだ。香苗と会ってるから。……うん。ふふ、今から決着付けるとこだから、また今度ね」
「唯ちゃんどうしたって?」
「今日の夜空いてるかって。何だか私人気者みたい。でも、今日の私は香苗のものだからね」
「あはは、嬉しい。それじゃレッツゴー!」
最高に楽しい時間、だけど、私の心は少しだけ迷いを生んでしまっていた。
唯みたいに隠し事の無い人生の方が楽なんだと思う。
私の井上君への想いは、冴羽ちゃんには知られない方がいいのかな。
そもそも何も始まっていないのだし、このまま井上君とも距離を置いた方がいいのかも。
……でもなぁ。
――
次話「私はマグロ女じゃない!」
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