『異世界姫騎士転生おじさんと、アラフィフおじさん転生姫騎士』
東紀まゆか
異世界姫騎士転生おじさんと、アラフィフおじさん転生姫騎士
「だいたい、お主は肉体管理がなってない。暴飲暴食でたるんだ体、まったく不健康だ」
お人形の様な美しい顔をゆがませ、セリアは文句を言い続ける。
俺、なんで自分の娘みたいな女の子に説教されてるんだろう。
こいつ確か十七とか言ってたから、ウチの娘より年下だよな。
「少し走っただけで息切れしおって。私が毎朝、走り込みと、剣の打ち込みをして、お主の体を鍛えておる」
「ちょっと待て、剣の打ち込みって……」
セリアは必要以上のドヤ顔で言った。
「そちの世界が剣の所持を禁じておるくらい知っている。お前の娘が修学旅行とやらで買ってきた木刀でじゃ」
「あいつ、そんなもん買ってたのか……」
事の始まりは、三か月ほど前だった。
倦怠期の女房と、反抗期の高校生の娘を抱えて。
役職はないけど一部上場企業の正社員だし。
東京じゃないけど、四十年ローンでマイホームも買えたし、まぁ勝ち組かな、とは思ってた。
でも通勤電車の中で、やっちまった。
胸がチクン、としたかと思ったら、どんどん痛みが酷くなって。
満員電車の中で倒れたら、周囲から悲鳴が上がって。
それを聞きながら、意識が遠くなっていった。
次に目が覚めたら、若い女の子に囲まれていて。死んで天国に来た!と思った。
そしたら、自分の体を見て、更にビックリだよ。
動揺して「鏡はあるか?」って聞いたら、手鏡を渡されて。
自分の顔が、若い綺麗な女の子になってる。
なんじゃこりゃ、とか、会社はどうしよう、とか言ってたら。
『頭を打ったんだ。休ませろ』と言われて。
ベッドに寝かされてからも、えらい事になった、俺は死んだのか、とか思ってるうちに。
人間、不思議な物で、布団の中に横になってると、いつしか寝てしまうもので。
その夢の中で、この体の持ち主、セリアに出会った。
「私の体を、返せっ!」
さっきまで俺だった美少女が、いきなり掴みかかって来て。
夢の中で両者の体が触れ合った瞬間。
俺たちは全てを察した。
冴えないアラフィフのサラリーマンの俺と。
剣と魔法の世界の、十七歳の姫騎士セリアが。
どういう訳か、世界を越えて、互いの魂が入れ替わってしまったのだ。
手が触れた瞬間に、相手の記憶が、頭に流れ込み。
三倍ほど長く生きて来た俺の記憶を見たセリアは「い~や~だ~。私の体をか~え~せ~。元の世界にか~え~せ~」と、ずっと泣きわめいていた。
やっとこさセリアが泣き止んだ後。
俺たちは、自分たちが置かれた状況を確認しあった。
どうやら俺たちは、肉体が眠っている時だけ、夢の中で会えるらしい。
それから眠っている間は、一日にあった事の記憶を交換し、互いの存在に、なりきる為の注意事項を伝えあう大事な時間になった。
セリアは〝姫騎士〟の呼称通り、高貴な家の出で、この年齢で一個小隊を任される身だったが、なかなかの苦労人だった。
彼女の父親は、かつて第一王位継承権を持つ、この国の王子に仕えていたが。
急遽、導入された選挙制度で、第二継承権を持つ王子が王になった。
つまり、セリアの家は、負けた側についていたのだ。
それ以来、彼女の家は何かと冷や飯を食わされている。
セリアも不良女子の集まりみたいな、落ちこぼれ小隊の指揮を任されていた。
「あんた、ずいぶん酷い連中の指揮を任されてるね」
夢の中で会った時にそう言うと、セリアはお得意の、根拠のない自信満々な態度で言った。
「ふん、元の体に戻ったら、あんな連中、すぐに従わせてみせるわ」
「あ、もう全員、忠実な部下にしといたから」
俺の言葉に、セリアは美しい顔が台無しになるほど、大口を開けて驚いた。
「ど、どうやって?」
いくら説教をしても、聞き流す連中に。
隊長としての威厳を見せる為に、俺は言ったのだ。
全員、罰として三日間、昼飯抜きだと。
「そ、そんなので連中がいう事を聞くのか?」
「聞く訳ないだろ。毎日大暴れよ」
抗議したり反抗したりする連中を、適当にいなし。
彼女らのストレスが最大になった三日目の昼飯時。
ついに連中が、食堂に押し掛けた時。
前もって頼んでいた事を、炊事係に言ってもらったのだ。
「隊長はこの三日間、朝も昼も夜も、食事を召し上がっていません!」
そこにフラッと現れ、全員の注目を集めてから、フッ、と微笑んで言った。
「部下のお前たちが昼飯を食えんのなら、指揮官の自分は、三食抜かねばなるまい」
そしたら皆、感涙にむせんで「隊長~」と抱き着いてきた、と話すと、セリアが食い気味に聞いてきた。
「お主、本当に食べなかったのか?三日間」
「いや、食堂で食わなかっただけで、自分の部屋で食ってたけど。ほんとチョロいな、お前の部下」
「な、なんと卑劣な!しかしセラという女は一筋縄ではいくまい。一番、反抗的な奴だ!」
「あ、セラは俺の事……厳密にはお前の事か。姉御って呼んでる」
「ど、どうやって手なづけた?」
セラという娘は、確かに反抗的だった。
反抗の為の反抗と言うか、何を命令しても。反対し、ふてくされる。
だがこちらも、伊達に娘を育てたり、会社の生意気な若造の世話をしていない。
「お前の思う通りにやってみろ。全て任せる」
目をパチクリさせたセラが言い返す前に、俺は畳みかけた。
「自分の考えがあるから言うのだろう。思う存分やるがいい。責任は、全て私が取る!」
まぁ失敗しても、大した被害が無い事を確認して言ったんだけどね。
「そしてセラがその任務に成功したら、凄い、さすが、とベタ誉めした。それを数回、繰り返したから、彼女は俺の事を凄く慕っているよ」
「そ、それだけか?」
「あのね、反抗する子ってのは、承認欲求が強いんだよ。自分なら、もっと上手く出来ると思いこんでる訳。やらせてみて、成功したら大げさに誉めれば、こっちのいう事を聞く様になるよ」
「でも、失敗したらどうするのだ?」
「鼻っ柱が折れるからいいじゃん。適当に『成功するまで応援ずるぞ』とか言えばいいんだよ」
「全く、いいかげんな男だ……」
一方のセリアは、その生真面目さで、俺の職場や家庭でも、うまくやっている様だった。
不景気で、仕事の回答が先送りにされがちな中。セリアはせっかちに会社の各部署を回って調整し、取引先の要望にサクッと回答を出すので、ライバル他社に差をつけている様だった。
倦怠期の女房と、反抗期の娘とも、女心がわかるからか、上手くやっている様だ。
「昨日、お前の娘が、美術の大学に行きたいと言ってきた」
サラッと言われたので、俺は驚いた。
あいつ、美術とか好きだったっけ?
一緒に暮らしていたのに、そんな事も気づかなかった。
「『好きな道を行け。応援もする。ただし、選んだ道を悔やむな』と言ったぞ。そしたら『お父さん、大好き』と抱き着かれた。これは私ではなく、お前が受けるべき言葉だ」
「美術系の学校ってお金がかかるんじゃないかな……。まぁ、それを稼いでくれるのはセリアか」
そうこうしているうち、セリアの小隊……すなわち俺の小隊に、大仕事が回って来た。
「す、すまんっ!」
夢で逢うなり、セリアが土下座してきたので、俺は仰天した。
な、なんだ?こいつ何をやらかしたんだ?
「今は私も男の体。劣情に任せて、その……。お主の妻を抱いてしまった!」
「なんだ、そんな事か。焦らせるなよ」
「そんな事だと?私は、お主の妻を寝取ったのだぞ?」
「う~ん、でも俺の体でしょ?それって俺が抱いたのと変わりなくない?それに、もう何年もご無沙汰だったしなぁ。あいつ喜んでた?」
「そりゃもう、『あなた積極的で、若い頃に戻ったみたい』って、何を言わせるのだ!」
「そうそう、そんな事より、お前の世界も大変なんだよ」
セリアの小隊は辺境伯より、隣国との境にある山脈に潜む、山賊の討伐の命を受けたのだ。
「山賊は強敵だぞ。過去に三回、討伐隊が派遣されたが、いずれも全滅した」
「俺たちみたいに、大した部隊じゃなかったんじゃないの?」
「いや、王国でも選りすぐりの実力派部隊が派遣された。そう考えると、何故今回はお主の隊なのだろうな?」
「おいおい、お前の隊だろ……しかし山賊ってそんなに強いのか?モンスターか何か使うのか?」
「いや人間だけだ。地の利に長けているのだろう。山の中で暮らしている連中だからな。私が行きたいくらいだが、その日は新規の取引先へのプレゼンテーションが……」
えっ、お前、そんなの任される立場になったの。
だが、なるほどね。
セリアの話で、山賊の強さの秘密は、大体わかった。
山賊討伐の朝。
セリア隊は辺境伯と、その部下の役人たちの見送りを受け、出発の儀式を行った。
「国王の忠実なる部下、我がセリア隊。これより作戦会議で申し上げました通り、白鳥の谷を抜け、山賊討伐に向かいます!」
貧相ながら鼓笛隊が奏でる行進曲に乗り。
セリア隊は、山岳地帯への道を出発した。
討伐隊を見送った辺境伯が先に帰った後。
部下の役人達は用意された部屋でくつろいでいた。
「あまり優秀な部隊ばかり犠牲にすると辺境伯に疑われるからな。今回は大したことない部隊を選んだが、予想以上に愚かでしたな」
「まさか一番、狙われやすい白鳥の谷を通るとは!」
「あそこなら、上のヤビツの峠から襲えば一網打尽だ。今頃はもう、片付いているだろうよ」
「つまり、討伐隊が進むルートの情報を、事前に山賊に流していた、と」
夏場なので使われていない暖炉の中から、俺がそう言ったので、連中は色めきだった。
「き、貴様、出立したのではなかったのか」
隠れていた暖炉から這い出ながら、俺は思った。
あ~あ、こんなに体を煤だらけにしたら、セリアは怒るだろうなぁ。
「あんた達に言ってもわからないだろうけどね。俺たちサラリーマンは、ライバルに出し抜かれても『向こうが凄い』とは思わないんだ。『内部に秘密を漏らした奴がいるな』と思う」
腰の剣を抜き、役人たちを威圧しながら、俺は言葉を続けた。
「疑いが確信に変わったのは、作戦会議で『白鳥の谷を抜ける』と提案した時だ。辺境伯は『上から狙われるから危険ではないか』と言った。でもお前たちは『今までここを通った部隊はいないから、敵の裏をかける』と辺境伯を押し切った」
煤だらけの顔でニヤッ、と笑うと、俺は言った。
「山賊と結託して、山道を通る商人の情報を流し、襲った儲けを山分けにしてるって所か。辺境伯もグルだったら厄介だったが、お前たちの独断の様だな」
「えぇい、殺せ!生かして返すな」
俺は窓に駆け寄ると、大きく開け放った。
「もう遅い!」
外では、セリア隊の部下達が、ひっ捕らえた山賊を連れて帰ってきた所だった。
「白鳥の谷を抜けるとは、辺境伯とお前らにしか言っていない。そして私の部下は、山賊が待ち受けているヤビツの峠……そう、白鳥の谷を襲うのに絶好なポイントを、さらに上から襲撃した。お前らが山賊と結託している事は、もう奴らが吐いたよ」
「なぁセリア、なんとかしてくれよ」
「我々の意志で元の体に戻れん事は、お主も知っておろうが」
山賊と、彼らと結託していた汚職役人を一網打尽にした俺……というかセリアは。
王から高く評価され、各地の貴族や名家から、結婚の依頼が殺到していた。
「お前の体が結婚しちゃうんだぞ?それでいいのか?」
「ふん。私はお主が三年前に挫折したプロジェクトを再開するので忙しい。新規のスポンサーも獲得したのだ」
「お前なにビジネスマンに染まってるんだよ」
「お主こそ、諦めて姫騎士として生きたらどうだ?なかなか似合うと思うぞ?」
『異世界姫騎士転生おじさんと、アラフィフおじさん転生姫騎士』 東紀まゆか @TOHKI9865
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます