第66話「勝利の理由」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
私は飛び上がり、勢いをつけてヤケドシソードを振り下ろす。もちろん火力は最大で。復活させる余裕など与えない。一瞬で決めてみせる。
諦めない……最後まで絶対に諦めない!
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ガガガガガッ!
ラセフが最後の力を振り絞り、再び黒い斬撃を放ってきた。私はジャンプしながら体の向きを変えて、ヤケドシソードを構える。火力を上げた刃なら、先程の透井君のように斬撃を弾くことができる。最後の抵抗なんて蹴散らしてやる!
ザシュッ
「うぐっ!?」
左目に激痛が走った。弾ききれなかった斬撃の一部が、私の左目を切り付けたようだ。痛い……血が大量に飛び散っているのが分かる。視界がだんだん狭まっていく。
そんなの関係無い! 片目が潰されたからって何だ! まだ右目が残っている!
「諦め……ない! 絶対に諦めない!!!」
ガッ!
私はヤケドシソードを振り下ろした。炎を纏った刃はコアにめり込み、ヒビを入れる。惜しくも完全に破壊するには至らない。もう力が残っていないのか。
いや、片目を負傷したことによる痛みで、思うように腕に力が入らないんだ。斬撃さえ受けなければ……。なんでこんな時に……言い聞かせろ! 痛くない! 目は痛くない! 痛くないったら痛くない!
だから……早くコアを破壊しないと……。
「諦めろ……小娘が……」
まずい。ラセフが近付いてきている。切断された両腕がもう再生している。遠くに飛んでいった剣を拾って、こちらに向かってきている。急いで殺さないと……殺される。
「やめろ……ラセ……」
透井君……
「死ね……」
「奥義……バーニングソウル!!!」
ガッ!!!
すると、突然ラセフが巨大な炎の竜に飲み込まれた。私を切り殺そうとする寸前にかっ拐われ、燃え盛る牙の餌食となった。あまりの衝撃に、私もバランスを崩して後方に飛ばされてしまった。
アルマス……生きてたんだ。ラセフに右足を切断され、剣も折れてしまっていた。魔力も底を尽きたはず。しかし、最後の力を振り絞って奥義を発動させた。
「アルマス……なぜ……」
「ドロシーがこいつに魔力を残してくれた……僕に託したんだ……」
ズガッ!
アルマスはラセフを壁に突き刺す。彼の両腕には、ドロシーの武器である槍が握られていた。アルマスの言葉から、魔力が底を尽きたはずの彼が奥義を発動できた理由を何となく察知した。
ドロシーは殺される直前に、自身の体内に残っていた魔力を槍に注ぎ込んだんだ。腹を両断されて絶命した後も、彼女の魔力は武器に蓄積されていた。
「ありがとう……ドロシー……」
アルマスはその魔力を利用し、奥義を発動した。彼の技量なら、他人の魔力であろうと自身に馴染ませることができる。きっとドロシーもそれを信じていて、自分が死ぬ直前であろうと咄嗟の判断ができた。
流石だ……仲間に思いを託し、思いに応える。シュバルツ王国最強のギルドは、最後に究極の絆を見せつけてきた。
だったら、私も見せなきゃね。
「透井……君……」
「夢……」
私は打ち付けた体を押さえながら、透井君は痛みに静かに悶えながら、ラセフのコアへと歩み寄る。ラセフはアルマスに壁に押さえ付けられて動けない。私達はトドメを刺すために歩みを進める。
夢がボロボロになった体を必死に動かし、こちらに近付いてくる。左目が潰れ、涙と血が混ざりながら生々しく垂れている。かつてかんじたことない激痛に耐えながら、よく戦ってくれた。本当に凄い人だ。
「大丈夫か」
「大丈夫……透井君は?」
「大丈夫だ。夢を守るためなら、何度だって戦う」
最後の最後までカッコいいんだから。そんなこと言われたら、望まなくても惚れちゃうじゃない。文字通り命を張って助けてくれた彼の愛に、私はいつの間にか恋心に近い感情で惹かれていた。
夢は俺の手に自分の手を重ねる。俺達は二人で一緒に剣を握る。俺と初めて会った時も、俺をユキテルだと知った後も、そばでずっと支えてくれた。決着を着ける時も、もちろん一緒だ。
「ここまで付いてきてくれて、ありがとう」
「当然よ。あなたのためなら、何でもできるわ」
俺達はラセフコアの上で、ゆっくりと剣を振り上げた。
「やめろ……」
さようなら……。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
じゃあな、兄貴。
バリンッ!!!
剣の切っ先がコアを粉砕した。ペンダントの宝石はバラバラになり、紫色の破片が周囲に砕け散る。俺がラセフに贈った思い出の欠片が、面影を残すことなく飛散する。
「うぁぁっ!?」
ラセフは吐血し、アルマスの槍から抜けて床に落ちる。胸を押さえて苦しみ出す。そして、全身が白く眩い光に包まれ、空気に溶けるように消えていく。もう飽きるほど散々見てきたハイ・ゲースティーの最後だ。
「ラセフ……」
俺達はラセフの周りへと集まる。仰向けに倒れたラセフを囲み、彼の体が消えていく様子を見届ける。敗北が確定した彼の表情は、先程の激昂が嘘であるかのように落ち着いていた。何かを悟ったような顔付きで天井を眺めていた。
「結局こうなるのか……」
彼の目に映るのは、きっとユキテルである俺と歩んできた日々だろう。天才と謳われる俺を越えるために、己を叩き上げて鍛練に励んできたラセフ。
しかし、いつまでも俺を上回る実力を手に入れることができず、嫉妬心を積もらせていく。そして、致命的となったのは、俺に王位継承権を奪われたこと。それから彼の人生の全ては、復讐という名の汚水に染まってしまった。
「どれだけ努力を重ねても……お前を越えることができなかった……どれだけ戦っても……こうして不様に地に伏せられる……ハイ・ゲースティーになって……新たな力を手にしたとしても同じ……お前には……勝てない……」
ラセフの目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。彼が初めて見せた弱さかもしれない。綺麗に輝く雫の裏には、きっと血の滲むような努力の日々が隠されていたことだろう。記憶を取り戻した俺も、鮮明に思い出すことができる。ラセフと共に重ねてきた訓練を。
あの瞬間だけは……楽しかったな。
「お前を神に選ばれた特別な奴だと思っていた……だが……お前も努力を重ねてきた普通の人間だった……俺と同じ……人間だった……」
心臓が右側にある者は、神に特別な才能を授けられた選ばれし存在だという。だが、俺は特別でも何でもなく、お前らと同じ人間だ。王族の血が流れていようと、国民と同じ普通の人間だ。俺のこの力は、俺自身が努力して身に付けたものだ。
その事実が更にラセフの心を狂わせた。普通の人間に負けたという屈辱を味わい、努力が報われない現実を嘆いた。
「なんで……なんで勝てないんだよ……これだけ頑張ってきたのに……なんで敵わないんだよ……」
ラセフも彼なりに鍛練を重ね、強くなってきたことだろう。しかし、俺に勝てたことは一度もない。こうして死を迎える瞬間まで、俺と同じ景色を見ることはできなかった。
だが、俺はその理由を知っている。
「俺には仲間がいた。共に戦ってくれる仲間が。みんなが支えてくれたから、俺はお前に勝つことができた」
俺は夢の頭を撫でた。アルマス、ドロシー、ローダン、ダリア、卓夫、香李、他にもこの戦いを共に乗り越えた仲間達……。みんながいてくれたからこそ、この勝利がある。
でも、やっぱり一番感謝したいのは夢だな。
「俺を愛してくれる人がいる。そのためなら俺はどこまでも強くなれる。そいつを守るために、何度でも立ち上がる。俺は愛する人のために戦ってきたんだ」
「愛……だと……」
「お前はその力を、復讐に利用した。誰かを守るためではなく、滅ぼすために使ってきた。誰かを思いやることを、愛することを知らなかったから、お前は負けたんだ」
ラセフは俺の復讐のために命を使い果たした。そして、愛という感情を悉く侮辱してきた。その感情の大切さに気付けなかったからこそ、どれだけ努力しても俺を越えることができなかったのだ。愛がどれだけの力をもたらし、自身を奮い立たせるか。
それを教えてくれたのは、夢だった。俺には夢がいたから、どこまでも強くなれた。
「もっと早く気付きたかったよ……」
「ラセフ……」
「クソッ……強くなるために必要なことすら……お前にばかり恵まれる……つくづく嫌になるよな……」
「何言ってんだ。父上と母上の恩を忘れやがって」
家族がこれまで深く愛してくれたことすら思い出せず、ラセフはみるみるうちに体を消されていく。彼の後悔は計り知れないだろうが、達者なことを口にする俺も内心後悔している。ラセフの考えを正せないまま、彼を殺すことになってしまったことに。
気が付けば、彼の頭から下はすっかり消え失せてしまった。顎の先から少しずつ光に包まれていく。唯一の家族との別れの時が近付いてくる。
「ラセフ……こんなことになってしまって……すまない」
「なんでお前が謝るんだ……最後までカッコ良くて……ズルいだろ……」
ラセフは最後に不器用な笑みを浮かべた。俺は思い出した。本当の彼はこんなに明るい笑顔を見せることができる、心の優しい兄貴であることを。
「じゃあな……ユキテル……この国の未来を任せたぞ……」
そう言って、ラセフの体は完全に消滅した。俺と夢、アルマスまでもが涙を流し、ラセフだった光の粒を消えるまで見送る
「……ああ、任せろ」
光すら失くなった室内で、俺は静かに答える。長い戦いはようやく終わった。イワーノフとラセフをまとめて倒し、全てのハイ・ゲースティーがこの世から淘汰された。俺はその場で腰を下ろす。溜まりに溜まった疲労が、今になって体に激痛をもたらす。
「透井君! 大丈夫?」
夢は慌てて俺の肩を支える。誰よりも先に俺のことを心配してくれる彼女。肩を包み込むことすらできない小さな手だが、そんな彼女でも俺の想像もできない凄まじい力を持っている。
強靭な力を持つ俺に唯一敵わない相手がいるとしたら、きっと彼女だろうな。
「大丈夫だよ。夢、やったな」
「うん。生きてて良かった……」
俺の胸に泣き付く夢。確かに誰にも真似できない強さを持ってはいるが、見ていると守りたくなるのが不思議だ。俺は片腕しかなくとも、精一杯の愛で愛しの彼女を抱き締めた。
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