第65話「最後まで」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は全力で走った。透井君がくれた愛を力に変えて。不思議なことに、ラセフの動きが読める。彼がどこを斬ろうとしているのか、彼の放つ斬撃がどんな軌道を描くのか、手に取るように分かる気がする。
「図に乗るな!!!」
ガッ!
「うっ!?」
斬撃の数がさっきより増えている。相手は魔力が底を尽きる様子を全く見せない。回避する余裕がなくなってしまったため、私はヤケドシソードで必死に受け止める。
だけど、あまりの速度に壁際まで吹っ飛ばされた。私の紙のような軽い体では、耐えられる攻撃に限りがある。
「ハァ……ハァ……」
まずい。元々体力を削がれていたため、一度勢いが崩れると、忘れていた疲労が一気に体に来る。せっかく勝機が見えたのに、強敵は慈悲もなく奪い去る。ハイ・ゲースティーとの戦いはいつもそうだ。ラセフが相手の場合、絶望感が今までの比ではない。
「諦め……ない……」
「無駄な足掻きはよせ。楽になれよ」
「絶対に……諦めない……」
「往生際が悪いな」
でも、私は決して諦めない。諦めるわけにはいかない。当たり前よ。私はオタクなんだから……。
「死ね」
「……!」
ラセフは一瞬にして距離を詰めてきた。瞬きをする間もないほどの速度だ。しまった。反応が遅れてしまった。というより、ラセフの動きが異次元級に素早く、反応するどうこうの話ではない。防御に入ろうと思った時には、既に首元を剣で切り裂かれる直前だった。
嫌だ……まだ終わりたくない。私が死んだら、透井君の命が無駄になってしまう。そんなことは許されない。私の倫理に反している。勝つ。絶対に勝つ。諦めない。絶対に諦めない。
「諦め……な……」
でも……
もう……ダメ……だ……
助け……て……
透井……君……
ガキンッ!
私の耳に飛び込んできたのは、体が切り裂かれる音ではなかった。剣と剣がぶつかり合った音だ。私のヤケドシソードではない。私はラセフの刃に反応しきれなかった。でも、私は何のダメージも受けていない。何の痛みも感じない。
私は恐る恐る目を開いた。
「なっ……」
そこには、片腕で剣を構える透井君がいた。
「透井君!」
「ユキテル! お前……!」
信じられない。透井君が残った左腕で剣を握り、ラセフの剣を受け止めていた。彼の右胸には、ラセフのもう片方の剣が刺さったままであり、見るからに痛々しい佇まいだ。それなのに、透井君はラセフの前に立ち塞がり、再び私を守ってくれた。
「ぬぉぉぉぉぉ!!!」
透井君は勢いよく剣を押し出し、ラセフを押し返す。なんて馬鹿力なのだろう。ラセフは遥か後方へと吹っ飛ばされた。心臓を貫かれ、右腕を失って、全身に大量の血と激痛を纏っているはず。その事実が霞んでしまうほどの生命力だ。
「なぜだ……確かに心臓にぶっ刺した……なぜ生きている……」
「夢を残して……死ねるかよ!!!」
「透井君……///」
透井君の叫びを聞いて、私は暢気に頬を染めてしまう。どうして生きているのか分からないけど、死地から戻ってきてくれたことが、私にはとてつもなく嬉しい。
対して、ラセフは異常なほどに動揺していた。心臓を剣で貫かれて生きている人間など、この世界に存在しない。ラセフが先程刺した剣は、確実に心臓が位置する透井君の右胸を貫いている。だけど、彼は辛うじて命を保っている。
「こいつの心臓は右胸にあるはず……って、まさか……!」
「そんなの……嘘に決まってんだろ!!!」
透井君はこの過酷な状況下で、ニヤリといたずら小僧のような笑みを浮かべ、走り出した。嘘……? てことは、透井君の……ユキテル君の心臓は、普通の人間と同じ左胸にある。剣が貫いたのは右胸だから、心臓は損傷を免れたということ?
いや、だとしても生きてるのは凄いわね(笑)。
「嘘だと……テメェ!」
「悪いな! あの頃のはまだ俺もガキだったらな!」
シュバルツ王国で密かに言い伝えられてきた噂。右胸に心臓がある状態で生まれた人間は、神様から特別な力を授けられた神聖な存在であると。
私は想像した。その噂を聞いた幼いユキテル君が、兄のラセフに「自分は心臓が右側にある」と自慢する姿を。剣技の才は本当にあったわけだけど、見栄をはって嘘をついたのだ。彼も男の子らしい一面を持ち合わせていたことに、何だか可愛く思えてしまう。
「クソッ……調子に乗るな!!!」
ガガガガガッ!
ラセフが体勢を低くする。剣を横に一振りすると、全方位に黒い斬撃が放たれる。あれは彼の奥義「ブラックワールド」だ。
こうして思考を巡らせている間に、黒い斬撃の嵐は、私達の元まで迫っていた。なんて速度だ。かわすことはできない。どこにも逃げ場はない。
「……!」
ガガガガガッ!
しかし、透井君は怯むことなく斬撃に向かって駆け出した。そして、目にも止まらぬ速度で剣を振り回し、全方位に飛び散った全ての斬撃を弾き飛ばした。数多の斬撃は爆発して無に帰す。
信じられない。左腕しか残っていないのに、たった一人で相手の攻撃を無効化した。透井君自身は更に傷を負うことなく進んでいく。
「これが与えられた力じゃなくて……努力の結果だと? ふざけんな!!!」
「はぁぁぁ!!!」
ガガガガガッ! ガガガガガッ!
透井君とラセフの剣が再び衝突する。そこから激しい切り合いが繰り広げられ、その速度は目で追うことは不可能だ。攻撃がぶつかる度に火花が飛び散り、大地が抉られ、突風が巻き起こる。一撃一撃が天変地異のようだった。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
ガガガガガッ! ガガガガガッ!
今、二人の間に入れば、敵味方関係なく切り刻まれる。あまりの死闘に誰も立ち入ることもできない。血と、涙と、汗と、泥と……あらゆる全てが弾け飛ぶ。まさに魂と魂のぶつかり合い。世界を丸ごとひっくり返してしまうような、史上最大の兄弟喧嘩だ。
「勝つ! 絶対に勝つ!!! 勝たなきゃいけないんだ!!!」
ザッ
力は互角。最終的に精神力の勝る者が、相手の隙を見つけて上回ることができる。先に見つけたのは透井君だった。ラセフの両腕を切断し、ペンダントの紐も千切れた。相手もようやく体力に限界を迎えてきたようだ。
「……!」
ダッ!
ラセフは残った足で透井君を蹴り飛ばす。透井は壁まで吹っ飛ばされた。壁に激突した勢いで、右胸に刺さっていたラセフのもう片方の剣が抜ける。
「うぐっ!?」
透井君が激しく吐血する。貫かれた右胸の穴を塞いで止血させるため、彼は敢えて剣を抜かずに戦っていたようだ。しかし、穴が開いてしまったことにより、血液が体外に漏れ出ようとしている。
私は駆け出した。せっかく助かった透井君の命が、いよいよ危うくなってきた。このまま傍観しているわけにはいかない。透井君が命を尽くしてラセフを追い詰めたんだ。私が決着をつけなくては。
「待て……やめろ……」
ラセフがふらふらしながらこちらに歩み寄る。疲労が彼の足を縛り、思うように走れないらしい。今だ。今しかチャンスはない。どうせすぐに調子を取り戻して、彼は私を殺しにかかる。それまでに方を付けるんだ。
私は部屋の隅に転がっているペンダントへと駆け寄る。このペンダントに埋め込まれた紫色のコアを破壊すれば、勝負が決着する。
「うぉぉぉぉぉ!!!」
私は飛び上がり、勢いをつけてヤケドシソードを振り下ろす。もちろん火力は最大で。復活させる余裕など与えない。一瞬で決めてみせる。
諦めない……最後まで絶対に諦めない!
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