第61話「前を向いて」



 多分、誰かを助けた数よりも、誰かに助けられた数の方が圧倒的に多いと思う。これまで数多の漫画やアニメ、映画、小説の数々に夢を与えられた。創造の世界はとても美しくて、辛い現実からいつも私を救ってくれた。いつも救われる側だから、私は弱いんだ。


「うぉぉぉ!!!」


 透井君は再び果敢にラセフに立ち向かう。ハイ・ゲースティーと戦った直後の連戦だというのに、身体中の傷が疼いて苦しんでいるというのに、それを感じさせないほどに勇敢に戦っている。


「……」


 それに比べて、私はどうだろう。あれだけ怒りに満ちた心が萎んでしまい、もう突き進む力が湧いてこない。ただ、震えだけが止まらずに続いている。

 いや、止めないといけないと考えている時間すら勿体ない。止められないとしても、動かなきゃいけないんだ。無理やり体を動かしてでも、恐怖を誤魔化さないといけない。


 ガッ!


「うっ……」


 突然、目の前にラセフの斬撃が飛んできた。前方でアルマスかドロシーか、誰かが回避してこちらに飛んできた斬撃だ。直前まで迫ってこないと気付かないほどに、私は恐怖に意識を支配されていた。

 私はヤケドシソードを無理やり振り下ろし、斬撃を受け止めた。怪我は負わなかったものの、私は弾けた斬撃に吹き飛ばされた。


「痛た……」

「夢、大丈夫か?」


 透井君が戦線から離脱し、私の元に駆け寄る。アルマスとドロシーが透井君と交代するようにラセフに向かっている。私を気にかける時間ほど無駄なものはないと分かっている。だからこそ、そんな無駄を透井君に課せてしまっていることが申し訳ない。


「透井君……ごめん……」

「謝らなくていい。夢は夢のできることをすればいいんだ」

「私にできることなんて……」


 透井君はいつも通りお日さまのような優しい声で励ましてくれる。けれど、私がこの戦いに貢献できることなんて、広大な砂漠に落ちた米粒を探し当てるほど不可能に等しい。


「夢、落ち着いて、よく見るんだ」




「奥義……デッドスピアー!!!」


 ガッ!

 ドロシーがどす黒い斬撃を纏わせ、勢いよく槍を振り下ろす。彼女が成せる最大威力の攻撃だ。しかし、ラセフは双剣の一方で容易く受け止めてしまった。最終の手である奥義までもが無効化される。

 そして、ラセフの剣が黒く染まっていく。再び斬撃を飛ばす気だ。至近距離にいたドロシーは奥義を無効化された動揺で、反応が遅れた。


「ヤバッ……」




 ガガガッ!


「アルマス!」


 斬撃が放たれる直前、アルマスがドロシーの横から飛び込み、彼女を抱えて回避した。彼女の体には傷一つ付くことなく、斬撃は天井へとぶつかった。


「これ以上仲間を失わせない! 僕達は絶対に勝つんだ!」

「アルマス……ありがとう!」

「愛も絆もくだらん。踏み潰してやる」


 ラセフは庇い、庇われるアルマス達の様子に酷く吐き気を覚えているようだ。そして、一向に追い詰めてもしぶとく立ち向かう姿に、苛立ちも積もらせる。




「……見たか? アルマスやドロシーだって、お互い助けたり助けられたり、それを繰り返して強くなってきた」

「……うん、みんな一緒なんだね」


 再び透井君の優しげな声。私の体の震えは早くも無くなっていた。シュバルツ王国最強のギルドと唱われていたアルマスやドロシー達だって、最初はただ助けられてばかりの弱者だったんだ。

 それからたくさんの大切なものを奪われて、他の誰にも同じ悲しみを背負わせまいと戦い、壮大な冒険を繰り返して強くなった。今の私と、同じなんだ。みんな、一緒なんだ。


「俺だって、夢にいろんなことを教えてもらって、君の世界をよく知ることができた。俺だって君に救われたんだ。記憶を失って何者でもなくなった俺を、透井として迎え入れてくれただろ」


 透井君はゆっくりと手を伸ばし、私の頬に手を触れる。不思議だ。体が繋がっているわけではないのに、内側からほんのり暖められていくような安らぎを感じる。


「夢は凄いよ。自信を持って。一秒でも立ち向かうことができたなら、君は立派な勇者だ。だから、たとえ小さくても自分ができることを探して、前を向いて戦うんだ」

「透井君……」




「危なくなったら、俺が絶対守るから」


 そう言って、透井君は再びラセフ目掛けて駆けていった。絶対に守るという言葉が、疑いなくすんなりと心に入ってくるのは、やはり透井君の揺るぎない力だと思う。


 流石、私の推しだ。好きになって良かった。


「……」


 私はヤケドシソードを構えた。アルマス、ドロシー、透井君が三人がかりでラセフの相手をしている間、私はラセフだけをじっと見つめた。

 敵をよく見ろ。探せ。戦況をじっくりと見極めて、相手の隙を探るんだ。幸いにも私の方に攻撃は全くもって飛んでこない。弱者だからと警戒されていないのだ。弱いことこそが最大の武器だと、今の私なら胸を張って誇れる。


 どこだ……探せ……探せ!!!




 ザッ!


「……!」


 ラセフの額から僅かに血が飛び散る。そして、頭上で体を一回転する私。私はラセフがほんの一瞬私が視界から消える方向に顔を向けた隙を見て、全力疾走して顔を切り付けた。

 惜しくも、額にほんの少しの切り傷を付けるだけに終わってしまった。だけど、ラセフは明らかに動揺した表情を見せた。


「いいぞ! 夢!」 

「やったね!」

「ナイス! 夢ちゃん!」


 透井君達が称賛する。なんせ、これが初めてラセフに付けることができた傷なのだから。切り傷一つすら付けるのが困難な敵であると、今更ながら私達が相手にしている敵の巨大さを知った。

 しかし、勝機が完全にないわけではないことも知ることができた。この一本の切り傷が、私達の抵抗の始まりだ。


「やっ……やった!」

「この程度の攻撃が当たったことで喜ぶとは、相変わらず惨めな人生だな」




 グシャッ!!!

 次の瞬間、ラセフの左腕が勢いよく切断された。左腕は剣を握りながら部屋の隅へと転がっていく。動揺するラセフの傍らには、怒りに満ちた透井君が立っていた。


「夢を馬鹿にするな」

「クソッ……」


 全く……いつまでもカッコいいんだから……///


 ガッ!

 切断された左腕の断面から、新たな腕が生えてくる。ラセフもイワーノフの手により、ハイ・ゲースティーへと改造させられたようだ。つまり、彼もコアを破壊することでしか、絶命させることができない。


 一同は攻撃が当たるようになったことを好機に、ラセフのコアを探す。






「あ、あれは……!」


 すると、ドロシーが声を上げた。透井君に左腕を切断された勢いで、ラセフが身に付けていたローブの首元が開けた。そこから微かに紫色の光が見えたのだ。それは、首にかけたペンダントに埋め込まれた宝石だった。


「コアを見つけた! 首にかけたペンダントよ!」


 ドロシーは瞬時にペンダントに埋め込まれた宝石が、ラセフのコアだと確信した。高く空中へ飛び上がり、必殺技のエネルギーを槍に溜める。相手の弱点を発見したら、攻撃の全てを一点に集中させるのみだ。


「ソニックスティンガー!!!」




「あれ……?」


 私はドロシーが発見したコアを、目を凝らしてよく見る。なぜかペンダントの色や形に、恐ろしいほどに見覚えがあった。ユキテル君とラセフの確執を漫画で見てきた私は、弱点を発見されても動揺しないラセフに嫌な予感を抱いた。


「くたばれ……ラセフ!!!」






「待ってドロシー! ダメ!!!」

「え?」


 私は叫んだ。






「奥義……ブラックワールド」




 ガガガガガッ!


「……!」


 次の瞬間、私達の背筋は凍り付いた。ラセフは体勢を低くし、双剣を左右に振った。すると、刀身から無数の黒い斬撃が放たれた。一つや二つではない。360度全方位を覆い尽くすほどの無数の斬撃だ。 


「ドロシー……」


 私達の目に飛び込んだのは、斬撃の一つがドロシーの体を真っ二つに切断する衝撃的な光景だった。ドロシーの体は腹から上下二つに分かれ、大量に血を吹き出しながら地面に落下していった。


「アイスブレード!!!」


 ガガガッ

 斬撃は全方位に向けて放たれた。当然私達の目の前にも迫ってくる。透井君が咄嗟に魔法を発動し、目の前に氷の壁を作って斬撃の嵐を受け止める。無数の黒い刃が氷山に激突し、痛々しい音を立てる。


「ハァ……ハァ……大丈夫か?」

「うん、ありがとう……」


 透井君のおかげで無傷で済んだ。氷の壁に守られなかったら、今頃どんな無惨な姿に切り刻まれていただろう。




「あ……」


 アルマスは遠くに転がるドロシーの遺体を発見した。上半身と下半身が泣き別れになっては、即死を免れるはずはない。彼女は何も語らない肉塊となっていた。




「……やはり、思い出は最大の武器だな」


 ドロシーの返り血を浴びたラセフは、不気味な笑みを浮かべながらペンダントを掲げていた。


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