第56話「激震」
「チッ、少し反れたか……」
透井の右肩から赤黒い血が垂れ落ちる。透井はすぐさま右肩を押さえるが、光線銃で貫かれたため、傷口はかなり深い。ゾルドは急所に命中しなかったため、負傷させたとはいえ不服なようだ。
「でも流石だな。その傷でまだ立っていられるとは」
「こいつ……まさか……」
透井は先程からゾルドと戦っている最中、とある考えが頭を過っていた。触手が狙ってくる箇所は、人間の急所である心臓だ。夢やアルマス、ドロシーは何度も心臓のある左胸を狙われた。
しかし、透井だけは執拗に右胸を狙われる。敵の視線と触手の軌道から計算するに、殺意が集中しているのは右胸だ。
「どこまでやれるか楽しみだぜ!」
「クッ……」
またもや触手は透井の右胸を狙って伸びてくる。夢が推しキャラであるユキテルについて語っていた時、とある逸話を聞かせてくれた。
『シュバルツ王国大戦記』の世界では、心臓が右胸にある者は、神様に見初められた特別な才能を授かった者だという。ユキテルがまさにその一人だと、興奮して話していた。
“やっぱり……俺は……”
敵が執拗に右胸を狙ってくるのは、相手がユキテルの急所を周知しており、自分の正体が紛れもなくユキテル本人であることを証明している。だが、自身はユキテルとしての記憶が欠落している。謎が謎を呼び、敵の攻撃に対応する余裕を奪っていく。
「透井君……」
夢の腕がプルプルと震える。先程まで勇ましくヤケドシソードを振っていた腕が、亡霊に取り憑かれたように使い物にならなくなる。透井の肩から流れ落ちる血が、夢の正気を少しずつ崩壊させていく。
「夢さん! 俺は大丈夫だ! だから……うっ……」
「オラオラ! 王家の最強剣士の腕はそんなもんか!?」
ガガガッ
触手の攻撃が更に速度を増していく。透井達も負けじと攻撃を受け止めるが、魔力で武器の耐久度を高めながら防御している。この状況が長時間続けば、魔力が底をついて、更に死の淵へ追い込まれる。
“落ち着け……透井君なら大丈夫! 大丈夫だから!”
夢は心で自分に言い聞かせる。誰かが血を流す姿を見ると、どうしても動揺してしまう。今にも命の灯火が消えそうな光景は、どれだけ死地を掻い潜ろうと見るに耐えない。
だが、危機にいちいち心を乱していては、いつまでも役立たずのままだ。無数のゾルドの触手攻撃をさばいているのは、ほとんどアルマスとドロシー、透井の三人だ。自分も何か打開策を見つけなければ。
“見つけろ……少しでも役に立て……”
夢は必死に眼球を動かす。一瞬にして視界の外へと逃げていく高速の触手を、小さな目で追い続ける。敵が透井の……ユキテルの弱点を周知しているのであれば、こちらも相手の弱点を見つけてやる。
“どこだ……絶対に見つける……絶対に!”
「……あれ?」
夢がある違和感の尻尾を掴んだ。うねる八本の触手の中で、他と比較して一本だけ少々長さが短い触手が紛れている。正確に計測してみないと断定はできないが、目視で確認したところ、正常な長さの触手の約三分の二ほどだ。
「あれって確か……」
「ガトリングランス!!!」
バリンッ
ドロシーが凄まじい速度で何度も触手を突く。必殺技の威力で触手が吹き飛び、歪な断面を残して切断される。だが、ハイ・ゲースティー特有の異常な再生力の前では無意味だ。すぐさま断面から鉤爪が再生する。
「……あっ!」
夢はまたもや気が付いた。ドロシーが切断する前と切断した後では、触手の長さが明らかに違っていた。確実に短くなっている。しかし、なぜ短くなっているのだろうか。
「そうか!」
夢の気付きに重ね、透井が答えに辿り着いた。透井は魔力で武器の硬度を上げ、勢いよく振り下ろした。凄まじい力で触手は両断され、やはり断面から鉤爪が生えてくる。だが、同時に触手は先程より短くなっている。
「みんな! 鉤爪の近くじゃなく、離れたところを斬るんだ! 触手の根元を狙え!」
「そういうことか!」
一同の表情に余裕が復活した。触手は切断されると再生する。しかし、切断面から鉤爪が生えてくる。つまり、鉤爪付近ではなく、触手の根元から切断することにより、その分だけ再生後の触手が短くなっていくのだ。
「これならいけるわ!」
今まで30メートル近くはあるであろう長い触手に翻弄され、ゾルドに近付くことすら困難であった。しかし、触手を短くすることができると知った今、相手の弱点も勝機もグッと近付いたような気がした。更に短くすることができれば、確実にゾルドのコアに攻撃が届く。
「絶対に勝ってみせる!」
ガッ
「奥義……デッドスピアー!!!」
ガガガッ
ドロシーはどす黒い斬撃を槍にまとわせ、一気に三本の触手を貫く。地面をも揺らす広範囲の攻撃に、ゾルドは触手を引っ込める間も無く諸に食らってしまう。
「クソッ……」
「ドロシー! よくやった!」
ザッ
「父さん、母さん、見ててくれ……」
アルマスは剣の刀身に炎をまとわせる。その炎はメラメラと燃え盛り、やがて一匹の巨大な竜のような形へ変わる。竜の咆哮が城内に響き渡り、ガイア城が震える。炎の竜がアルマスを崇拝するように姿を現し、神秘的な光景だった。
「奥義……バーニングソウル!!!」
ガァァァァァ!!!
一気にアルマスは駆け抜けた。竜が巨大な牙で触手を食らい、次々と焼き切られていった。凄まじい業火にゾルドは飲み込まれる。コアを破壊されることは阻止したが、彼の触手は全て切断されてしまった。
「こいつら……」
「アルマス……」
夢とドロシーはアルマスの戦闘に見惚れる。夢は大好きな漫画の主人公として、ドロシーは愛しの仲間として、彼の勇姿に釘付けとなった。シュバルツ王国最強のギルドのリーダー、アルマス・アバンシーの奥義の威力は尋常ではなかった。
“大丈夫だ……俺にはまだキリングライトがある”
全ての触手の切断面から鉤爪が生える。触手の長さはもう3メートルも満たない。だが、ゾルドの攻撃手段には鉤爪内部の光線銃から放たれる銃撃がまだ残っている。強力な魔法で追い詰められたが、抵抗はまだ叶うはずだ。
「……あいつは、どこだ?」
目の前に迫ってくるのは、アルマスとドロシー、透井の三人のみ。ゾルドは夢の姿を見失った。
「こっちよ」
ザッ
ゾルドが背後から勢いよく切りつけられる。いつの間にか夢はゾルドの背後に回っており、ヤケドシソードを最大火力にして振り下ろした。
「ぐはっ!?」
「オタク魔法……姿くらまし!」
夢は陰キャ特有の存在感の無さを強め、自身の気配を完全に消失させた。触手が短くなったことにより、敵の認知から外れて忍び寄ることができた。魔法を使えることができるのは、この世界の勇者だけではない。
「よくやった! 夢さん!」
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
透井の剣の切っ先が、ゾルドのコアへと向かっていく。一同が諦めずに打開策を模索し続けたことにより、ついに見つけた勝利の希望だった。
「トドメだ!」
「……なんてな」
ふと、ゾルドが頬を緩めた。
「それ以上動くな!!!」
そして、迫り来る透井に腕を伸ばし、水晶のようなものを差し出した。自身のコアではない。ハイ・ゲースティーの弱点である邪悪なオーラを放つようなものではなく、緑色の淡い光を宿した綺麗な水晶だった。
「……!」
透井は咄嗟に攻撃を止め、剣を構えたまま佇む。剣の切っ先はコアに届くことなく、冷たい空気を貫く。突如相手が差し出した水晶が何の脅威であるかは全く理解できないが、ゾルドの叫び声から危機を感じて身を引いた。
「こいつを破壊されたくなかったら、大人しくしてろ」
「何だ……」
ゾルドは短くなった触手の先端に装着された光線銃を、手に持っている水晶に突き付ける。人質のように握られた水晶は、謎の危機的状況と相反するように美しい輝きを放っていた。透井達には水晶の正体も、ゾルドの意図もまるで読み取ることができない。
「そ、それって!」
「夢さん?」
しかし、夢だけは全てを悟ることができた。誰よりも『シュバルツ王国大戦記』を愛読し、ユキテルの魅力を知っている彼女だからこそ、今がいかに危機的状況であるかを理解することができた。
「知らねぇのも無理ねぇか。忘れてんだからよ」
「忘れてるって……」
「これは、お前の記憶だ」
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