第55話「触手の猛攻」



「ぐぬぬっ!」


 ロケットのように降り注ぐ触手の猛攻に、夢達はただ翻弄されるしかなかった。如何せん触手の硬度が尋常ではない。先端の鉤爪が再生されてから、明らかに硬度が上がっている。先程の火力でヤケドシソードを振り下ろしても、太刀が通らない。


「もう切断すらできないじゃない!」

「俺のアイアンウィップは、再生する度に硬度が上がる。切断できたとしても意味ねぇぞ」


 触手を両断すると、切断面から先端に装着されていた鉤爪が新たに形成される。その度に硬度が増し、更に切断することが困難となる。つまり、触手への攻撃は何の意味もない。

 これまでのハイ・ゲースティーとの戦闘で常に念頭に置いていた承知の事実だが、コアを破壊しないことには相手は絶命しない。触手の猛攻を掻い潜り、ゾルドの心臓に埋め込まれたコアを攻撃しなければいけないのだ。


「夢さん!」


 ガッ

 触手の異常なほどの硬度に心を乱され、夢は一瞬攻撃への反応が遅れた。すかさず透井がコールドスラッシュを発動し、白銀の残撃を放つ。夢の心臓を貫こうとしていた鉤爪と衝突し、攻撃の軌道がずれる。


「と、透井君……」

「気を付けろ! こいつは……うっ!?」


 ガッ

 今度は自分が攻撃の対象となり、剣で触手を受け止める。命拾いした夢だが、いつまでも庇われてばかりではいられない。自分の身は自分で守らなければならない。更に防戦一方な状態が続き、無駄に体力を浪費するわけにはいかないのだ。


 ガガガッ


「……!?」


 再び触手がゾルドの背負う機械に引っ込む。数秒で飛び出し、攻撃を再開する。武器でひたすら付けた鉤爪の傷が、次に飛び出してきた際には綺麗さっぱり失くなっている。どうやら機械の中で傷を修復しているようだ。



「そうだわ!」


 ドロシーの脳裏に一つの可能性が、落雷のように飛び込んできた。ある程度触手の鉤爪が攻撃を受け、傷を負って耐久度が下がった際、触手を機械の中に引っ込めて修復を行う。その数秒は触手が機械の中に収まり、コアが埋め込まれたゾルドの心臓は手薄になる。


 その数秒が、勝機を握っている。 


 ガシッ


「なっ……」


 ゾルドは目を疑った。ドロシーは触手が引っ込もうとした一瞬の隙をついて、先端の鉤爪の根元にしがみついた。高速で触手が引っ込み、しがみついているドロシーもゾルドの体と即座に距離を縮める。


「今だ! ソニックスティンガー!」


 ドロシーはゾルドの真ん前まで急接近した瞬間、触手から腕を離し、必殺技を繰り出した。槍に残撃をまとわせ、勢いよくゾルドの胸元を突く。長い触手の猛攻で近付くことができなかったが、ここに来て彼女がチャンスを掴み取った。


「くたばりなさい!!!」




 ガガガッ


「うぅっ!?」


 しかし、ハイ・ゲースティーの策略は勇者達の一歩先を行く。ゾルドは引っ込めた触手とは別に、更に四本触手を生やして襲いかかってきた。機械の中で修復を終えて飛び出した触手も含め、合計八本。無数の鋼の蛇がうねうねとしなりながら牙を剥く。


「ヒートダンス!」


 更に増えた触手からの攻撃に反応できず、自分の心臓ががら空きとなってしまうドロシー。すかさずアルマスが間に入り、必殺技で攻撃を受け止める。刀身に炎をまとわせ、舞いを踊るように無数の触手からの攻撃を受け止める。


「ごめん……私……」

「気にするな! チャンスだと思ったから攻めたんだろ! それでいい! 諦めずに攻撃を続けよう!」

「アルマス……」


 トドメを刺す機会を逃してしまい、ドロシーは罪悪感に足を止められる。しかし、アルマスの励ましが、彼女の足を更に動かす。シュバルツ王国最強のギルドのリーダーの言葉は、即効性のある治療薬のように、メンバーの力となる。


 皆が信頼して後を追うことができる、熱い人間性。それがアルマスの最大の武器だ。


「流石、主人公ね!!!」


 ガッ!

 アルマスの言葉に感化されたのは、ドロシーだけではない。夢はヤケドシソードの火力を最大にし、ゾルドの触手の一本を切断した。先程は通らなかった刃だが、アルマスに励ましの言葉を聞いた途端、力が増して鋼鉄を切り裂いた。


「そうだ! 何本だろうが関係ない! 攻めの姿勢を忘れるな!」


 透井も攻撃に力が入り、次々と伸びてくる触手をさばいていく。先程まで踏み出せなかった一歩を踏み出し、徐々にゾルドとの距離を詰めていく。


「こいつら……」


 八本の触手を操るゾルド。彼の頬に初めて冷や汗が垂れる。皮膚に貼り付く余裕の二文字が薄れ始める。触手の数を増やせば、更に防御に徹するしかない状況に追い込めると踏んでいた。

 しかし、主人公の風格を忘れないアルマスと、彼を慕う仲間の戦意がくたばることなく、僅かながら真っ直ぐこちらへ向かってきている。


「残念ね。私達オタクは往生際が悪いものだから」


 夢が勝機の気配を感じ取り、笑みを浮かべる。武器を握った当初は、序盤に登場するモンスターにすら恐れおののくほどの弱腰だったが、今ではハイ・ゲースティーを前にしても怯まず、果敢に向かっていく勇者へとのし上がった。


「ああ、勝つのを諦めきれなくてな」


 そんなたくましく育った彼女を、透井は優しい瞳で見つめる。自分の好きなものに正直で、常に魂を輝かせていて、信じる者のために命懸けで戦う。そんな夢が、透井は大好きだ。


「アイスブレード!!!」


 透井は必殺技を発動し、飛んできた触手を地面に凍結させる。触手は鉤爪の根元を凍り付けにされ、身動きが取れなくなる。分厚い氷に阻害され、引っ込めることもできない。


「クソッ……」

「行けー! ユキテルくーん!!! じゃない! 透井くーん!!!」

「だから俺はユキテルじゃ……あ、ユキテルか」


 透井は戦闘の最中、思わずフッと笑った。推しという概念で見られているとはいえ、夢は恋人を相手にするよりも強大な愛情を、透井に注ぐ。彼女の温かく寛大な心を感じるだけで、底知れぬ力が沸き上がってくる。


 人間は追い詰められた時、とてつもない力を発揮することができる。愛する者を守るための、限界を超えた力だ。


「ゾルド、お前を倒す!!!」

「……」

「コールド……スラッシュ!!!」


 透井は剣を振り下ろした。








「諦めが悪いのは、俺もだ」


 ドンッ!

 突如、城内に銃声のようなものが鳴り響く。




「透井……君……?」


 次の瞬間、夢が放心状態となる。彼女の目に映ったのは、透井の右肩から血が吹き出した光景だった。傷口は小さいが、とてつもなく深い。


「黒魔術……キリングライト」


 ゾルドが静かに呟く。触手の先端に取り付けられた鉤爪が開き、ピストルの形状の機械が顔を出していた。銃口から放たれた光線により、勇者達の力は無に帰した。


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