第47話「シュリンク」
「おい! 透井!」
バルタロスの突進を棍棒で受け止めながら、テムスが透井に向かって叫ぶ。
「ここは俺らが押さえとく! お前らはさっさと城に入れ!」
テムスは生き残ったギルドメンバーと共に、モンスターの大群を迎え撃つ。モンスターが掃除機に吸い込まれるように、テムス達へと襲いかかる。彼らがある程度敵を誘導してくれたおかげで、城の入り口付近の守備が手薄となった。
「テムス……ありがとう!」
感謝を述べる暇も勿体ないほど、事態は一刻を争う。透井は自身の周囲のモンスターを聖剣で瞬殺しながら扉へ向かう。禍々しいオーラを放つ城の扉が、勇者達の手によってゆっくりと開かれる。
「ん?」
透井は扉の奥から邪悪な気配を感じ取る。まるで空気そのもので押さえつけられているように扉が重い。立ち止まっている時間は微塵もないが、焦りに身を任せて先へ進むとよからぬ脅威に狩り捕られる。そんな嫌な予感が扉を掴む腕を凍らせる。
「何止まってんだ! 行くぞ!」
「おいっ、待て!」
バンッ
透井の制止を聞かず、扉を開けて次々と城内へ入っていく勇者達。彼らは奥で上階へ続く階段を発見する。石造りの階段は壁に沿って螺旋状になっており、見上げた先は漆黒の闇が広がっていた。景色を見ただけで足がすくんでしまう。
「上だ! 上にイワーノフがいるぞ!」
しかし、勇者は恐怖に臆することなく、ズカズカと階段へと向かっていく。
ズルッ
すると、上階から一本の緑色の触手が伸びてきた。表面がスライムのように粘着性があり、軟体動物の足のようにウネウネと気色の悪い動きを見せている。
「黒魔術、グルーショット」
バババッ
触手が一振りした瞬間、先端から複数の粘着物が放たれた。まるで弾丸のような高速のスライムの塊が、勇者達に降り注ぐ。イワーノフへの憎しみに囚われていた勇者達は、焦りのあまり諸に攻撃を食らってしまった。
「ぐはっ!」
「何だ……これ……」
「動け……ない……」
スライムの弾丸が直撃した勇者は、強力な粘着性で壁に貼り付けられる。武器を振り下ろそうにも、凄まじい腕力で押さえ付けられているように体が動かない。行動を封じ込まれ、蛹のように固定される。
「生き急ぎすぎよ、坊や達」
「誰だ!?」
上階からネチャネチャと音を立てながら、スライム状の体を引きずる女が現れた。彼女の体は半透明の緑色に染まっており、一階に足をつくと体が肌色に変色する。体が個体に変化していき、スライムから変哲のない人間へと姿を変える。
「私はシュリンク。イワーノフ様の忠実な下部よ」
グッ
シュリンクは手を伸ばし、握り拳を固めた。
「がはっ……」
「あっ……」
次の瞬間、壁に固定されていた勇者の首元へ貼り付けられていたスライムが伸び、勢いよく首を絞めた。体を動かすこともできず、抵抗できない勇者は静かに呻き声を上げながら生き絶えた。飛ばしたスライムの動きを操ることができるようだ。
「あらあら、生き残ったのはあなた達7人……その他の奴らは外の雑魚相手に手一杯かしら?」
モンスターの大群の囮となったテムスやそのギルドメンバー達、ハルや伊織を除き、生きてシュリンクと対峙したのは7人。アルマス、ドロシー、ローダン、ダリア、夢、透井、卓夫は、シュリンクの透き通る体を眺める。スライム状の体を自由自在に変形させることができるらしい。
「おいおい、その数で俺らと戦うってのか? 笑わせてくれるぜ」
シュリンクの後に続いて、男の声が闇に響く。背中に金属製のリュックのような機械を背負い、側面から4本の鋼鉄の触手を生やした男だった。夢達を完全になめ腐った態度で見下ろす。
「ゾルド……」
「お望みの小娘ならここにいるぜぇ」
「香李ちゃん!」
ゾルドが生やした触手の一本の先端には太い鉤爪があり、大きな鳥籠のような牢屋を吊り下げていた。中には香李が閉じ込められており、何重もの柵の奥に彼女の紫髪の輝きが見えた。
「香李ちゃん! 必ず助けるでござる!」
「ほほう、威勢がいいなぁ。俺に勝てるって言うんなら考えてやってもいいぜ」
ジャキッ
突如、触手の先端に付いている鉤爪が機械のように変形し、銃器の形となった。液晶のボディが白く光り、エネルギーを充填させていく。触手にはレーザービームを放つ能力も備わっているようだ。
「あんたこそかなり得意気だけど、そんなおもちゃみたいな武器で私達を倒せると思ってるの? 哀れね」
「あ?」
香李が檻の中で柵にもたれかかり、なめ腐った口調でゾルドを煽る。彼女の言葉がゾルドの逆鱗に触れ、銃口が彼女の方へと向けられる。余裕綽々の表情がエネルギーの光に照らされる。
「クソガキが……今ここで死ぬか!?」
バンッ!
「香李ちゃん!」
ガタンッ
すると、床に大きな物が落下する音が聞こえた。檻の底が切断されて抜けており、香李は急いで脱出していた。香李は得意の言葉でゾルドの怒りを誘発し、彼にレーザービームを発射させた。自分は瞬時に体勢を低くしてビームをかわし、檻の柵を切断させた。
「香李ちゃぁぁぁぁぁん!」
檻の底と共に落下してきた香李を、卓夫はすかさず受け止める。
「大丈夫でござるか?」
「ま、まぁ……///」
ほんのり頬を桃色に染める香李。訓練を積んだとはいえ、卓夫に抱きかかえられているこの状況は非常に恥ずかしい。
だが、彼の腕の中では不思議と頼もしさや包容力のようなものを感じ、心臓の鼓動が早まっていく。散々気持ち悪いと思っていた彼に対して、初めて抱く感情が心に蠢く。
「何!?」
「ゾルド! 何やってんのよ!」
シュリンクから叱責を受けるゾルド。易々とした挑発に簡単に引っかり、逃走を許してしまった。人質をちらつかせて動揺させる算段が台無しだ。ゾルドは雛が飛び去った鳥籠を乱暴に投げ捨て、上階へと向かう。
「チッ……人質なんか取らなくったってなぁ、お前ら全員なぶり殺しにしてやんよ!」
「待て!」
透井はゾルドの触手を追いかけ、階段に足をかける。夢とアルマス、ドロシーも後に続き、4人は階段を駆け上がる。
「行かせないわ。黒魔術……」
「ブーメランアタック!」
ザッ
シュリンクの右腕が切断される。ローダンのナイフが空中を回転し、彼の手元へと戻っていく。ハイ・ゲースティーであるため、断面から新たな腕が瞬時に生える。
「アルマス! 先に行け! スライム女は俺らが食い止める!」
「ありがとう! 頼んだ!」
アルマスはシュリンクの相手をローダン達に任せ、振り向かずに階段を駆け上がっていく。目と目を合わせず、言葉だけで通じ合う関係。まさにシュバルツ王国最強のギルドにふさわしい究極の絆を前にし、夢は感動で体が震えた。
「香李ちゃん」
卓夫がハルから託されたビコビコハンマーを、香李に手渡す。香李も武器を構え、戦闘態勢に入る。ローダンとダリアと共に、卓夫と香李もシュリンクと対峙する。武器がよく手に馴染む。娘のために作られた武器から、母親の温もりを感じた。
「うむ、やはりそのハンマーは香李ちゃんにぴったりでござる」
「えぇ、ビッコビコにしてやるわ」
シュリンクは手足を緑色に変色させる。同時に先端がスライムのように変形し、伸びた腕がムチのようにしなる。
「さてさて、どこまで持つかしら」
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