第42話「悪影響」



「これ、私……」


 夢は原稿用紙のコマに描かれた自分の姿に驚く。自分が日本刀のようなものを構え、モンスターに向かって駆けていく。その他にも透井や卓夫、香李などの姿も確認できた。自分達が漫画の登場キャラクターとして描かれているのだ。


「なんで私が……」

「私も知らないわ。ただ、あなた達が絵の中にキャラクターとして登場している。もちろん私はあなた達を描いた覚えもない」


 原稿にはファシムに向かって剣を構え、奮闘する夢の姿がはっきりと描かれていた。しかし、先生は夢をキャラクターとして登場させた記憶はない。

 創作物で実在する人物を、ましてや一般人を登場させる理由はない。そもそも夢とは今日初めて対面したため、顔を知っているはずもない。だが、原稿の中では作者本人が描いた覚えのない内容の話が展開している。


「……」


 だが、作者ではなく夢には心当たりあった。困惑する作者の表情と、原稿の中でのファシムと夢の戦い方を眺めて思い出した。先日、夢はジゲン・コジアケールで『シュバルツ王国大戦記』の世界へ赴き、エトニック地方でファシムと激闘を繰り広げた。

 あの時の戦闘が様々な画角から絶妙に描かれ、そのまま漫画として残されている。漫画の世界での出来事のはずが、現実の原稿の中で再現されている。


「あの時の……なんで……」

「これって、まさか……」

「そう、そのまさかね……」


 透井と香李も原稿を眺め、事態の異常性に気付く。二人には検討が付いているようだ。なぜ自分達のオトギワールドでの行動が漫画として残されているのかが。


「透井君?」

「つまり、俺達がオトギワールドでやった行為は、そのまま原作漫画の内容として反映されているってことだよ」


 透井君が驚異的な分析力で真実を瞬時に導き出した。これまでジゲン・コジアケールで形成されたオトギワールドは、あくまで漫画の世界観をリアルに再現した異世界だと思っていた。

 しかし、私達が飛び込んでいたあの世界は、正真正銘本物の漫画の世界だったということだ。私達は漫画の世界のキャラクターとして認識され、私達が特訓したりモンスターを倒したりした日々も、全て漫画の内容として反映されていたことになる。


「さっきあなた達と顔を合わせた時、どこかで見たような気がして。ここに描かれてるキャラクターって、やっぱりあなた達のことだったのね」


 当然夢達の存在を知らない作者が、夢達を漫画のキャラクターとして描くはずがない。夢達の姿が描かれる前に、正式な内容の物語が存在していたはずだ。

 それが夢達がオトギワールドで介入したことにより、物語の内容が改変されてしまった。ハルが開発した機械がとてつもない悪影響を及ぼしてしまった。


「何度正しい内容に描き変えても、時間が経つとあなた達が描かれた変な内容のお話になってしまうの。これを雑誌に載せるわけにもいかないし、やむを得ず休載ってことにしたわけ」


 夢達は何度もオトギワールドに転移してきた。その度に作者が描いたネームが、夢達が登場する偽りの内容に改変されてしまっていたのだ。当然そんな事態が続けば、休載を余儀なく選択するしかない。


 夢達は真実を明かされ、返す言葉を失った。まさかの自分達が休載の要因であると知り、口を開く気力も奪われてしまう。


「……俺達の方からも、全て話します」


 しかし、自分達のオトギワールドでの身勝手な行為が要因である以上、こちらも事情を説明しないわけにもいかない。間接的に作品を待ち望んでいる数多くのファンに対しても、迷惑をかけていることになっている。


「実は……」








「……そう、最近の科学技術は凄まじいわね」


 透井がジゲン・コジアケールのこと、オトギワールドの存在、自分達が今までシュバルツ王国大戦記の世界で行ってきた行為の数々を話し終えた。作者は最後まで驚愕することも、批判することもなく静かに聞いた。


「本当にすみません。まさか現実でこんな悪影響が出ていたとは知らず……」

「いいのよ。それだけ私の作品の世界観を楽しんでくれていたのなら、それはそれで嬉しいし」


 オトギワールドの冒険を楽しんでいたのは、決して作者に迷惑をかけたかったからではない。オトギワールドの行為が現実の漫画の内容に反映されると知っていれば、初めからジゲンホールを潜りたいと思うことなどなかった。

 純粋に作者の描く世界観が好きで、モンスターとの死闘に興奮を覚えていたからだ。実際に夢はオトギワールドの冒険を通し、人間的に成長できたことは数知れない。




「……でも、これからはその世界に行くことは控えてほしいな」


 しかし、作者は静かに本音を口にした。漫画家として活動している以上、自分の作品に人生をかけている。作品を愛してもらっていることは光栄だが、仕事が邪魔されてしまっては話は別だ。


「はい、分かりました」


 作者直々の頼みとあらば、断るわけにもいかない。何のおとがめも無しに話が終わっただけ奇跡だ。本来なら自分の作品を好き勝手に荒らされて、重大な責任を取らせたいと思うのが自然だろう。しかし、夢達は注意喚起だけで済まされた。


「……」


 夢の枕元に置かれたサイン色紙が、沈黙に包まれる医務室を冷たく見守る。憧れの作者にサインを頂いて感激だろうが、今はそんな余裕がなかった。









「そっか、ジゲン・コジアケールにそんな問題点が……」


 夢達は青樹家に戻り、ハルに事情を伝えた。サイン色紙を貰えた喜びを持って帰ると思いきや、迎えたのは雨の日の室内のようなどんよりとした空気だった。ハルも休載に追い込む要因として加担してしまったため、深い罪悪感に苛まれる。


「これからはオトギワールドに行くのはやめた方がいいですね」

「そうね。また漫画に悪影響が出ないように……」


 今まで数多くのモンスターと対峙したり、主人公達と共闘したり、現実では絶対に味わえない未知の体験を重ねてきた。しかし、その代償として作者の原稿に多大な悪影響をもたらしていたことに気付いた。

 流石に楽しい冒険がしたいなどという身勝手な理由で、これ以上漫画の世界へ干渉することは許されない。


「あ~あ、あの世界面白かったのになぁ~」


 夢が子供のように残念がる。モンスターとの死闘も大変楽しめたが、結局まだユキテルとも対面できていない。オトギワールドでまだまだやりたいこもが多くあるが、作者の仕事のためには諦めるしかなかった。




「……そういえば、は?」








「……」


 ピッ

 研究室で、ジゲン・コジアケールの電源を入れる音が鳴り響く。何者かがこっそりリビングを抜け出し、機械の操作をしていた。


 ビリリッ!

 円形のアーチにからみつく稲妻が弾け、中央にゆらゆらと揺らめく白い光の物体が浮かび上がった。ジゲンホールが形成されたのだ。再びオトギワールドと現実の世界が繋がった。


「よし……」




 ガチャッ 


「……あ、こら! 香李!」


 研究室の扉が開かれ、廊下から伊織が姿を現した。母親のハルの許可を得ず、こっそりとジゲン・コジアケールを操作していた現場を押さえられてしまった。


「伊織……さん」

「まだお父さんと呼んでくれないのか……って、そんなことより! 勝手に触ったらダメだろ! お母さんに怒られるよ!」

「……!」


 香李は伊織の注意を振り切り、ジゲンホールへと飛び込む。彼女にはどうしても晴らしておきたい心残りがあった。そのため、これが最後の一回だと覚悟して転移した。


「あっ、待って! 香李!」


 伊織も慌てて白く揺らめく穴に飛び込み、彼女の後を追った。


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