第41話「オタクの底力」
「シュバルツ王国大戦記が休載した理由って、何なんですか?」
私は固唾を飲み込み、口を開いた。元々このサイン会で余裕があるなら聞いてみるつもりだったのだ。LOVECA先生の身に何か起こったのではないかと案じていたから。
先生は口をポカンと開けて私を見つめている。当然だ。唐突に答えにくい質問を繰り出されては、作者でなくとも同じ反応をする。
「えっと、ごめんなさい……それは企業秘密というか、公には話せないの」
「あの、どうかお願いします! 私、先生の作品にものすごく救われていて、私にできることであれば力になりたいんです!」
先生の申し訳なさそうな表情に、私も申し訳なさそうな表情で返す。引き下がることはできなかった。ここで諦めてしまっては、心の片隅に木片が刺さったようなむず痒さが、数十年は続きそうな嫌な予感がしているのだ。たとえ休載が終了しようとも。
「……だったら、クイズに答えてもらおうかしら」
一瞬たくらむような頬の緩みを見せた先生は、私に提案してきた。公にされていない休載の理由など、いくら作品を愛読しているからといって一般人には公開することなど許されない。それなりの条件が必要なことくらい、私にも安易に想像できる。
「そうねぇ、私の作品に関する問題を5問出すわ。全問正解できたら教えてあげる」
「分かりました。ありがとうございます」
「ちょっと、夢さん……」
透井君が心配そうな声をかける。大丈夫よ。こちとら先生の全作品を10周以上は読み込んできたファンの中のファン。『シュバルツ王国大戦記』に関しては、全巻20周は読んでるわ。私のオタクとしての底力を見せてやる。
「第1問、『恋愛のススメ』でヒロイン
「グッド!!!」
「正解……」
一問目は難なくクリア。先生のラブコメ漫画の中でも屈指の名作である『恋愛のススメ』。その中でもヒロインの胡桃ちゃんが、犬の英単語『ドッグ』を逆さまにして付けた名前は印象的だ。
主人公の
「第2問、『かくれんぼ』の主人公ウィルの得意料理は?」
「ナポリタン!!!」
「正解。これは簡単だったかしら」
当たり前だ。お互い魔法によって姿を変えられた主人公ウィルと、ヒロインのラルカのお互いを探す過酷な日々を描いた恋愛漫画。そんな物語の鍵にもなった主人公の得意料理など、忘れる方が難しい。あの作品マジで名作なのよねぇ。何度読んでもラストが泣ける。
「第3問、『枕の精子』でヒロイン
「穴があったら
「正解……だけど、あなたこの作品も読んでるのね……」
『枕の精子』は徳郎がとてつもなくドスケベで、賛否両論分かれる作品だ。彼の下ネタは奈津子だけでなく読者まで不快な気分にさせてくるけど、私は一周回って好き。
そもそも先生のR-18作品は数少ないけど、網羅していないと真のファンとは名乗れない。まぁ、私17歳だから違法拝読してるんだけどね。良い子も悪い子も真似しちゃダメよ。
「第4問、『104号室の魔女』のK少年の……」
「
「早!? 正解……」
現代社会でひっそりと暮らす魔女とK少年との交流を描いた『104号室の魔女』。主人公の少年の名前はなかなか明かされなかったけど、すったもんだあって最終話にようやく明かされた。
この作品の名を挙げたら、問われる解答くらい問題全文聞かれなくたって検討はつく。主人公の本名を当てさせる以外にない。
「じゃあ、第5問『シュバルツ王国大戦記』にて……」
来た、私の一番大好きな作品。これなら即答なんて容易い。
「主人公アルマスが信じている王国に伝わる古い予言は?」
「え?」
よ、予言? 待って。そんな設定今まで描かれたことあったっけ? 私はアルマスが描かれたコマを脳内で全て想起したけど、問題にある描写は一瞬も思い出せなかった。
まさか、まだ原作では描いていない設定か!?
「えっと……」
もしそうだとしたら、ファンであっても答えられるはずがない。まだ漫画では描かれておらず、作者しか知らない設定だなんて、そんなのズルいわ。5問目にしてまさかの伏兵。そんなに私に休載の理由を教えたくないのね。
しかし、私は脳味噌をフル回転させた。ナメないでちょうだい。私はシュバ大を世界一愛するオタクよ。絶対に答えてみせる。考えろ考えろ考えろ。思い出せ……思い出せ……私……。
「予言……予言……」
この勝負、もらった。
「国が……混沌に陥る時、じっ、次元を超えし救世主現れ、闇を晴らさんと……刃を振るう!!!」
「えっ……せ、正……解……」
「やっ……た……」
バタンッ
正解を突きつけた次の瞬間、視界がぼやけて右に傾いた。気を失ってしまうと気付く前に視界は真っ暗となり、私の体は床に倒れて打ち付けられた。
「夢さん!!!」
透井君の叫び声を最後に、私の感覚は閉ざされた。
* * * * * * *
「大丈夫?」
「ここは……」
目覚めた夢の視界に映ったのは、天井に備え付けられた蛍光灯の白い光だった。まだ少々重たい頭と、仰向けの体に飛び込む病人としての視界の画角が、自分の身に何が起こったのかを物語る。
「作者と何か話してただろ。その後に気を失って、ここに運ばれたんだ」
「そっか、LOVECA先生のクイズに答えてて……」
夢の脳内に記憶が飛び込んでくる。自分は『シュバルツ王国大戦記』の休載の理由を教えてもらうために、作者本人から出されるクイズに答えていた。最終問題の5問目の解答を何とか捻り出したところ、脳を働かせすぎてしまい、疲労のあまり意識を失ってしまった。
「この人達が夢さんを医務室まで運ぶのを手伝ってくれたんだ」
「そうなんだ……ありがとうございます」
透井の話を聞くと、自達の後ろに並んでいた大学生の男女カップルが、夢が倒れた途端にすぐ駆け寄って、医務室まで搬送するのを手伝ってくれたらしい。今もここにいるということは、夢の目が覚めるまで見守ってくれたということになる。
夢がクイズなど受けていたせいで長く待たされていたというのに、なんと優しいんだろう。
「まぁ、前にも似たようなこと経験したしな。それに、楓なら放っておかないと思ってな」
「ふふっ、それは裕光君もでしょ」
二人で見つめ合って微笑むカップル。見ず知らずの人を率先して介抱するとは、綺麗な心の持ち主だ。先程は内心リア充爆発しろなど馬鹿にしていたが、夢は自分が爆発してお詫びしたいほどの罪悪感を抱いた。
「それじゃあ、お大事にね」
「はい、ありがとうございます」
夢が無事であることを確認し、二人は医務室を後にする。去り行く背中がまるで歴戦の猛者を彷彿とさせる力強さを宿している。一般人ではあるんだろうが、過酷な試練を乗り越えた末に結ばれたような、愛の強さを感じるのは気のせいだろうか。
ガチャッ
「二人共、ありがとね」
「らっ!?」
「LOVECA先生!」
二人が医務室のドアを開けた先には、原作者のLOVECA先生が立っていた。どうやら二人が医務室を出るのを待っていたようだ。
「はい、これ。あなた達はまだ書いてなかったからね」
『あ、ありがとうございます……』
先生からサイン色紙を受け取り、ウキウキ気分で廊下を歩いていく二人。彼女は医務室に入り、夢の寝ているベッドに歩み寄った。
「それにしても、流石ね。第11巻の96ページの小さい1コマにさりげなく書いただけの文章を、一言一句丁寧に暗記していただなんて」
「いえいえ、私にはあからさまでしたよ。思い出すのに苦労しましたが、あれは絶対に後に回収されるであろう伏線と睨んでいましたから……って、LOVECA先生!?」
作者が医務室に入ってきたことに一瞬遅れて気付き、ベッドの上で跳び跳ねて正座する夢。作者の目に見えない神々しいオーラに震え、横になりながら応答する態度が急に恥ずかしくなってしまった。
「いいのよ、かしこまらなくて。そこまで読み込んでるなんて、凄いわね。オタクの底力、思い知ったわ」
先生の優しさにあやかり、再び布団を被って横になりながら話を聞く夢。彼女は心の中で胸を張る。彼女にとって先生の描く作品の世界観の崇高さは、そこら辺の作品の表現とは雲泥の差だった。改めて憧れの作者と対面して会話ができている奇跡を噛み締める。
先生が真剣な表情に戻った。夢はどんな秘密も堂々と受け止められるよう、心の準備をした。
「……それじゃあ、教えてあげる。シュバルツ王国大戦記の休載の訳をね」
サッ
先生はとある漫画の原稿用紙の束を取り出した。一瞬アルマスの姿が描かれているのが見えたため、どうやら『シュバルツ王国大戦記』の最新話の原稿のようだ。
「これが、理由よ」
「……え?」
そこには、夢の姿が描かれていた。
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