第34話「幻惑の煙」
「黒魔術、“
カァァァァ……
ファシムが掲げた水晶から、橙色の淡い光が放たれる。次の瞬間、水晶の表面から同色の煙が沸き立ち、生物の形を形成する。細長い手足と黒い巨体、虫のような姿だった。
「ベネジクト!」
煙はベネジクトの形に変化し、地上に着地する。カサカサと音を立てて迫り来る様は、通常のモンスターと何ら変わりはない。ファシムは水晶で次々とベネジクトの個体を作り、放って夢達を襲わせた。
「もう毒液なんか怖くないでござる!」
「待て卓夫!」
果敢に斬りかかろうとする卓夫を、透井が慌てて制止しようとする。しかし、先に卓夫のヤケドシソードの刀身が届いてしまい、ベネジクトの体を真っ二つに切り裂く。
バァァァ!!!
「ぬわぁ!?」
斬られた箇所から弾けるように、橙色の煙が噴射される。モンスターに致命傷になるような攻撃を与えたことにより、体が崩れて煙が弾けたのだ。このモンスターはファシムの魔法によって作られたものであり、本物ではない。
「ま、前が……」
弾けた煙は辺り一面をくまなく覆い、夢達の視界を奪った。魔法によって生み出されたモンスターは、安易に攻撃してはいけない。相手に隙を与えてしまうことになる。無駄に自信がついてしまったことにより、卓夫はそのことを忘れていた。
「我の魔法はモンスターの幻を作り出すことができる。攻撃しては逆効果だ。命を縮めることになるぞ」
ご丁寧に相手を心配するファシム。余裕な表情を全く崩さず、懐から小刀を取り出す。そして雲の上から飛び降り、煙に紛れ込む。
「……!」
ガキンッ
再び刀がぶつかり合う音が、一同の耳をつんざく。透井は喉元を掻き切られる直前に、ヤケドシソードで防いだ。優れた反射神経で事なきを得たが、視界を奪う煙が漂う中で防戦一方となる。
「あいつ……こんな煙の中で周りが見えるのね。ただ者じゃないわ」
「みんな! 煙が消えるまで油断するな!」
夢達は各々武器を構える。視界が悪い限り、迂闊に移動できない。動きを封じられたようなものだ。濃い煙に包まれた中で、どこからファシムが攻撃を仕掛けてくるか分からない。一瞬の油断が命取りとなる。
「ああもう! 邪魔くせぇぇぇ!!!」
ブンッ!!!
何か固いものが空気を切る音が響き渡る。次の瞬間、視界を覆っていた橙色の煙が真横に吹き飛ばされ、周りの森林や地面が露となる。大きな怪物が横切ったような暴風が、一同の体を押す。
「テムス!」
「今だ! 今のうちにやっちまぇぇぇぇぇぇ!!!」
テムスが棍棒を構えて叫ぶ。彼が馬鹿力で棍棒を一振りし、煙を吹き飛ばしたようだ。思いがけぬ打開策を繰り出されたが、夢達にとっては好都合だ。これで再度煙が発生してしまったとしても対処できる。
「俺も……」
透井も剣を構えてファシムの急所を捉える。生物である以上、急所を攻撃すれば命を絶つことができる。そして、相手が魔法を使って本気で向かってきたのであれば、こちらも遠慮なく本気を出せる。
「コールド……スラッシュ!!!」
ザッ
透井は剣を一振りし、刀身から冷気を纏った水色の残撃が放たれる。技の名前をあらかじめ記憶していたわけではないが、なぜか不思議と口にできた。細胞に薄く刻まれているような感覚だった。
しかし、そのことに言及している場合ではない。敵は地上で突っ立っており、煙を無効化されて動揺している。攻撃するなら今が最大のチャンスだ。
サッ
「……」
「なっ!?」
しかし、ファシムは残撃を華麗にかわし、アクロバティックなジャンプを見せて雲に着地した。ファシムが魔法で生み出した雲は、自由自在に動き回ることができる。
「くっ……」
透井はすかさず何度も残撃を放つが、雲は蛇のようにくねくねと動き回って回避する。その度にファシムの涼しい顔が視界に写り、一同は悔しさともどかしさを抱えたまま佇んでいた。
「えいっ! えいっ!」
ポンッ ポンッ
夢も持参した気まぐれ爆弾を大量に地面にばらまき、スイッチを押し、ファシムに投げつける。しかし、ほとんど小規模の爆発で終わってしまった上に、爆発に巻き込まれないように動く雲の前では無力だった。クラッカーのような可愛らしい音で弾ける爆弾が、実に腹立たしい。
「おい! 降りてこい! ズリィぞ!!!」
テムスが棍棒を振り回しながら、浮かぶ雲に向かって叫ぶ。空中に逃げられては手出しはできない。ファシムは怒鳴り声に一切狼狽えることなく、冷たい視線を雨のように浴びせるだけだった。
「今、降ろす」
バァァァァ……
再びモンスターの幻が降ってきた。ベネジクト、サイレントウルフ、アラトモニア、バルタロス……これまで夢達が戦ってきたモンスターの大群が牙を剥く。
「うわぁぁぁ!!!」
「構うな! 切れ! 煙なんか吹っ飛ばしてやんよ!!!」
テムスの言葉により、容赦なく武器を振るう勇者達。モンスターは倒されると煙となって弾けるが、テムスが棍棒を振って煙を吹き飛ばす。煙を無効化することは可能だが、ファシムには攻撃が届かない。
“考えろ……どうにかしないと”
幻のモンスターを攻撃し、弾けた煙を吹き飛ばす。また新たな幻のモンスターを生み出され、煙を……。
これではいくら攻撃してもキリがない。無駄に体力を消耗するだけだ。だからと言って、雲の上に逃げられていては手出しもできない。ファシムは見下ろしながら、こちらの体力が尽きるのを虎視眈々と待っている。
透井は思考に思考を重ねた。自分は魔法が使える。魔法の力で何とかならないものか。
「うぅぅ……私達だって空を飛ぶ魔法とか使えればいいのに……」
「空を飛ぶ?」
夢の呟きに、透井は反応した。
「幻影乱舞……」
再び幻のモンスターの大群の猛攻。これ以上翻弄されては本当に体力が底を尽きてしまう。幻とはいえ、攻撃を受ければ傷を負う。本体でない者の攻撃に戸惑っている場合ではない。
「クソォォォ!!!」
「無駄だ。お主らの攻撃は、我には届かん」
「そいつはどうかな」
ガッ!
突如、透井が剣を横に一振りした。その瞬間、氷の壁がスキーのジャンプ台のような形で形成され、透井の前に現れる。その場にいた全員が極寒の地に一瞬にしてワープさせられたように、辺り一帯に冷気が漂う。
「なっ!?」
ファシムが初めて動揺の表情を見せた。透井が形成された氷の壁を下方から滑り上がってきたのだ。助走を付けて走り出し、まさしくスキーのように滑りながら空中へと飛び上がった。会得した氷の魔法を驚くほど使いこなしており、夢達は口を開けて佇んでいた。
「くっ……」
滑り上がった勢いで空中に飛び上がり、透井が雲に乗るファシムと肩を並べる。同じ高さまで飛び上がった瞬間、透井はすかさず剣を振り下ろす。しかし、ファシムは動揺しながらも冷静さを失わず、雲から飛び降りて攻撃をかわす。
「今よ!」
夢が叫び、勇者一同がファシムに斬りかかる。見事飛んでみせた透井の攻撃を、雲を移動させて回避する余裕がなかったようだ。地面に落ちてしまったファシムは、自分の力では浮遊はできない。最大のチャンスを逃すまいと、数多の刃がファシムの喉笛を狙う。
「あっ……」
ファシムは右後方に転がっていった水晶に気付き、慌てて取りに向かう。地面に落ちた際に手放してしまったようだ。奴の表情からかなり動揺しているのが見てとれる。しかし、ファシムの手が届く前に、夢のヤケドシソードの刃が届いた。
「オタクを……ナメるなぁぁぁぁぁ!!!」
ザッ!!!
夢が伸ばした刃の先が、ファシムの心臓を貫通した。血渋きが地面に付着し、ファシムが呻く。不可能を可能にするオタクの刃が、幻想に打ち勝った瞬間だった。
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