第35話「ハイ・ゲースティー」



「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 ファシムの心臓にヤケドシソードを刺し込んだ夢。そのまま束のダイヤルを回し、火力を最大まで上げながら横に振り切ろうとする。肉をじわじわと焼き切る音が生々しいが、敵を倒すという目的一つに集中し、思いきって刀を横に振った。


 ブシャッ!

 大量の血液が空中に舞う。ファシムは胸を抉り切られた激痛に悶絶し、地面に倒れる。夢も刀を振り切った勢いで倒れ、息を切らす。


「夢さん!」

「夢殿!」

「夢!」


 透井、卓夫、香李が駆け寄る。偶然にも雲から飛び降りたファシムが夢の近くに落ちてきたため、夢がトドメを指すことになった。夢と一同は、確実に感じた手応えに歓喜する。


「やっ……た……」

「ああ、夢さんが倒したんだ。よく頑張った」


 透井と夢は互いに微笑みかける。視界に映る愛しの相手の笑顔が、戦闘で負った傷口を塗り固めていく。初めて自分達の力で依頼をこなし、尚且つ過去最高級に強い敵を倒した。達成感が重量となって体が重く感じる夢だった。


「フンッ、こんな時までイチャイチャしやがって……ムカつく奴らだぜ。まぁ、トドメを刺したのはそっちだし、仕方ねぇから報酬は半分くれてやんよ」


 テムスが背後から嫌味を言う。だが、ファシムを倒せた喜びも混ざり、満更でもないような表情だ。彼らも煙の無効化に貢献しており、戦闘を優位に進めるために欠かせない存在であった。疲労で声が出しにくいため、夢は心の中で感謝した。








 ザッ!


「がっ……」


 夢達は信じられない光景に唖然とした。テムスが背後から斬られた。なんと刀を振り下ろしたのは、彼と同じギルドのメンバーの勇者だった。


「な、何してるでござるか!?」

「お前らこそ何呑気に寝転がってる! 敵はまだ生きてんぞ!!!」


 動揺する卓夫に叫ぶ勇者。その瞳は真剣そのもので、敵を前にする時の闘気を纏っていた。だが、実際に目の前で繰り広げられたのは、ギルドのリーダーであるテムスを、仲間を殺すという光景だ。勇者はテムスと敵と呼んだ。


「て、敵……?」




「ぐはっ!?」

「おい! 待て! よく見ろ! 俺だって!」

「なっ、あっちにも!? 分身してるのか!?」

「え……?」


 夢は辺りを見渡すと、テムスのギルドメンバー達が、同じように仲間に攻撃をしかけている姿が目に飛び込んだ。攻撃をしかけている勇者達は、何の疑いも持たずに仲間に武器を向けている。既に数人の犠牲者が出ている。仲間同士での殺し合いという残酷で醜い光景だった。


「どうなってんだ……」

「なんで……みんな戦い合ってるのでござるか……」

「ていうか、ファシムはもう倒したはずじゃ……」






「言ったであろう。ここはお主らの死地だと……」


 次なる信じられない光景に、夢達は目眩を感じた。心臓を抉り切ったファシムが、血まみれになりながら立ち上がっている。目を凝らしてよく見ると、先程夢が焼き切ったファシムの胸元が再生し、傷口が塞がっている。


「我のではない……」

「なんで……なんで死なないの……」

「そうか! 奴もゲースティー!」


 透井は先日のルオース地方を襲った再生能力を持つモンスターとの戦闘で、アルマス達が語っていた単語を思い出した。ゲースティー、イワーノフが魔法実験を繰り返して生み出した新たな生命体だ。異常な再生能力と攻撃力を兼ね揃え、世の理から外れた存在ある。


「我はそんな低級の者ではない。イワーノフ様から黒魔術を授かった選ばれし存在、ハイ・ゲースティーだ」


 ファシムは再び水晶を光らせ、魔法を発動した。水晶は橙色の輝きを放ち、勇者達の目を釘付けにする。


「黒魔術、“まよまなこ”」




「ぐあっ!?」


 再びテムスのギルドメンバーが、仲間に向けて刃を振るう。まるで敵を相手にするような勢いのある攻撃が、同志であるギルドメンバーに向けられているという異常な光景だ。


「まさか、ファシムが何かしたでござr……うぉいっ!?」


 慌てて卓夫が攻撃をかわす。何と彼に武器を向けたのは、香李だった。ビコビコハンマーを構えながら睨み付けてくる。


「こいつ……どうやったら死ぬのよ!」

「香李ちゃん! 落ち着くでござる! 我! 卓夫でござるよ!」


 卓夫が何度も呼び掛けるも、香李は聞く耳を持たずにハンマーを振り回し、卓夫を撲り殺そうとする。どうやら彼女は悪ふざけをしているわけではなく、本気で卓夫を敵だと思い込んで攻撃しているようだ。


「みんな……一体どうしたっていうの……」

「幻覚を見せられてるんだ」

「え?」


 透井は香李の様子を見て結論に達した。先程ファシムが発動した魔法は、相手の視覚をコントロールし、思い通りの光景を見せることができるようだ。

 つまり、突如仲間を攻撃したテムスのギルドメンバーや、卓夫を攻撃した香李の視界には、ファシムの幻覚が映っているという。彼らは目の前にいる仲間を敵と錯覚して攻撃をしているのだ。


「そんな……」

「早く止めないと!」




 ガッ


「なっ!」


 止めに入ろうとした透井の剣に、サイレントウルフの牙が食い込む。ファシムが再びモンスターの幻を生み出し、攻撃を仕掛けてきたようだ。仲間同士の斬り合いを止めなければいけないこの時に、障害に阻まれた。


「透井君!」

「クソッ、邪魔だ……」


 幻覚を見せられている者、仲間からの攻撃を受け止める者、モンスターの幻に阻まれて動けない者……。それぞれが別の障害に足を取られ、本体であるファシムに致命傷を与えることができない。

 それに加え、ファシムはハイ・ゲースティーであるため、生命の根源であるコアを破壊しないと倒すことができない。


“コアはゲースティーの体のどこかに隠されている。ファシムのコアもどこかにあるはずだ……”


 サイレントウルフの攻撃を受け止めながら、ファシムの様子を探る透井。刀身に食い込む牙の威力が強く、押し返す余裕はない。更に幻は致命傷を与えると煙となって爆発する。再び視界を奪われるのは厄介だ。

 更にテムスが背中を斬られているため、煙を吹き飛ばすことができない。自分達の力だけでは、幻や煙を無効化する手段が思い付かない。


「諦めるが得策であろう。お主らに勝ち目などない」


 ファシムは水晶で雲を形成し、それに腰を下ろす。再び空中に身を潜められては、更に戦況は開く一方だ。ファシム自身は何もせず、このまま全滅を待つのみ。ハイ・ゲースティーの恐るべき黒魔法の強大さに、恐れを成す一同。


「一体……どうすれば……」


 空中から再び冷たい眼差しを浴びせるファシム。夢はどん底から敵を見上げ、冷や汗をかきながら考えあぐねた。この状況を打開する策は、果たして見つかるのだろうか……。


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