第29話「悪の力」
クロノス地方、ガイア城。元々展望台として建っていたこの城を改装し、イワーノフは根城として使っていた。悪の巣食うこの城付近では、常に雲行きは怪しく、あまりの不気味な空気に近付く者は誰一人としていなかった。
「まったく……気持ち良く暴れ回ってたってのに、こんな時に何の用かねぇ」
城の中心部では、イワーノフに召集された幹部達がボスの帰りを待っていた。リュックのような機械を背負った青髪の男が、落雷を伴う黒い雲を眺めながら呟く。機械には所々穴が空いており、そこから同じく機械仕掛けの触手のようなものが生えている。
「何とも新しいハイ・ゲースティーが仲間に加わったものだから、みんなに顔を見せておきたいとか聞いたわよ」
緑髪の長髪の女が、前髪をいじりながら返答する。彼女の下半身はスライムのように透明になっており、座っていた椅子の座面が透けて見えた。
「そんなことのために集合……無意味……」
筋肉質の巨体の赤髪の男がボソリと呟く。彼の肉体は表面に血管が浮き出ており、動かす度にグジュグジュと気色の悪い音が鳴った。人骨の欠片や肉片のようなものも、筋肉にこびりついていた。
「貴様、イワーノフ様の前でそのような発言は慎むことだ」
ボロボロの和服を着た橙髪の男が、紫色の真珠を撫でながら忠告する。彼は白い雲に乗って浮遊しており、鋭い瞳で筋肉質の男を睨み付ける。
「まぁ、一度面を拝んでおくのも悪くねぇかもな。前の奴みたいにすぐに死ぬような出来損ないを連れて来られちゃあ……ん?」
触手の男が愉快に話している最中に、部屋の奥から扉を開け、ラセフが入ってきた。灰色のローブを身にまとい、静かに幹部達の元へと歩み寄る。彼の放つ異様な空気に一同がざわめく。
「あなたが新入り? 私はシュリンク」
「俺の名前はゾルドだ」
「テイント……」
「我はファシム」
各々が自分の名前を伝える。
「……ラセフ」
「ラセフか……よろしくな。自己紹介はもういいだろ」
触手の男ゾルドは、狡猾な笑顔を浮かべてラセフに歩み寄る。そのまま彼の肩に腕を乗せ、馴れ馴れしく顔を近付ける。
「早速なんだが、お前がどこまでやれるか知りたい。ちょっと付き合えよ」
「……腕をどかせ」
ゾルドはラセフに決闘を申し込んだが、秒で断られてしまう。それどころか、ラセフは彼に目線を合わせようとせず、低い声で命令する。経験の長い先輩を前にして見せる態度ではない。
「ラセフ、態度には気を付けよ」
「おやおや、上下関係とやらがまるで分かってねぇみたいだなぁ、おい」
真珠の男ファシムがラセフに忠告する。みるみるうちにゾルドの額にシワが浮き出る。唐突に幹部の地位に昇格し、しかも失礼な態度を見せてきた不審な男に、これでもかと怒りが沸き上がる。
「待たせたな」
『イワーノフ様!?』
すると、ボスが到着し、幹部達は一斉に横一列に並んで跪く。足音もドアを開ける音も一切聞こえなかった。気配さえ感じさせず、頂点に立つ者としての威厳を放っていた。
「……おっ、おい!」
「何突っ立ってんのよ!」
スライムの女シュリンクが、肘をあててラセフに呼び掛ける。ラセフはボスが姿を見せたにも関わらず、目を合わせるだけで跪こうとはしなかった。ただ落ち着いた態度でイワーノフを見つめているだけだった。他の幹部達は慌て出す。
「構わん。こいつは特別だ」
「なっ!?」
イワーノフの発言にゾルドは頭を上げる。しかし、すぐさま口を開いたことに罪悪感を抱き、目線を下に下げる。つい最近仲間入りしたばかりでありながら、唐突に幹部にまで昇格し、なおかつ幹部の中で特別扱いをすると公言された事実に、驚きを隠せなかった。
「な、納得いきません!」
「なぜ……そいつだけ……」
「其奴は一体何者なのですか」
シュリンクやテイント、ファシムまでもが困惑していた。
「こいつは王家の人間。シュバルツ王国第一王子、ラセフ・コーツェンバルクだ」
「お、王子!?」
ラセフが王族関係者であることを知り、一同は驚きの声を上げた。ラセフも弟のユキテルほどではないが、剣の達人として国中に名を馳せていた。幹部達もその名声は一応周知している。つまり、彼は王族を裏切り、悪に寝返ったということだ。
「しかし、だからといって、特殊な力を持つ我々がこいつより格下ということは……」
「……試してみるか?」
ガイア城の前に広がる開けた草原。ラセフは中央に立ち、半径10メートル圏内でゾルド、シュリンク、テイント、ファシムがそれぞれ囲む。イワーノフは更に離れた位置から見守る。
「天才剣士だか何だか知らねぇが、ひねり潰してやるぜ」
「私達を甘く見ないことね」
「倒す……」
「その実力、いかがなものか……」
ラセフの実力を図るために、一同は一時的に戦闘を行うこととなった。致命傷とはいかずとも、命の危機に陥るほどの強力な攻撃を与えることが勝利条件だ。
幹部達は内心勝利を確信していた。相手は一人で、こちらは四人がかりだからだ。いくらラセフが名を馳せる剣豪だとしても、大人数で一斉にかかれば一溜りもない。
「……始め」
イワーノフの合図と共に、幹部達は駆け出した。
「何……だと……」
「四人がかり……なのに……」
「……」
「無念……」
呆気ない勝負だった。ラセフはかすり傷一つ付けられることなく、一瞬にして四人の首や心臓を切り裂いた。一同は地に伏せられ、ラセフの強さに恐れ入った。
「俺は弟に王位を譲った父上を殺した。俺の行いに反発した母上も殺した」
「だから……何だよ……」
「お前らとは覚悟が違うということだ」
ゾルドは激痛に耐えながら起き上がった。ラセフの瞳は赤く輝いており、この世を焼き尽さんとするばかりの憎悪を宿していた。彼は優秀な剣技と厚い人望を兼ね揃えた弟や、そんな弟に王位を譲ることに何の疑いも持たない両親を憎んでいた。
「俺はユキテルもろとも……この国の全てを破壊する」
「そういうことだ。だから迎え入れた」
イワーノフがラセフに歩み寄る。まるで幹部達がラセフに敗北することを悟っていたように、落ち着いた様子だった。むしろこの結果を、この現実を見せつけるために戦わせたのだろう。
「これで分かっただろ。お前達も今まで以上に気合いを入れろ。自分の職務を全力で全うしろ」
『はっ!』
幹部達は斬られた箇所を押さえながら立ち上がり、離散した。ぽっと出の新人に力の差を見せつけられ、この上ない焦りを植え付けられた。
イワーノフはラセフの優れた剣術だけでなく、嫉妬心と憎悪を買って仲間に引き入れたのだ。国家転覆という目的を達成すべく、利用できる者は何でも利用した。
「期待しているぞ、ラセフ」
「……」
ラセフは首にかけたペンダントを握り締める。ユキテルのことを思い浮かべると、必ずこの行為が癖として現れる。このペンダントは、弟のユキテルが兄にプレゼントしたものだ。ユキテルは笑顔でラセフの首にかけ、二人は永遠の絆を誓い合った。
しかし、今ではあの笑顔が憎くてたまらない。どれだけ鍛練を重ねても剣術で弟に勝つことができず、どんどん実力を突き放されていった。
両親は醜い嫉妬心にまみれた剣術の劣る兄より、美しい剣術を持ちなおかつ優しく思いやりのある弟に王位を継承させた。次期国王に選ばれた弟の面を思い浮かべるだけで、腸が煮えくり返る。
「ユキテル……」
強くなりたいと願えば願うほど、「強さ」という言葉がどんどん自分から離れていく。それと同時に、「才能」という言葉に呪いをかけられる。そして、二つの言葉に恵まれた弟への殺意が腹を突き破りそうで収まらない。
「今度こそお前を殺す……」
大量のモンスターを放ったルオース地方での戦闘。そこで見かけたユキテルの姿。殺したと思っていた憎き弟が、再び戻ってきた。今度こそ弟を勝り、自分の力が上であることを証明してみせる。ラセフはペンダントから手を離した。
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