第20話「主人公」
第4闘技場に着いた頃には、既に戦闘が始まっていた。アラトモニアとバルタロスを倒し、卓夫を救出していたため、圧倒的に出遅れた。
「夢さん!」
フィールドの中央に夢さんの黒髪が見える。そして彼女の目の前には、卓夫が相手していた個体よりも遥かに大きいバルタロスがたたずんでいた。夢さんが無理やり戦わされている。
「早く助けないと! バルタロスはかなり手強い!」
「透井殿が言っても説得力無いでござるよ……」
俺と卓夫は客席の間を突き進む。早く武器を届けなければ。夢さんはまだ戦闘慣れしていない。それに彼女は女の子だ。いくら序盤の雑魚キャラといえど、か弱い女の子が勝てるはずがない。
いや、か弱い女の子かどうかは……正直疑問だが、モンスターの前で素手となると、少なくともか弱い女の子にはなる。
「……」
夢さんはバルタロスの前で微動だにしない。恐怖で怯えているのだろう。あんなに自信に満ち溢れていた彼女だが、流石に素手では凶悪やモンスターに敵わない。対して、バルタロスはいつでも突進の準備ができている。まずい……夢さんが危ない。
「くっ、遠いでござるな……」
「夢さん!」
バッ
このまま走っていては間に合わない。俺は腕を振り上げ、フィールド目掛けて思い切りヤケドシソードを投げた。何とか武器を届けさえすれば、彼女の技量で戦えるはずだ。
「受け取れ!」
ガッ!
「あっ……」
しかし、ヤケドシソードは手前の柵に当たり、客席の足元に落ちた。
「届かなかった……」
「透井だけに、遠い……!」
「うっさいわ!」
こんな時に呑気にダジャレを言っている卓夫。そんなことより、夢さんが……。
「夢さん!!!」
俺は全速力で柵まで走り抜けた。
「……え?」
だが、不思議なことが起きた。一瞬の瞬きの間に、夢さんの姿がどこにも見当たらなくなってしまったのだ。
「夢……さん……?」
バルタロスも彼女を見失い、辺りをキョロキョロと見渡す。今にも夢さんが敵の突進を食らいそうになり、彼女を一点に見つめながら無我夢中で駆けていた。だが、一瞬にして彼女の姿はフィールドから消し去った。
「ま、まさか……嘘でござるよ……」
卓夫が嫌な想像を始める。まさか、敵にやられた瞬間も見ていないし、音も聞いていない。嘘だと信じたいのは俺の方だ。
「夢さん……どこだ……?」
「ここよ!」
「え?」
夢さんの声が近くから聞こえた。柵の奥から彼女が顔を出していた。すぐ近くまで来ていたのか。
「夢さん! 今までどこに……」
「どこにって、ずっとフィールドにいたわよ♪」
「フィールドに?」
「それより、ヤケドシソード!」
夢さんに指摘され、俺は素早くヤケドシソードを柵の奥へと放り投げた。
「あっ、おいお前ら! 試合の邪魔をするな!」
「あぁ?」
「ひっ!?」
近くの観客が文句を言ってきたため、俺は睨み付けて黙らせた。夢さんの命が懸かってるんだ。人の命をおもちゃにするような外道の言葉など聞く気はない。
ブォォォォ……
夢さんを発見したバルタロスが、再度突進してきた。武器を手にした夢さんなら、突進するだけしかできない脳筋野郎など敵ではない。
「いけ! 夢さん!」
「えぇ、狙うは急所!」
ザッ
勝負は一瞬にして決着が着いた。バルタロスの首筋から血が吹き出す。夢さんがヤケドシソードで瞬時に火力を上げ、バルタロスの喉笛を掻き切った。攻撃の一連が非常に美しく、まるでくノ一のようだった。
「やった! 勝った~!」
「よくやった! 夢さん!」
「二人共、恐ろしや……」
生き絶えたバルタロスの横で、ヤケドシソードを天に掲げる夢さん。歓声を上げる俺達の横で、観客席の奴らは不服のようだ。夢さんも救出できた。こんな忌々しい場所にもう用はない。
「さぁ、ここを脱出しよう!」
「待てお前ら! もう逃がさんぞ!」
運営側の追っ手が遅れてやって来た。今度はご丁寧に相手も武器を構えている。だが、今となってはモンスターを倒した俺達の相手ではない。
「ここから勝手に出るなど許されるわけが……」
「あぁ?」
「ひぃぃぃ!?」
もはや剣を振るう間でも無かった。
私と透井君、卓夫君は見世物小屋の出口を目指す。もはや小屋と表現するにはふさわしくないほど広い建物だけど、とにかく一刻も早く悪習漂う陰湿な空気から逃げ去りたい。
「ぐはっ!」
さっきからちょくちょくと邪魔してくる運営の連中は、透井君がバタバタとなぎ倒してくれる。その姿が本物のユキテル君のようでカッコいい。
「ふふふ……ユキテルきゅん……」
「夢殿、もはやユキテルにしか見えんが、一応彼は透井殿でござるよ」
「分かってるわよ」
奪われた武器も取り返したし、透井君がここまで戦闘スキルが高いことが分かって百人力だ。私達は形勢逆転して脱出を図る。
「流石透井君、強いわね!」
「夢さんこそ強いじゃないか。戦闘なんてしたことないはずなのに、もう慣れてるし」
「シュバ大読んでから、勇者に憧れて日々チャンバラごっこしてたからね。それなりには戦えるわ」
「そこまでだ……」
廊下の曲がり角を曲がった先に、バリューさんが立っていた。いや、もはやさん付けなんて不要ね。私達をこんな危ないところに拉致した悪人だもの。やっとお目にかかれたわ。
「バリュー、お前……」
「よくもやってくれたな。だが、逃げられてたまるかよ」
グルルル……
なんと、バリューの背後からゆっくりと3頭のサイレントウルフが顔を出した。この見世物小屋で飼われていたモンスターだろうか。でも、モンスターを手懐けるなんてどうやって……。
「夢さん、下がってて」
「やれ! 食っちまえ!」
バリューの合図と共に、サイレントウルフは駆け出した。恐ろしく俊敏な肉体と鋭い牙は、一度戦って理解している。だが、見世物小屋で飼われているだけあって、獰猛さが外のモンスターより格上だ。
「……あっ!」
「どうしたの?」
「熱伝導が……」
透井君が束のダイヤルをカチカチと回す。しかし、刀身が赤く染まらない。先程追っ手の連中と斬り合っている中で熱を酷使して、火力が切れてしまったんだ。
ガギッ
「くっ……」
1頭のサイレントウルフがヤケドシソードの刀身に噛み付く。他の2匹も透井君に狙いを定めて襲いかかる。私としたことが、彼がピンチになっていることに動揺し、反応が遅れてしまった。
まずい……透井君がやられる……!
「フレイム……カット!!!」
ブォォォ!
次の瞬間、辺り一面が炎の渦に覆われる。これはヤケドシソードが放った炎ではない。私は透井君を庇おうとしたけど、確実に間に合わなかった。それに、この声は一体……。
「なっ!?」
すると、バリューの目の前に胴体が切断されたサイレントウルフが倒れていた。ステージの幕が上げられるように炎がゆっくりと消え、視界にサイレントウルフの死体が映し出される。
「だっ、誰だ!」
「僕らを知らないとは、小者にも程があるよ」
それは、先程の炎のような赤い髪、強靭な肉体を包み込む分厚い戦闘服、強大な魔力を宿した聖剣、そして正義感に満ち溢れた輝かしい瞳。彼を形作る特徴全てが、世界を救ってくれそうなほどに優しく、暖かい。
シュバルツ王国大戦記を読んだ者なら、憧れないことはない誠実で勇ましい男だ。
「あっ……」
「君達、大丈夫?」
動いてる……彼が息をして喋っている。私達のピンチに、まるで流星のごとく現れて助けてくれた。あまりの勇ましさに、バリューだけでなく残りのサイレントウルフまでもが怖じ気づいている。私も感激のあまり言葉を失う。本当に会えるなんて思わなかった。
「ア、アルマス!!!」
そう、彼はシュバルツ王国大戦記の主人公、アルマス・アバンシーだった。
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