第10話「隠れオタク?」
「着いた。ここだ」
「ここがユキテルきゅんのお家♪」
「透井だって……」
夢さんと卓夫を連れ、俺は自宅にたどり着いた。ハルさんに養われてる身だから、正確には俺の家ではなくハルさんの家なんだがな。夢さんは家の外見を眺め、目を宝石のようにキラキラと輝かせている。
「ボロい家でござるな」
「お前デリカシーとか無いの?」
到着して早々家をディスる卓夫。忍者?武士?のような口調と相まって、余計にムカつく。夢さんは普段からこんな男とつるんでるのか。つくづく夢さんの友人とは思えない。
まぁ、俺の容姿がそこそこ優れてるから、嫉妬しているのもあると思うが。自分で言うのも恥ずかしいな……。
「あんまり騒がしくしないでくれよ」
「頑張ってみる」
満面の笑みで返事する夢さん。頑張ってみるって何だよ……。
ガチャッ
「透井君、おかえり」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!! めっちゃ美人なママ!!!!!」
「夢さん!」
夢さんが秒で約束を破ってきた。いつでもどこでも元気だなぁ。ハルさんは俺が帰ってきた時、いつも玄関まで出迎えてくれる。白衣姿であることから、今日も一日実験に明け暮れていたらしい。わざわざ時間を割かなくてもいいのに。
「この人は母親じゃないよ」
「え? それじゃあお姉さん?」
「でもないけど……詳しいことは後で説明するから」
とはいえ、どう説明すればいいのか分からない。親戚というわけでもないが、一応身寄りのない俺を引き取ってくれた人だ。複雑な家庭環境だと思われそうで心配だな。
「好きです!!! 付き合ってください!!!」
「おい卓夫!!!」
卓夫がハルさんを見た途端、唐突に告白し始めた。どれだけ空気読まずなんだ、こいつは。夢さんも大概だが、とんでもない伏兵が潜んでいた。
「初めまして、透井君の保護者の青樹ハルです。よろしくね」
よかった。ハルさんは卓夫の告白を堂々とスルーし、自己紹介を始めた。独特なノリの友人が家に来ることが心配だったが、ハルさんは何とかもてなしてくれているようだ。
「透井君にお友達ができたなんて嬉しいわね♪ さぁ、上がって。今お茶入れるから」
「いえ、友達じゃありません」
卓夫! いい加減にしろ! いちいち気にかかるような発言をするな! あと、気が抜けて口調が普通になってるぞ。
「ハルさん、めちゃくちゃ美人ね。パパ活したら10万くらい稼げそうな顔してる」
「何言ってんの……」
夢さんの意味不明な発言を軽く流し、俺は二人をリビングに案内した。ハルさんがキッチンでお茶を入れてくれている。その間に俺は戸棚からお茶菓子と皿を用意する。二人の好みが分からないが、無難にクッキーでいいか。
「あれ? 透井君の部屋に行かないの?」
「え? えっと……」
夢さんが階段を指差して尋ねる。今は自室に……というか、2階に向かうわけにはいかない。玄関に靴が置かれていたため、あいつは今2階にいる。やかましく騒ぎ立てようものなら、確実に怒鳴りに来る。
「ねぇ母さん……あっ」
あ、下りてきた。あいつだ。
「誰……?」
見知らぬ高校生男女が家に上がっていることに気付くと、彼女はあからさまに嫌そうな目つきを俺達に向けてきた。まあ、ほぼ四六時中向けてきてるんだがな。俺が学校の友人を家に招いた途端、不審者を相手にするような表情だ。
「あら可愛い。妹さん?」
「いや、ハルさんの子だよ。名前は青樹香李」
「ちょっと、勝手に名前教えないでよ」
俺が人を自宅に迎えるのを躊躇っていたのは、香李の存在を危惧していたからだ。彼女は自分の生活の領域に他人が踏み入るのをひどく嫌う。見知らぬ人が侵入しようものなら、縄張りを主張する猛獣と化すだろう。
「私は浅香夢。透井君のお友達よ。よろしくね」
「……」
香李は夢さんの自己紹介に返事せず、戸棚からオレンジジュースの缶を取り出し、冷たい表情を崩さぬまま階段へ向かう。夢さんがせっかく話しかけてくれたのに、なんて失礼な奴なんだ。身内だけでなく、まさか来客にまであのような態度を取るとは。
「……何?」
すると、階段に向かおうとする香李の前に、卓夫が真剣な表情を浮かべて立ち塞がった。行く手を阻むように、ドンと胸を張っている。年上としてビシッと説教をかましたやるのだろうか。
「君、香李ちゃんだっけ?」
確かにあんな態度を取られたら、卓夫なら一言物申したくなるよな。でもその対応は、今は実にありがたい。何だ。しっかりしたところあんじゃん。
ザッ
「香李ちゃん! 今俺は君に一目惚れした! 頼む! 俺と付き合ってくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
前言撤回。やはりこいつはただの変人だ。
「は? キモッ……。近寄らないで、変態」
「うっ……」
香李の罵倒は相当堪えたようで、卓夫はその場に崩れ落ちる。一言だけなのに攻撃力抜群だな。
しかし、流石に今回ばかりは香李に同情だ。何の前触れもなく唐突に表れた男に物凄い勢いで告白されたら、恐怖以外の何物でもない。卓夫の奇行のおぞましさが、香李の態度の悪さを上回った瞬間だった。
バタッ
「あっ!」
階段を駆け上がろうとした香李だったが、腕に抱えていた本を落としてしまった。余程卓夫の告白による不快さが全身をめぐり、手足が麻痺されてしまっていたのだろうか。
「……え?」
夢さんが落とした本の表紙を見て、驚きの声を上げた。
「シュバルツ王国……大戦記……」
表紙を上にして、本が床に落ちた。タイトルは俺や夢さんがよく知っている『シュバルツ王国大戦記』。その巻数は5巻で、俺がまだ知らないキャラクターが表紙に描かれている。
「香李ちゃん、それ……」
「……!」
バッ
香李はすぐさま漫画を拾い、顔を見られた強盗犯のようにスタコラと階段を上っていく。夢さんが問い詰めようとするも、気付いた時には足音だけを残して行ってしまった。あんなに慌てる彼女の姿は、俺も初めて見た。
「……やっぱりね」
「やっぱりって、何が?」
もう姿が見えなくなった香李を眺め、夢さんは何かの確信を得たように微笑む。
「一目見た時から、彼女には感じられたのよ。オタクのオーラをね」
「オタクのオーラ?」
オタクのオーラという謎の事象についての持論を展開する夢さん。まるで大学教授のように腕を組んで語り始める。
「まずシュバ大の5巻は、主人公のアルマスと相棒のローダンが初めて会い見える回、さらにユキテル君と兄ラセフの確執の回も細やかに描かれていて、ファンの中でも屈指の神巻と言われてるんだけど……」
「ちょっ、夢さん、ごめん。俺にも分かりやすく言ってくれない?」
急に長々と作品の魅力を語られても、俺はまだ5巻を読んだことがないから理解が追い付かない。理解してあげたいのは山々だが、俺の脳のキャパシティも考えてほしい。
「ごめんごめん。とにかく、そんな巻を読んでいたってことは、香李ちゃんもかなりのオタクの可能性があるわね……」
「そうなんだ……」
とにかく、香李も夢さんの言うオタクという特殊な種族らしい。俺にはまだよく分からないが、夢さんは思いがけず同じオタク仲間を見付けられて、テンションが上がっているようだ。
「オタクにもいろんな人種があってね。私のようにオープンな人もいれば、彼女のように内向的な人もいるの」
「へぇ……」
もはや香李がオタクであることは決定事項なのか。
「それにしても、まさか私と同じシュバ大が好きなんてねぇ~。何とか仲間に引きずり込みたいわ……」
そういえば、夢さんは普段クラスメイトの女子とはあまり積極的に交流してこなかったが、さっきから香李に対しては友好的な様子だな。自分と同じオタクのオーラを感じたというのは本当なのだろう。同じ種族なら仲良くなれる可能性は大いにある。
「よし、何とか彼女と仲良くなってみましょ!」
「おう! 絶対に付き合ってやる!」
「おいおいおいおい」
夢さんはともかく、卓夫はやめろ。ていうか、いつの間に復活したんだ。さっきまで振られて落ち込んでたくせに。能天気なオタク達だなぁ。
だが、これが友人というものだろうか。同じ趣味で繋がって、笑い合って楽しむ仲間。俺も同じ仲間だと思ってもらえてるだけで、何だか人生が明るく彩られていくような気がする。
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