オトギワールドと夢の架け橋

KMT

序章「オタクの少女」

第1話「ユキテル」



 KMT『オトギワールドと夢の架け橋』



 カンカンカン!

 レイシエール国立図書館の館内に、けたましい鐘音が鳴り響く。耳をつんざく金高い音に急かされ、イワーノフはマントを翻しながら駆け巡る。自力で算出した効率的な逃走経路だ。しかし、館内を巡回していた警備員も俊敏であり、早くも足音が近付いてくる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 イワーノフの手元には、数冊の魔術書が抱えられている。非魔法族のために開発された使い捨て魔法が込められた魔術書だ。

 そして、彼は図書館の奥深くに隠された禁断の書庫から、門外不出とされた危険な魔術書をいくつか盗み出した。当然極刑に値する犯罪行為である。


「どこだ! あいつ、どこに行った!?」

「まだ遠くには行っていないはずだ! あの書庫の物を盗られたらまずい! 何が何でも探し出せ!」


 警備員の焦りの声がこだまする。どうやら近くまで迫っているようだが、こちらの正確な位置までは把握できていないらしい。これはチャンスだ。今のうちに外に脱出し、なるべく距離を取ろう。


 ザッ

 イワーノフは窓から体を乗り出し、外の草影へと飛び込む。体勢を整え、深い森目掛けて駆け抜ける。

 多少危うい場面が見られたが、練りに練った盗難計画は奇跡的に成功した。木々の間から差し込む真夜中の月光が、己の勇姿を祝福してくれているように感じられた。




 ザザザッ 


「……!?」


 しかし、束の間の安寧は、背後から忍び寄る何者かの気配によって、敢えなく絶ち切られた。怪しく揺れる草影が、半径5メートル圏内に何者かが近付いていることを知らせている。イワーノフはすぐさま警戒を再開し、逃走の脚を早める。


 バサッ

 深い森を抜けると、その先は高い崖だった。イワーノフは慌てて両足を止める。蹴飛ばされた小石が奈落の底へと消えていき、高さを諸に感じさせる。


 ザザッ


「それをどうするつもりだ」


 森の中から長身の男が姿を現した。赤いマントに紺の軍服、腰には聖剣を携え、たくましい騎士の姿をしていた。透き通る白髪を風でなびかせ、爽やかな風体を見せつける。


 彼はこのシュバルツ王国第27代国王の息子、ユキテル・コーツェンバルクだ。王位を継承することが約束されており、国民からの人望も厚い王子である。


「ユキテル……」

「イワーノフだな。お前の悪事は度々聞いている。だが、今回の罪は見逃すには重すぎる。心苦しいが、お前は憲兵に引き渡す」


 ユキテルが醸し出す強者の風格は、イワーノフの戦意を失墜させるには十分だった。ユキテルは国民の誰もが称賛するほどの、優れた剣技の持ち主である。

 国を旅する数多の勇者は、皆卓越した戦闘力を秘めている。しかし、ユキテルはそれを更に凌駕するほどの才能を持ち合わせていた。


「くっ……」


 ユキテルは自身の強者たる噂の力だけで、イワーノフを平服させてしまった。イワーノフは地面に腰を下ろし、抱えていた魔術書を足元に置く。ユキテルは彼を連行しようと、ゆっくり歩み寄る。




 バサッ


「なっ!?」


 すると、突然横の草影から何者かが飛び出してきた。暗くて顔は確認できないが、白く輝く刃だけがはっきりと見えた。


 ガキンッ

 ユキテルは瞬時に腰の剣を抜き、防御する。剣と剣がぶつかり合う音が、夜の森にこだまする。月光が二人を照らし出し、ようやく相手の顔が確認できた。


「ラ、ラセフ!?」


 なんと、ユキテルを襲ったのは同じく国王の息子、王子のラセフ・コーツェンバルクだった。彼はユキテルの双子の兄であり、弟と共に次期国王の候補として名を連ねていた。


 ガッ ガッ


「くっ……」


 そんな兄が、冷酷な表情を浮かべながら、弟を殺しにかかっている。ユキテルは最近はラセフと口を交わすどころか、姿を見ることすらなくなっていた。しかし、久しぶりに合間見えることができたというのに、まさか斬り合いになるとは。


「ラセフ! やめろ! どうしたんだ!?」


 ユキテルは攻撃を防ぎつつ、ラセフに呼び掛ける。ラセフは答えることなく、攻撃を続ける。一年ほど前、彼と共に仲良く鍛練を続けていた頃は、今目の前で見せているような醜い眼光を浴びせはしなかった。

 それが見違えてしまったように、憎らしい相手を葬ろうとするかのように、ひたすら剣を振るう。


「ラセフ……」




 ファサッ


「あっ!」


 書物のページがめくれる音が聞こえ、ユキテルはイワーノフの方へ顔を向ける。イワーノフが抱えた魔術書が、緑の淡い光を帯びている。魔術書に記された魔法が発動しようとしているのだ。


「まさか……」


 ユキテルは全てを悟った。イワーノフとラセフは手を組んでいる。自分を崖の淵まで誘き寄せ、潔く憲兵に自首するように見せかける。

 そして、隠れていたラセフの攻撃により自分を倒す。危うくなれば魔術書に記された魔法を使い、イワーノフが援護する。少々優れた計画性を前にして、ユキテルの頬に冷や汗がつたう。


 ガッ!

 魔術書から緑の閃光が放たれた。ユキテルはこの緑を知っている。父親から話だけは聞いているが、恐ろしい力を秘めた禁断の魔法の一つだ。


「まずい……」


 光をかわすだけなら簡単である。しかし、目の前にはラセフの刃が立ちはだかる。彼の攻撃が予想以上に強力であるため、回避に気を回すことができない。


「ラセ……フ……」




 バッ

 緑の閃光がユキテルに命中し、彼の体を包み込む。


「うあっ!?」


 ユキテルは体を覆う痺れに悶絶し、すぐさま魂が抜けたように脱力する。頭が軽くなり、意識が飛んでいく。その隙をラセフは見逃さない。力が弱まった弟の剣を押し返し、崖の方へと突き飛ばす。


「……」


 ユキテルは気を失ったまま、谷底へと真っ逆さまに落ちていった。イワーノフとラセフは、豆粒のように小さくなっていく彼の姿を見下ろす。






「これが、魔法の力か……」


 イワーノフは魔術書のページを閉じる。片方の手には、先程魔法を受けたユキテルの体から飛び出した水晶玉が握られていた。彼の心を表すような、綺麗な緑の光が輝いていた。イワーノフは水晶玉を魔術書と共に懐にしまう。


「イワーノフ様」

「あぁ、分かってる。戻るぞ。準備だ」


 イワーノフはラセフを連れ、再び深い森の奥へと消えていった。どこまでも醜い不敵な笑みを浮かべながら。








★ユキテル死亡!? イワーノフの陰謀が遂に動き出す……。『シュバルツ王国大戦記』次号も巻頭カラー! お楽しみに!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る