架け橋の肉まん

 知りませんでした。わたしはてっきり、二人はお付き合いしているものだと。


「実はあたし、あのとき評判の肉まんがほしかっただけなのよ」

「オレもだ」


 二人はあの時点で、話をしたことさえなかったんだとか。


 あのときにミュラーさんは、ラナさんと初めて出会ったんですね。


「でもね、あなたが一生懸命私たちに肉まんを差し出すから、せっかくだしお話しましょうかって、肉まんを半分こして。その後、露店のお茶屋さんへ行ってお茶を買って、ベンチで食べたのよ」


 そこで話が弾んで、気がついたらお付き合いしていたそうです。


「初デートのときに連れて行ったのが、異国食堂街だったの」

「一番安い店だったんだよな」


 ほう、ロマンチックですね。


「でも、うれしかった。そのとき一緒に食べたのが、ここの大将が作った麻婆豆腐なの」

「当時と、まったく味が変わっていなかった。うまいよ」


 大将は聞いていないのか、こちらに背を向けて鍋を振っています。


 なるほど。それで食べに来たかったと。


 五年の恋が実り、ようやく結婚を意識し始めたときでいた。

 ハシオさんとのお見合いの話が出たのは。


「そのときに入ったのが、異国食堂街の高級料理屋でさ。それも一番高い店で」


 ミュラーさんがどれだけ稼いでも、手が出ないお店でした。


「ハシオな、柄にもなく朱と白のドレスを着てさ。あいつ細いだろ? めちゃくちゃ魅力的に見えたんだよ。それでも、オレの一番はラナだけど」


 ハイボールでノドを潤してから、ミュラーさんは話を続けます。


「国王と一緒に食べてるのにさ、何の味も感じなかった。一応、食わせてもらっているから『おいしいです』って返すんだけどよ。実際は味を楽しむどころじゃなかった。同じ麻婆豆腐だったのに、どうしてこんなに味が違うのかわからなかった。頭の中、ずっとラナとのことばっか考えてた」


 で、飲茶として出されたのが、肉まんだったとか。


「そのときさ、オレ、オレ、あの……泣いちまったんだよ」


 照れくさそうに、ミュラーさんが話してくれました。

 時々ハイボールを挟みながら、淡々と。


「ラナのことで、頭いっぱいになっちまってよお。なんか、申し訳なくて。お見合いを断ったんだよ」


 大臣も、仲介役だった国王も、困惑していたそうです。


 事情を察してくれたのは、ハシオさんでした。


「彼女さんが気になるなら、言ってやってくれってよ。一番傷ついているはずなのに、言ってくれてさ」


 ミュラーさんは、お店を飛び出して、ラナさんに会いに行ったそうです。


 仕事上がりのラナさんを、異国食堂街まで連れて行ったのだとか。


「安い屋台の肉まんを、半分こしたの」

「うまかったな、あれ。嬢ちゃんにもらった肉まんもうまかったけど」


 その屋台で肉まんをシェアした後、ミュラーさんはラナさんにプロポーズしたそうです。


「ハシオさんから断ってくれなかったら、イグナーツはハシオさんと無理やり結婚させられていたでしょうね」

「ああ。多分、お互いに幸せにはなれなかった」


 ホリーさんも、産まれていなかったでしょう。


「あんたのおかげだ、クリスのお嬢ちゃん。ガキのあんたが肉まんを差し出してくれなかったら、今のオレたちはいないんだよ」

「いえ。そんな大それたことは」


 ミュラーさんから頭を下げられちゃいました。


「今日は、なんでも食っていいぜ」

「では、遠慮なく」


 もうおかずはありませんから、デザートいただきましょうかね。


 うーん。


 異国食堂街の定番スイーツといえば……マンゴープリンです。


 しかし、こういう店でも手が出せませんね。


 とてもおねだりできる値段ではありません。

 マンゴー単品でも、相当しますから。


 急にラナさんが「あ、そうだわ!」と手を叩きます。


「オヤジさん、杏仁豆腐ってあるかしら?」

「あるヨ。杏仁豆腐」

 

 なんでしょう、お豆腐でデザートですって?

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