ミュラー家と外食

 ついてきてしまいました。異国食堂街へ。


「ホントにいいのでしょうか。しかもおごりだなんて」

「いや。あんたを妻と娘に紹介したいんだ」

「そうですか」


 料理の匂いに混じって、お花の香りがわたしの鼻をくすぐります。


「よし、来た来た。こっちだ」


 お花の芳香は、若い女性から漂っていました。

 オレンジのワンピースを着ています。


 青いワンピースを着た、小さなお嬢さんを連れていますね。

 色違いでおそろいの洋服です。お顔もそっくりですね。


「こんにちは。イグナーツがお世話になっています。ラナです。こちらは娘のホリーです」


 ワンピースの女性が、頭を下げてくださいました。


 そういえば、「ミュラー」さんは名字なのでしたね。


「ホリーです。よろしくね」


 お歳は六歳だそうで。


「こんにちは。クリス・クレイマーといいます」

「ああ、クレイマー卿の!」


 ラナさんが、手をパンと叩きました。


「父をご存知なのですか?」

「はい。毎回、クレイマー卿にはお花をお届けいたしています」


 我が家のお屋敷に飾ってあるお花は、ラナさんがお手入れしてくださっていたのですね。


 すごい縁です。わたしと親しい方が、こんな近くにいらしたとは。


「オレの自慢の娘だ。どうだ、オレに似て美人だろ?」

「じゃあ、行きましょうか」


 ラナさんの華麗なスルースキルが決まったところで、食堂街へと入りました。


「あなた、まだ汗臭いわよ。こんなのでよく人前に出られたわね?」

「そうか? ホリーはどうだ?」


 ミュラーさんが腕をホリーさんにかがせると、ホリーさんは「ぐええ」と顔をしかめます。わかりやすいですね。


「あはは」


 笑っていいのかどうか、わたしは一瞬悩みました。


 わたしにも家族ができたら……ダメですね。想像がつきません。

 理想の方もいらっしゃいませんし。


「着いたな」


 ミュラーさんが、お店の引き戸を開けました。


「やあ、いらっしゃいませヨ。好きな席にお座りなさいヨ」


 恰幅のいい男性が、鍋を振りながら着席を促します。


「丸テーブルがいい」


 ホリーさんが、ターンテーブルをリクエストしました。


「いいな! ここにしようか!」


 ちょうど四人席ですね。


「ご注文は?」

「麻婆豆腐を、二人前。ギョーザは四人前くれるかい? あとは野菜炒めと、ラーメンを一人前ずつ。小皿も四枚」


 ミュラーさんが、注文を終えます。

 一人前を、ご家族でシェアするのですね。

 少量ずつ食べられて、楽しそうです。


「ライスの人はーっ?」


 かわいい声で、ラナさんが挙手を促しました。


「はーい」と、ホリーさんが手をあげます。


「あなたは、クリスさん」

「では、はーい」


 ここで遠慮すると、かえって相手に気を使わせてしまいますね。

 お言葉に甘えましょう。


「んじゃ、小盛りのライスを三つ」

「わたしは、中で」


 麻婆豆腐が来ますからね。それ用に、中盛りを頼みました。


「すいません、食いしん坊で」

「いいのですよ。麻婆豆腐が来るんですもの。丼にしなくちゃ」


 みなさんが、うんうんとうなずきます。

 わたしの思惑がわかったみたいですね。


 飲み物は、ミュラーさん以外はお茶です。


「はい。おまちどうヨ。麻婆豆腐はもうすぐできるヨ」


 お通しとばかりに、ギョーザが来ました。

 香りがもう、たまりませんね!


「では、オレたちの結婚記念日に」

「乾杯」


 ミュラーさんとラナさんが、グラスを傾けました。


「おめでとうございます」


 わたしも一緒に、グラスを鳴らします。


「遠慮しないで食ってくれ」

「はい。では、いただきます」


 みなさんが召し上がったのを確認してから、わたしはお箸を付けさせていただきます。


 うん、罪深うまい。


 香ばしくて、中身はジューシーで。

 これがライスに合わないわけがありません。


 ホリーさんも、ハフハフ言いながらギョーザを楽しんでいました。


 誰かと食べるというのが、なによりいいですね。

 ギョーザとライスの関係みたいです。


 とはいえ、家族が欲しいかというとそうでもなく。

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