映画館のマナー
ポップコーンの売店で、オーダーをします。
「Sサイズで、塩味をお願いします。バターもかけてください」
「フレーバーもございますが」
おおっ。そういうのもあるんですか。
特殊な風味の粉をふりかけて、味を変えるのですね。
「ワサビのり、梅、ユズコショウ、映画限定ハニーバナナ、どれもそそられますねー」
わたしが逡巡している間にも、店員さんが待ってくれています。
いけません。あやうく思考の渦に飲まれるところでした。
「塩バターのみで」
ここはひとまず、基本を抑えましょう。
「ワサビのり」という謎ハーブ味も、すごく気になります。
が、オーソドックスを知らずして冒険はいかがなものかと。
「キャラメルは、いかが致しますか?」
「結構です」と、わたしは首を振りました。
世の中には、「塩キャラメル」という味もあるそうです。
実に、蠱惑的な響きですね。
甘いのとしょっぱいのとが絡み合うなんて、想像も付きません。
映画の内容より、こちらの方がミステリアスですね。
が、それはそれ。
あまりの味に、思考が追いつかなくなる可能性があります。
今日の主役は、あくまでも映画ですから。
「お飲み物は?」
「コーラをお願いします。ともにSを」
お茶、という手もありました。しかし、利尿作用が怖いです。
「わたくしは、ハニーバナナフレーバーをひとつ。飲み物はオレンジジュースでお願いしますわ」
やや、冒険に出ましたよ、この人。
子ども向け映画用のフレーバーですよ。
「随分と変わり種をチョイスしましたね?」
「何事も、経験ですから。なんでしたら『ハーフサイズ』というのもありましてよ」
なるほど。その手がありましたか。
「では、のりワサビも追加で」
「Lのハーフでよろしいですか?」
「いいえ。Sを二つ」
「はあ。では、Lのハーフに入れましょうか。持ちやすいですよ」
わたしは、お店の上に貼られた料金表示板に目を通しました。
ふむふむ。Lサイズのカップに敷居をするのですね。
S二つで、Lになると。
これはお買い得です。
「そこまでしていただかなくても」
「同じ料金ですので」
おやまあ。そんな裏技が。
紙で区切ったLサイズのカップに、ポップコーンを移し替えてくださいました。
「わざわざすいません」
「いえいえ」と、店員さんは丁寧に対応してくれます。
「では座りましょう」
上映ルームに入りますよ。
やはりミステリは落ち着きますね。人も少ないです。
「頭を使うからか、子どもはいませんね」
「子ども向けミステリアニメ、などもありますのよ」
そういえば、ポスターもありました。
薬品を吸って幼女になった敏腕刑事が、難事件を解決する内容だとか。
随分とぶっ飛んだ設定ですね。
「ああ、バナナハニーって、あの映画のフレーバーなのですね?」
「そうですの」
「見たかったら、おっしゃってくれたら」
わたしが言うと、ウル王女は首を振ります。
「今の時間だと、子どもだらけですわ。わたしがじっとしていても、キッズが横でネタバレしてしまいますわね。子どもは歯止めが効きませんから」
その分、この映画はリアリティ重視なので。
「お、マナー講座ですわね」
段々と場内か暗くなり、映画館でのマナーを啓発する動画が始まりました。
『上映中は、お静かにお願いします』
映画には「応援企画」といって、騒いでもいいという映画も中にはあります。
ですが、基本は静かに見ましょうとのこと。
では、食事も静かに食べましょうかね。
『禁煙にご協力ください』
火事になったら大変ですから。煙も迷惑です。
『盗撮は厳禁です』
著作物ですし、盗作はダメですよね。
『前の人を蹴ったり、前方座席に足を乗っけたりはしないでください』
そんなお行儀の悪い人が……いましたね。
我々の隣りにいるカップルの、男性の方が。
注意されて、足を引っ込めました。
前に誰も座ってないからいいだろ、なんて言い訳はききませんよー。
ブザーが鳴りました。
映画が始まります。
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