初めての、罪の味

 今日も色々と理由をつけて、街の片隅でサボります。

「冒険者の依頼がある」と、嘘をついて。

 港の石段に腰掛けて、海を眺める時間が一番好きでした。


 屋台がポテチを揚げています。

 薄く切ったポテトが、熱した油の中で跳ねています。カリカリという油のはねる音が、なんとも罪深くて。


 わたしだって、ポテチくらいは知っています。『何を食べてもいい日』に、女性陣で分け合って食べるのを楽しみにしていました。紙袋を開けた時の匂いを、優先して嗅がせてもらっています。


 屋台の店主が、揚げたポテチを鉄の網に移します。

 ポテチの前に魔法で作った氷の塊を浮かべました。風魔法を送りこんで、ポテチを冷まします。

 こうしないと、紙袋に入れたときにベタつくのです。


 罪深い香りが、潮風とともに流れてきました。


 お小遣いは、余裕があります。

 買おうと思えば、買えるでしょう。

 しかし、わたしは思いとどまります。シスターの修行をしている者が、誘惑に負けてしまうなんてありえません。

 

 ため息を付いていると、わたしの隣に大きな影がデンと座りました。


 シスター・ローラ先生です。

 

連れ戻される、と思っていました。


 ですがシスター・ローラは、わたしに何も言ってきません。

 おもむろに、ポテチを開けます。一袋バリボリ食べ始めました。


「ひとつどうだい?」 


 ローラ先生はわたしの返事を聞かずに、一掴みで何枚も一気に口の中へ放り込みます。誰にも分けようとせず、自分で独り占めしていました。


 なんたる、罪深さ。

 同じシスターとして、どうしてこうも差があるのでしょう?


 ポテチはみんなで分けて食べるものだと思っていたわたしには、彼女の行動を理解できません。


「ん? 欲しいのかい?」


 ローラ先生が、わたしを見つめます。


 そんなに物欲しそうに見えたのでしょうか?


「ほらよ」


 なんと、ローラ先生はポテチを一袋、くださったのです。


「いりません」と言った瞬間、わたしのお腹が裏切りました。

 わたしの細胞が、理性に歯向かったのです。ポテチがほしいと。


「身体は正直だね」


 ローラ先生に茶化されて頭にきました。


 わたしは先生の手からポテチを強奪し、封を開けます。


 その途端、鼻が罪な香りに包まれました。慌てて、我に返ります。


「食っちまいな」


 先生をマネて、一掴みで大量に取り出します。ですが、口の中に入りません。思い直して、少しだけにしておきます。今日はこのくらいで勘弁してあげましょう。


 サクッと、ポテチをかじりました。



 ああ。これは罪深うまい。



 当時のわたしが知った、初めての罪の味でした。手が止まりません。


「ポテチを一袋開けるって、快感だろう?」

「い、いえっ。ポテチは世界で最も太る食べ物だと、教会でも教わりましたので」


 わたしは、ポテチの袋をローラ先生に返します。


 ですが、先生は受け取りません。


「これはあんたのだ。一人で食っていいんだ。あたしがいいって言ったんだから」


 一人で食べていいんですね。これを全部。


「ですが」

「気にすんな」


 再び、わたしの手にポテチが戻ります。


「歌は、キライかい? それともあたしが苦手かい?」

「先生は、キライではないです。ただ、本気を出せないだけで」


 ポテチをかじりながら、回答に困りました。


「あんたが苦手なのは、歌じゃない。共同作業さ」

「共同、作業?」

「ああ。あんたは、人と合わせるのが苦手なんだろうさ。見ていたらわかるよ」


 わたしが、スタンドプレイヤーだとでも言いたいのでしょうか。


「自分の方が、もっといい声が出るのに。周りとの波長をあわせないといけないから、パワーをセーブせざるを得ない。あんたは毎回、そう思っているんじゃないのかい?」


 まるで、自分の心を覗き見されているかのようでした。


「わたしは、どうすれば?」

「独占しちまいな。お客をさ」


 神を冒涜するような、回答でした。 


「なにかを独占するってね、セックスより気持ちいいのさ」

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